案の定、ギルベルトとは昼過ぎに約束していた国王フリードリヒとの面会に、遅刻した。




「いやぁ、お楽しみだったようで悪かったな。」





 フリードリヒはこちらがいっそ清々しくなるほどにこやかに嫌みを口にした。

 一応面会は2時としていたのだがギルベルト達が王宮に着いたのは既に3時を過ぎた頃だっ
た。というのも、あれからはギルベルトの膝で爆睡し、ギルベルトもギルベルトでもう少
し寝ようとをベッドに抱き上げて気持ち良く睡眠したのだ。なんかいろいろすっきりして
いたのもあって、ギルベルトも爆睡できた。

 それですっかり執事に出かける時間を告げるのを忘れていたため、起きたら2時過ぎ。先に目
が覚めたが真っ青になってギルベルトをたたき起こし、脅威のスピードで用意して、今が
3時というわけだ。





「す、すいません。本当にごめんなさい。」






 は泣きそうな顔でフリードリヒに謝る。彼女にとってはありえない失態だろうが、生憎
ギルベルトはそこまで悪いとは思っていないしやばいとも考えていない。国なので誰も処罰し
たりはしない。国王だったとしてもだ。







「良いさ。一応儀礼的に国王に謁見しないといけないだけで、新婚さんの邪魔をする気はなかっ
たのだから。」






 フリードリヒも心得た物で、を宥める。







「うまくいったのならなによりさ。いろんな意味でな。」







 フリードリヒは眼を細めてギルベルトを見る。ギルベルトはその中に含まれる意図を察して目
を背けた。

 要するに夜もうまくいったのだろうということだ。

 確かに良かった。良かったのは否定しない。それなりにこの年まで生きてくると経験もないわ
けではない。というか結構あるし、うまい奴も幾らでもいたが、彼女は彼女で初々しいし、良か
った。

 は性に対しては当然積極的ではないが、何も知らないので勝手に適当なことを言っても
ばれないだろう事が今日の朝の件で分かった。皆にばれない程度に教えればいいわけだ。常識
だとでも言って。あまり友人もいないユリアだから、性生活なんて誰にもばらさないだろう。よっ
て、多少の常識の変換は別に問題なさそうだった。


 これから教えていくのが楽しそうだ。





「ひとまず、おめでとう。晴れて夫婦だな。」





 フリードリヒは手を叩いて微笑む。






「あ、ありがとうございます。」

「どーも」







 は恥ずかしそうに俯いた。ギルベルトもばつが悪くて視線をそらす。






「これから冬だし、軍隊も動けなくなる時期だからな。ゆっくりとしたまえ。」







 フリードリヒは穏やかにそう言って、温かい目を2人に向ける。





「あの、」






 が顔を上げてフリードリヒとギルベルトを見る。






「春になったら、一度フォンデンブロー公国に行っても良いでしょうか、」






 フォンデンブロー公国はユリアを継承者として発表したが、まだ正式に顔見せが終わったわけ
でもない。フォンデンブロー公国には早めに一度帰るべきだろう。





「もちろんだ。ギルベルトも連れていきたまえ。」

「よろしいんですか?」

「あぁ、君の伴侶だからね。」







 フリードリヒはあっさりと許可して、ギルベルトの方を見る。


 フォンデンブロー公国は先の戦いでプロイセン王国と争ったため民衆の感情を懸念していた が、
通商のための折衝では比較的色よい返事がもらえていた。最近神聖ローマ帝国とオーストリ アの
力が弱まっているせいで、コマコマした国が増えてしまい、関税やら通商に困っていたらし
い。そ
のため強い軍隊を保持し安全な通商経路を確保できる力のあるプロイセン王国との通商に> 力を入
れたかったようだ。

 プロイセン王国は国土がそれほど豊かではないため農作物の生産には向かない。対してフォン
デンブロー公国は麦などの農作物も豊かに育つ上、金山、銀山などの鉱山資源も保持していた。
プロイセン王国にとってフォンデンブロー公国との豊かな通商は大きな利益となる。






