冬になれば行軍は止まるものだ。

 ザクセンに駐屯していたギルベルトの元にからの手紙が届いたのは、冬を迎えてすぐの頃だった。




『Libe Gilbert

 元気でしょうか。無事にこの手紙が届くことを願っております。

 ロボッツの戦いでの戦況はお聞きし、安心いたしました。シュヴェリーン伯爵元帥の活躍は何よりでございます。

 長旅の疲れもなく、生まれたばかりの娘アーデルハイトは元気です。

 最近でははいはいもするようになって、この間はユーリと遊んでいる時にカウチから落ちました。強い子で泣きもせずだっこを訴えたので逞しいものです。誰に似たのでしょうね。驚くほどに元気で、何をしゃべっているのかはわかりませんが、ふにゃふにゃ言っています。

 ユリウスは秋の収穫祭の行進に参加いたしました。

 公太子が先頭に立って行進をするのはかれこれ10年ぶり、もっとですので、賑わいはすごいもので、私も驚きました。ユリウスも随分と楽しそうで、最近では士官学校などにも頻繁に遊びに行っているようです。視察を装っていますが、わたしは遊んでいると思います。

 それでも逞しくがんばっているので、しばらく見守っておこうと思います。

 そちらはどうでしょうか。毛布やその他のものは足りているでしょうか。

 クリスマスに向けて、ささやかなプレゼントを同封しました。気に入っていただければ良いのですが。体には気をつけてください。食事にもくれぐれも。


Beste Grusse.』





 ギルベルトは手紙を微笑みながら見つめる。細い字は十数年で見慣れた。封筒の中には紙切れが入っている。その紙切れは綺麗な紋章の入ったクリスマスカードだ。一見するとただのクリスマスカードだが、そこに描かれているシンボルに見覚えがあった。

 赤い羽根と小麦の穂。一見すると赤と緑のクリスマスカラーのそれは、フォンデンブロー公国の商人カイト家の紋章のシンボルである。幅広く他国でも商売をしているカイト家の商人は、この駐屯地にも出入りしていた。




「ギルベルト、商人からすごい荷物が届いているぞ。」




 フリードリヒが呆れたように言いながら、部屋に入ってくる。




「今その手紙を見てた所だ。からの。」




 手紙に書いてある、“クリスマスに向けて、ささやかなプレゼント”だろう。ギルベルトが言うと、フリードリヒは不思議そうな顔をした。




「おまえが頼んだんじゃないのか?」




 商人から駐屯地へ届けられたのは毛布や小麦などの食べ物が主だった。しかも莫大な量だ。冬を越さなければならないのでてっきりギルベルトが補給のために手配させたのかとフリードリヒは思ったのだが、違うらしい。




からクリスマスプレゼントだってよ。」




 色気もへったくれもないクリスマスプレゼントである。だが彼女は過去の経験から今何が必要なのかをよく知っている。

 フォンデンブロー公国は中立国であるため、表だっての加勢は難しい。だからこそ、こういった物資での援助を考えたのだろう。




「相変わらず随分と現実的だな。」




 フリードリヒも感心したのか、ギルベルトの手元の手紙を見ながら頷いた。

 フリードリヒは婚約の当初、を馬鹿にしている節があった。それはそうだ。は当時俯きがちの非常に暗い少女で、ピアノが得意な以外は目立った特技はなかった。だが、統治者となり、今では随分と改善されている。

 特にユリウスが生まれてから、フリードリヒは自分の親族と同じようにユリウスを可愛がっていた。




「ま、でも一番現実的なのはこの手紙だけどな。」




 ギルベルトは空白の部分を蝋燭の火にかざす。すると茶色の文字が出てきた。ラテン語で沢山の文字が書かれている。

 ギルベルトはにやりと笑う。




「流石だろ。」




 フォンデンブロー公国はプロイセン、ザクセン、オーストリアと国境を接する上、飛び地はフランス、イギリスに近いため、情報が入りやすい。また、中立国であるため各国に大使を未だ駐在させている。

