披露宴は宮殿の方で行われた。と言っても国王主宰の舞踏会などと変わらない勢いで音楽家や
貴族、軍人が軒並み集まる。主役はとギルベルトと言っても、完全に社交の場だ。食事を終
えれば、次々と挨拶に来る人がいて、はその対応に苦慮した。
「いやぁ、ギルベルトが結婚するとは思わなんだわ。」
そう笑ったのは、スペインから来たという男だった。
アントニーニョ・フェルナンデス・カリエドと名乗った彼は、にも驚くほど親しげに声を
掛けた。
「ほんま大人しくて可愛いなぁ。なんでギルベルトなん?」
無邪気に尋ねてくる彼は少しお酒を飲んでいるようだ。
「てめぇ、俺様じゃ駄目みてぇな言い方だな」
ギルベルトは少し目尻を上げて彼に言ったが、彼は介していないようだった。というかまず言葉
を解しているかが怪しい。それくらいには酔っぱらっている。
「あたりまえやん。ギルベルト乱暴やし、女の子にもてそうとちゃうやん。」
「はぁ?言っとくけど、俺は女には困ったことねぇよ!まぁ1人が好きだけどな。」
「またまた〜」
そな冗談を、と言いながらアントニーニョはひらひらと手を振る。
完全に酔っぱらっているようだとは困ったように小首を傾げた。周りを見回せば何人か酔
っぱらっている人もいた。祝いの席だからはめを外してしまった人もいるのだろう。
いつもは結構飲むギルベルトだが、今日はあまり飲んでいない。はどうしてだろうと首を
傾げたが、疑問を口にする前に別の金髪の男の人が寄ってきた。
「ボンジュールマドモワゼル、お元気かな。」
「あ、え、あ、はい。」
薔薇を持って声を掛けられたので思わずどう返事をして良いか分からなかった。
「そいつ近づくなよ!女でも男でも良いからな!!」
アントニーニョともめていたギルベルトが叫び、アントニーニョもぽかんと口を開く。
は“女でも男でも良い”の意味が分からず首を傾げた。
「あぁ、俺はフランシス。フランスだよ。」
フランシスは艶やかに微笑んで、に言う。
「フランスの方なんですか、」
はこくりと頷いて、笑う。するとフランシスの方は少し驚いた顔をしてギルベルトの方を
見た。ギルベルトはばつが悪そうに視線をそらしたが、心得たフランシスは何も言わなかった。
「フランスへ興味がおありならばいつでもおいで、案内しよう。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
社交辞令かなと思いながらもは笑って親切な人だなと言う感想を持った。
「皆さん、仲良しなんですね。」
「そうなんやーっていってもつきあい薄いけどな。俺は昔はオーストリアと…仲良かったしな。」
「アントニーニョ!」
ギルベルトがアントニーニョを怒鳴りつける。彼はきょとんとした顔をしたが、フランシスがが
しりとアントニーニョの肩を掴んだ。
「ちょっとお兄さんとランデブーしようか。」
そのままフランシスがアントニーニョを連れていく。は話途中で区切られてしまったので
首を傾げたが、ギルベルトは安堵の表情での隣に腰を下ろした。
この結婚式には何人もの外国の人も呼ばれていた。オーストリア継承戦争も終わったので、オー
ストリア側の人も複雑な状況とはいえいないことはなかった。ギルベルトの知り合いはどうやら随
分幅広いらしい。
挨拶も落ち着いたので椅子の背もたれに身を預けて少しリラックスしていると、人々の間から青い
上着を着た男性が、長い茶の髪の女性を連れてやってきた。ギルベルトの目が鋭く細められ、男女
を捉える。は不穏な空気に驚いたが、ギルベルトの方に身を寄せる。
「貴方が結婚するなんて、思いもしなかったわ。」
女性は開口一番にそう口にした。その目は怒りが含まれていて、決して結婚を祝う口ぶりではな
かった。
「これ、エリザベータ。女性に失礼ですよ。」