「フォンデンブローはのどかで、春になればたくさんの花も咲きます。狩猟などもさかんですし、
とても素敵な場所ですよ。」





 は柔らかに微笑んで言う。





「そうなのか?」






 ギルベルトはプロイセン以外の国のことでよく知っているのはポーランドやリトアニアなど
北の方のことだけだ。

 フォンデンブローは少し南側の国境線上にあるのでギルベルトもよくは知らない。






「はい。チーズもとれますよ。最近ではじゃがいもも育ててますよ。ちなみに銀山と金山がある
ので、結構お金持ちなんです。」








 だからこそ、公国は小さいながらも独立性を保持できたのだ。 






「そうなのか。狩猟がてら一度行ってみるのも良いかも知れないな。」

「陛下が来られるなら、大事ですよ。おじいさまは喜ばれると思いますけど・・・」







 は俯きながらも、好意的な意見を返す。

 国王の僥倖となれば話は別だ。ましてや元々はオーストリアと仲の良かった国にプロイセン国
王が来るとなれば、オーストリア側も慎重になるだろう。

 それはギルベルトでも同じだろうが。伴侶という大義名分がある。






「これからたくさんのことが起こるだろう。」





 フリードリヒはの所まで来て、カウチに座るの手を取って微笑む。






「君の短い生の中には戦争も、苦しみもあるだろう。」






 強大であった神聖ローマ帝国が名ばかりの物となり、オーストリアの力も既に諸国を押えるほ
どにない。強き者が弱き大国から様々なものを食いつぶす時代が始まる。そこで、プロイセン王
国は敗北する気はない。滅ぶなら真っ向から戦う気でいる。


 それが、彼女の人生の中でどれ程の意味を持つのか、まだ誰にも分からない。

 しかし、彼女はプロイセン王国であるギルベルトと沿うことを決めた。それは人でありながら
フォンデンブローという国を背負う彼女には重く、苦しい道となるだろう。

 白く美しい手は、小さくまだ戦いを知らない。これからの争いを彼女は想像したこともないだ
ろう。




「君の声は多くの意味で力を持つだろう。だが、恐れてはならない。」





 フォンデンブロー公国の主として、ギルベルトの伴侶として、彼女は大きな発言力を持つよう
になるだろう。何も出来ないなんて思ってはならない。彼女の言動、行動ひとつが様々な意味
を持つ。力を持つ。事態や政策が、彼女の発言ひとつで大きく動く。

 だからといって、発言することに臆してはならない。行動することを、恐れてはならない。発言
出来ない者に動かせる政策などない。行動しない者が掴める富など存在しない。力を保持してい
ても、何にも使わないならば、持っていないのと同じだ。それならば使える人間に渡した方がま
しだ。





「覚えておくことだ。栄光も、敗北も、もう君の手の中にある。」





 フリードリヒはユリアの手をぎゅっと両手で包み込む。





「決断を下すのは、君だ。」






 小さな手の一振りで軍隊が動き、国が動く。その意味を理解しないことだけは、統治者として
してはならない。

 俯いて他者からの命令を受けることを待っていたユリアではいけないのだ。これからは命令を
与え、決定していく立場の人間であらなくてはならない。





「ギルベルトは私の息子のようなものだ。ギルベルトを頼むよ。彼と共に考えていってくれ。」




 フリードリヒは本当に柔らかにに言う。




「はい。心にしておきます。」





 は神妙な顔で頷く。ギルベルトはかりかりと頭を掻いて、フリードリヒを見やる。







「なぁ、それってさ。変じゃね?」

「何がだ?」

「普通俺にをよろしくって言うんじゃねぇの?」

「おまえよりも嬢の方がしっかりしていそうだったからな。」






 フリードリヒは笑ってに同意を求める。はギルベルトを見上げて小さく笑う。






「おまえも素直によろしく頼まれてんじゃねぇよ!」






 ギルベルトが声を荒げたが、は笑ったままだった。









 
あなたのためのつよさを ねがう