 情報は自然と集まってくると言う訳だ。




「そうか。オーストリアの準備は相変わらず遅いな。」




 からの手紙を横で見ながら、フリードリヒはふむと頷いた。それはフリードリヒの姉でバイエルン近くのバイロイトに嫁いだヴィルヘルミーネからの報告とも一致していることだった。

 姉はフリードリヒにとって南ドイツでの目だ。バイエルンやフランス、他の小国への、目である。そしては東側の目。ザクセンやオーストリアに対する目だ。





「イングランドとフォンデンブローはどうなんだ?」

「表向きには繋がってねぇことになってるが、裏ではしっかり輸出してる。それにフォンデンブロー公国に駐在しているイングランド大使はモンマス公だぜ。」





 フリードリヒの質問に、ギルベルトは肩を竦める。

 モンマス公と言えば軍隊で名をなして爵位を与えられたイングランドの大貴族で、退役した今でも国王の信任が厚い。それ程にフォンデンブロー公国との関係を重視していると言うことを示している。

 フォンデンブロー公国は本国である内地の他に、海側に飛び地を持っている。ハノーファーの隣だ。現在ハノーファーはイングランドとの同君連合状態であり、が内密にハノーファーへと輸出している鉄は、当然イングランドに渡っている。




「それにしても、本人の近況が全くないではないか。」




 フリードリヒは手紙の内容に些か疑問を感じた。

 からの手紙には子供たちの近況が事細かに書かれている割に、自分の近況は全く書かれておらず、ギルベルトは思わず笑うしかなかった。彼女らしいと言えば彼女らしいが、これでは彼女が元気なのかが分からない。

 それを補うのが、ユリウスからの手紙だった。ギルベルトは別の封筒に入れられた手紙を開く。




「よく書けているな。さすがだ。」




 フリードリヒは感心したようにその字を見つめる。

 子供の割にはかなり整った字で、かつ文法やスペリングもほぼ完璧に近い。この時代の識字率は極めて低い。そのため汚い字を書くものもたくさんいるが、さすがはフォンデンブロー公太子だ。ギルベルトは満足げに息子の手紙に目を通す。






『Mein Vater

 元気ですか、ぼくはげんきです。

 収穫祭の行進に参加しました。ぼくは馬に乗ってとても楽しかったけれど、バルコニーから見ているかあさまの顔が引きつっているのを目の良いぼくは知っていました。相変わらずうまはきらいらしいです。

 アーディは元気で、はいはいでよく動いてます。この間カウチから落ちました。おかあさまのほうが真っ青で卒倒しそうでしたが、アーディは元気です。

 おかあさまも元気で、相変わらずです。

 ぼくは士官学校などへの見学へと行くようになりました。士官学校の人たちはみんなおにいちゃんですが、結構楽しいです。

 この間はおかあさまも一緒に来ました。議会も見に行ったんだ。

 ついでになんかオーストリアとかの人が来てたけど、かあさまが追い返してたよ。

 そんな感じでみんな元気です。

 とうさまが早く帰ってこないとアーディが父様の顔をわすれちゃうよ。じゃぁねー。

ユリウス』





 子供らしい文章が並ぶ。

 そこから窺えるのは、ギルベルトの家族は皆元気だと言うことだ。ギルベルトはひとまずほっと安堵の息を吐く。ギルベルトがいなくても、彼女たちはなんとかやっていけているらしい。




「そうか、ユーリが収穫祭で行進か。そりゃはさぞかし心配したことだろうな。」




 フリードリヒはの性格をよく知っているため、苦笑した。

 ユリウスは馬を操るのも上手だが、はあまり上手ではなく、常に自分が乗る時は落馬することに怯えている。そのためユリウスに対しても慎重だった。だが、ギルベルトの無鉄砲さを見事に受け継いだ息子はそんなこと気にしない。突拍子のないこともするのだ。

 だからはかなり心配したことだろう。




は戦々恐々だったろな。俺も見たかったぜ。」




 残念そうに言いながらもギルベルトの表情は酷く明るい。子供のことを思い浮かべれば、いつでも穏やかな気持ちになれる




「早く帰らなきゃ、な。」




 心から、ギルベルトは子供たちを思う。だから強くなれる。強くなりたい。心から、そう思えた。






  あなたのために強くなる