「すっぽかしただぁ?!」





 思わず目尻がつり上がるのも構わず、ギルベルトは頭を下げているハーケ大尉に言ってしまった。は隣で困惑した表情を隠さない。





「・・・」





 ハーケ大尉は項垂れて無言だ。


 まだ20代前半と若い彼はフォンデンブロー公国ではよくいる市民出身の将校の一人で、見事な赤毛が印象的だ。

 彼の一族は長らく大学教授としてつとめてきたため、彼も教養豊かで5カ国語に通じ、算術や最近重視され始めた科学にも非常に優れていた。

 そのために若くして彼は公太子ユリウスの教育係の一人に抜擢されたのだ。




「・・・ごめんなさい。最近私も目が届かなくて。」







 ギルベルトの隣に座るも視線をそらして謝る。





「おまえが謝ることじゃねぇだろ。悪いのはユリウスだ。」





 どうやらユリウスは、最近授業に出てくる時間もまちまちで、宿題もやってこないことが増えていたらしい。

 大抵、将校達のいる士官学校に遊びに行っていることが多く、彼自身それを楽しみにしている。

 それを言い訳に勉強の方はさぼっていたのだ。

 で、今日も相変わらず士官学校に行って遊び、授業をサボったのだという。





「ユリウスには本当に困ったものです・・・。」





 は小さなため息とともに吐き出す。

 少しは大人になってきた息子は、同年代の子供よりも知恵が回るため、すぐに勉強から離れたり、その言い訳を上手に考えたりする。

 徐々にそれは忙しいを惑わすようになっていた。

 また元々強く他人に対して言えないにとって、息子であるユリウスに怒ると言うことはうまく出来ず、ユリウスはそれをよく逃げ道に使っていた。しかしギルベルトの不在が多い戦時中、ギルベルトがユリウスを規制できず、勝手に良い気になって遊びほうけているというのは教育上よろしくない。

 将来的に上に立つものとしても相応しくないだろう。







「まず、おまえらは俺らに仕えてるんであってユリウスに仕えてるんじゃねぇ。」






 ギルベルトは自分にも一因があると項垂れている若いハーケ大尉にはっきりと言う。





「・・・ですが。彼は公太子です。」





 ハーケ大尉は若いため、身分を持つユリウスを怒ることにどうしても気後れするらしい。それを見て取ってギルベルトは顎に手を当てて考える。


 教育というのは難しい。


 幼いユリウスがその身分故に良い気になってつけあがるのは彼の教育のためにならないが、身分を考えれば強く出ることの出来ないハーケ大尉の気持ちも十分に分かる。

 これがもう年齢的にかなりの年のシュベーアト議長やアルトシュタイン元帥ならユリウスをしばくこともしただろう。

 だが、若いハーケ大尉にその気概は流石にない。





「わかった。おまえは俺が直接雇う。」






 ギルベルトはの肩を軽く叩く。





「え?」

「おまえはフォンデンブロー公国に雇われるんじゃねぇ。明日から俺に雇われるんだ。」

「要するに?」

「俺がおまえを保障するってことだ。おまえはユリウスの民じゃねぇ。ユリウスがフォンデンブロー公国を継ぐころにゃ、アプブラウゼン侯爵領に地位と土地を与えてやる。」






 かつてフォンデンブロー公国を攻撃したアプブラウゼン侯爵領は、現在ではプロイセン王国の一部であり、ギルベルトが持つバイルシュミット公領とともにギルベルトの領地だ。

 条約の上で長男であるユリウスがフォンデンブロー公国を、そしてとギルベルトの第二子−現状では女性であるアーデルハイトがアプブラウゼン侯爵領を継ぐことになるだろう。

 ただアプブラウゼン侯爵領はあくまでプロイセン王国が宗主であるし、主は兄弟とはいえユリウスではないため、どうこうできないはずだ。

 要するにハーケ大尉にフォンデンブロー公国外の地位を与え、身分を与え、これからの家族の生活も保障することによって、ユリウスが不快に思っても将来的にユリウスが干渉出来る範囲から排除しようとしているのだ。






「おまえにはユリウスを怒る権利がある。教育係は全員これからそうする。良いな。」





 ギルベルトは隣のに同意を求める。





「え、は、はい。」




 はあくまでフォンデンブロー女公であり、フォンデンブローでしか権限を持たない。

 そのため、ユリウスの公太子の身分を使った我が儘を諫めることは出来ても、根本的な解決方法を見いだすことは出来なかった。

 だが、名案だろう。





「死なねぇ程度なら、頭しばくぐれぇ構わねぇ。おまえには弟がいるだろ。そいつらに教えるのと同じくらい厳しくしてくれ。」




 兄弟が多いのがこの時代の常だ。下の弟妹にするのと同じように怒ればよいのだ。

 ある意味でそれが長男であるユリウスを上から締め付ける糧になるかも知れない。特には気が強くなく、ギルベルトが戦場に出てユリウスを四六時中見ていられないという状況で、両親以外でユリウスを怒る人間は多いに越したことはない。

 ギルベルトが言うと、ハーケ少尉はおずおずと顔を上げる。





「よろしいの、ですか?」

「もちろんだ。俺はユリウスを公太子としての前に、人間として育てたい。」






 フォンデンブロー公国を将来背負うものとして育ってもらわなければ困る。

 だが、それだけではなく、人としての優しさも学ばなければならない。規則は守る、そう言った当たり前のことが、公太子だと言うだけで許されてはならないのだ。





「ご助力、感謝します。」






 ハーケ少尉はそう言って深々と頭を下げ、退出した。





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