男性の方が諫めて、すいませんねとの方に目を向ける。は慌てて首を振った。
「はっ、何しに来たんだよ。恨み言でも言いに来たのか?はたまたシュレジェンを返せとでも?」
ギルベルトは獰猛な笑みを浮かべて言った。それで相手がオーストリアの人だと分かる。彼は敵
には部下や仲間には寛大だが、敵に対してはどこまでも容赦はなかった。
「ちょっと、その科白はないでしょ!?ローデリヒさんの大切なところとっといて!!」
「まぁまぁ、普通にお祝いに来ただけですよ。失礼な。」
敵意むき出しのギルベルトと女性とは違い、男性の方は大人だった。女性の方を止めて普通に
に笑いかける。
「初めまして、ローデリヒ・エーデルシュタインです。」
「あ、初めまして、・フォン・フォンデンブローです。」
握手を求められて、は慌てて立ち上がり、彼の握手に応じる。
「初めまして、エリザベータ・ヘーデルヴァーリよ。貴方、フォンデンブローの?」
「え、あ、はい。」
先ほどの怖い面持ちを思いだしては少し怯んだが、複雑そうな彼女の表情から、に
敵意はないようだ。むしろフォンデンブローの名に、彼女は目を伏せる。ローデリヒも同じで、神妙
な顔つきをした。
「あんた、本当にこいつと結婚したの。」
「は、はい。」
確認するように尋ねられて、は頷いた。
オーストリア継承戦争の時オーストリア側に加勢したフォンデンブロー公国に対して、残念ながらオ
ーストリア側には今の現状の領地を守るだけの力しか無く、攻めてきたプロイセン王国と単独で戦
ったフォンデンブロー公国は、プロイセン王国の侵略を阻んだが、その代償は大きく後継者であっ
たカール公子をなくした。
「カール公子を、殺したのに?」
エリザベータがの表情を伺う。
そんなふうに、考えたことはなかった。確かにプロイセンが攻めてきて、確かにカール公子はな
くなったけれど、ギルベルトが殺したと考えたことはなくて、ただ、悲しかった。
「…えっと、殺したとか、そう言うのは、よくわかりませんし、とても悲しかったですが、わたしは
今、幸せです、よ?」
なんと答えて良いか、わからなかったが、自分の思いを彼女に伝える。
うまく、伝わっただろうか、
エリザベータは黙り込んだが、しばらくしてぽつりと呟いた。
「カール公子の件は、申し訳なかったわ。」
その言葉に、は目を丸くする。
彼女は思った以上に優しい人なのかも知れない。敵意をむき出しにするのも、大切な人がいるた
めで、決して悪い人ではないのかもしれない。でもそれを言われてもカール公子は帰って来ない。
は俯いた。
「見殺しにしといて今更かよ。」
ギルベルトはエリザベータの謝罪を鼻で笑う。
「あんたが殺しといてよく言うわよ!」
「何言ってンのかわかんねぇよ。敵だろ?おまえらは、味方だった。助ける義務があったのはどっ
ちだ。」
エリザベータの反論も冷たくかわし、ギルベルトは足を組み直す。
「そもそも、あんた達がシュレジェンをとろうなんてしなければこんなことにならなかったでしょ
うが。元を作ったのはあんたでしょう!」
「はぁ?自国も守れねぇ奴がほざくんじゃねぇ。」
ギルベルトはため息をついて言う。
確かに、自国を守る力すらもなかったのは、オーストリアだ。取り返す力すらも、なかった。
「それにな、カール公子は国を守って、誇り高く死んだんだ。自国すらろくに守れねぇてめぇらの
ちっぽけな価値観で謝罪してくんじゃねぇよ。」
ギルベルトはエリザベータやローデリヒが怯むほど鋭く2人を睨む。
そこには彼らへの怒りと、カール公子への敬意があった。は何とも言えない笑みが勝手
に浮かぶのを感じた。それはどこか悲しさを含んだ、けれど確かに優しさを内包する言葉への安
心か、喜びか。よくはわからない。
でも、自分は彼を信頼している。それだけは確かだった。
消滅してゆく意思と積み重なっては築き上げられてゆく想いの比重