朝の光が大きな窓から入り込む。
ギルベルトがあまりの眩しさに目を細めてあたりをながめると、がゆっくりと体を起こしていた。
少し座り込んだままぼんやりしていたが、自分が服を着ていないことを思い出したらしく、恥ずかしそうに毛布を引っ張って自分の躯を隠した。
柔らかい滑らかな肌と、その上をすべる長い亜麻色の髪。
「もう少し寝てろよ。」
ギルベルトは彼女の肩に手を伸ばし、触れる。
体温がいつもより熱いのは、毛布にくるまっていたからだけではないだろう。昨晩の名残が感じられて、ギルベルトは僅かに身を起こして、彼女の首筋の髪を掻き上げた。
そこにはギルベルトがつけた赤い痕がいくつもついている。
「・・・隠さなきゃ。」
少し恥ずかしそうに頬を染めて、は不満そうにギルベルトの方を振り返った。
「いいじゃねぇか。誰もせめやしねぇ。」
1年半ぶりの帰還だ。
誰も野暮な詮索をするような女官、将校はいないだろう。まして君主の寝室に勝手に入ろうとする召使いはきっといない。
「ほら、もう少し、一緒に寝てようぜ。」
ギルベルトはを無理矢理毛布の中に引き込む。
お互い裸なので素肌同士が触れあうのがくすぐったい。久々の感触が心地よくてぎゅっと抱き込むと、居心地悪そうにごそごそしていたも身を委ねてきた。
子ども達がうるさく言うかも知れないが、頑張って女官達が止めてくれるだろう。
「ユーリがまた怒るでしょうね。」
ユリウスは案外あれで物事を色々わきまえているくせに、我が儘を言うことが多い。
だからギルベルトとが一緒にいるのを分かっていて、呼びに来るかも知れない。そうなれば侍従も女官も役不足だろう。
「なんだよ。あいつ相変わらず我が儘なのか?」
「そうですね。女官や侍従の前では。」
公式の場では控えて大人しくしているが、女官や侍従の前では相変わらずやんちゃで生意気な子どもに変わりない。
「特にギルベルトがいないので、やはり侍従達では難しいみたいです。」
が口で言ってもその時は言うことをきくがしばらくすると聞かなくなる。強制力に女のでは欠ける上、怒るのが苦手だ。
前からギルベルトががつんと怒らなければ駄目な時が良くあった。
「俺が言わないとだめかもな。」
ギルベルトはの背中をぽんぽんと叩きながら、息を吐いていたが、腰を撫でながら気づいたのだろう。
「辛くないか?」
軽く口づけて、尋ねる。
昨晩は少し無理をさせた。一年ぶりともなれば押さえられるものではなく、寝室に入った途端なだれ込むようにベッドへと直通だったから、彼女もびっくりしたことだろう。
それでも拒まず、答えてくれた。
久々で寂しかったのはお互い様だと、いつもと違って随分素直に求めてくるを見て、切に感じられた。
「・・だ、」
大丈夫です、とは消え入りそうな声で答える。
あまりそう言うことは恥ずかしいので聞いてほしくないと言った所だろう。頬を染めるのその赤い頬にまた口づけて、ギルベルトは笑う。
「やっと帰ってきた。」
また年が明ければ戦場に出なければ行けないと理解しているが、それでも今この一瞬はそのことを忘れていたい。
愛しい妻がこの手の中にいる。
前は戦場で覚えるのは興奮ばかりで、死した人を振り返ることなど全くなかった。死した人に待っている家族がいるだなんて考えず、目の前にある勝利だけを手にするためにただひたすら全力をとしていた。
だが、今回の戦争において、ギルベルトは全く違う興奮と、酷く冷めた心を感じていた。
沢山の人が死んでいく。自分は国なので置いて逝かれる。それが酷く切ないことだと知った。彼らに家族がいるのだと、自分が家族を持って知った。
家族の元に返りたいから、全力で戦う。
死にたくないと思う。
他人を踏みつぶしてもそう思う汚い自分の心、それでも何があっても家族の元に帰りたいと強く願う愛情。
人間が当たり前に持つ感情を今までギルベルトは理解していなかったのだ。
「良かった。」
はそっと傷のあるギルベルトの肌を撫でて、そっと自分の耳をそっとギルベルトの胸に当てた。
「なんか、聞こえるのか。」
鼓動なんて、国の自分にあるのか。
人間に鼓動があることは知っていたが、自分の鼓動がどうなのかなんて考えたこともなかった。少しギルベルトが不安になっていると、は心地よさそうに目を細める。
「うん。ちゃんと、聞こえますよ。」
規則的に動く鼓動。それは人と同じ。
「ごめんな。一人にさせて。」
ギルベルトはの髪をそっと撫でながら、謝罪を口にする。
プロイセンという国である限りギルベルトはプロイセンという国から逃れることが出来ない。に国であるという事実は言っていないが、寂しい思いをさせているだろう。辛いに決まっている。
戦場で将校の中にはもちろん、家族の肖像画を持っている者も多くいた。
今までは女々しい奴だなと思っていたが、家族がいる今ならギルベルトにもその気持ちがよく分かる。
兵達が帰りたいと願うのと同じように、家族とて兵達の帰りを待っている。
だって無事かどうか分からないギルベルトに気をもみながら、不安に思いながら一生懸命平静を装って頑張っている。
「・・・貴方が、生きていてくださるなら、それで良いんです。」
は紫色の瞳を伏せて、僅かに目尻に涙をためた。
そして繋ぎ止めるように、珍しく強くギルベルトの首に腕を回した。はかつて婚約者になるはずだったカール公子を戦争で亡くしているから、ギルベルトが戦場に出ることを良く思っているはずがない。
それでもけなげに言う姿に、ギルベルトは何も言えなかった。
俺は死なないんだよ。国が無くならない限り、俺は国だからと、言ってしまえれば楽なのだろう。の心労も軽くなるはずだ。
「なぁ、。」
ギルベルトはゆっくりと口を開く。
「なぁに?」
は紫色の大きな瞳でギルベルトを映す。
あぁ、だめだ。
「うぅん。なんもねぇよ。」
ギルベルトは先ほど考えたことを忘れるようにの首筋に顔を埋めた。
柔らかい自然の花の匂いがする。は最近はやりのきつい匂いのする香水をつけるのは趣味じゃないらしく、自然から出来た香水をわざわざ取り寄せていた。
亜麻色の長い髪を掻き上げる。
今やギルベルトの手にもなじんだ、柔らかくて絡まりやすい髪だ。
「待ってて、くれよ。」
「もちろんです。」
迷いもなく、は穏やかに答える。
「だから、絶対帰ってきてくださいね。」
ギルベルトが抱くの躯は初めて彼女を抱いた10年以上前と違って柔らかさがある。胸も膨らんだし、背も伸びた。
ギルベルトがあった頃は14歳のまさに小娘だった彼女は、いつのまにか女性になっている。
国と人が歩む時間は全く違う。
「あぁ。絶対な。」
だからこそ、再会は出来る。彼女が望み、生きている限りは。
その不確かで、嘘の上に成り立った絆だけを支えに、ギルベルトはまた戦場に赴く。自分の生きる道を確保するために。
Ich hoffe,mit dir wieder zu treffen.
私は貴方とまた会えることを望んでいる