ぶっすぅっとした顔で書類を持ってきたギルベルトはフリードリヒを睨む。






「なぁ、に子供せっついたのって親父?」

「なんだ突然。」






 フリードリヒはギルベルトに目を向けて首を傾げた。すると彼は違うのかとますますすねた子
供のような表情をした。

 フリードリヒは書類を受け取り判を押していく。その間ギルベルトは適当にあった椅子を引き
ずってきてフリードリヒの前に座った。何か言いたいことと言うか、聞いて欲しいことがあるら
しい。

 わかりやすいギルベルトに、フリードリヒからは笑みがこぼれた。







「直接せっついた記憶はまったくないな。」






 フリードリヒは記憶をたぐりながら気のない様子で判を押した書類を机の端に置いていく。

 確かにフォンデンブロー公国の後継者はだが、すでに公爵は老い先短いおじいさんで、
もしも不慮の事態でが死ねば公国の継承権はオーストリア側が主張するアプブラウゼン
侯爵になってしまう。今は正統な後継者と認められるがいるからまとまっているが
が跡取りなく死ねば話は変わってくる。

 だから正直早めに子供を作って欲しいと言うのは本音だ。ましてやそれがプロイセン王国その
ものであるギルベルトとの子供であるならば、プロイセンとフォンデンブローとの繋がりは非常に
強くなる。良いことづくしだ。

 ただし彼女がまだ10代と若いこともあり、体調を加味しなければいけない妊娠という事態を男
のフリードリヒが言っても可哀想だろう。彼女の性格を考えれば国王であるフリードリヒの言葉
を酷く真面目に受けてしまう可能性もある。

 国王という立場へ深い理解をしているフリードリヒからしてみれば、そう言ったことに感化し
ないのが一番だと考えていた。






「子作りしようと言われたのか?」





 フリードリヒは顔を上げてギルベルトに尋ねる。






「まぁそんな感じ。」





 ギルベルトは複雑そうな顔で曖昧に答えた。その顔にはありありと戸惑いがある。






「意外だな。おまえなら喜ぶと思ったんだが。」






 大義名分が出来ては彼女も拒まないだろう。

 彼女はどう見ても性に積極的なタイプではなさそうだが、良い機会だ。日頃からもっと積極的
になって欲しいと言っているギルベルトならばせっつきそうなのに。ギルベルトが喜ばないと言
うことは、何か彼には彼なりの理由があるのだ。






「だって、女って、妊娠したらすぐ死ぬじゃん。」







 ギルベルトの言葉はあまりだったが、フリードリヒには辛辣なその言葉の意味がよく理解でき
た。

 医師もいまいち当てにならない時代だ。女性にとって出産は簡単に命がけの事態になるし、産
褥熱や抵抗力が落ちて一年以内に死んだなんて話はざらだ。若ければそれだけ危険性も伴う。ま
してやギルベルトはこの姿ながらかなりの年月を生きてきている。そうやって死んだ女はごまんと
見てきただろう。ただそれが自分の妻と他人とでは大幅に気持ちが違う。







「おまえにしてはまともな考えじゃないか。」







 フリードリヒはふむと頷いてギルベルトを見る。






「そりゃさ。に子供が出来なきゃフリッツが困るってのもわかってるんだぜ。わかってる
んだけどさ。」







 もうちょっと安逸をむさぼっていたい。それがギルベルトの本音だった。

 ギルベルトの人生はあまりに長い。その中でといられる時間なんて一瞬とも思える数十
年間だけだ。は人間だから、それは仕方ないと分かっている。でも妊娠して子供を産むこ
とになればその貴重な時間をあっさりと短くすることになる可能性を孕むわけだ。それが怖くて
堪らない。

 焦らなくて良いじゃないか。

 まだ、ギルベルトは覚悟が決まらない。

 政治的な意図ではなく、結局ギルベルトは自分の感情で動いたのだ。彼女を失いたくないから
と。

 それはそれだけを思っていると言うことだ。






「と、言うことは、彼女は産まず女という訳ではないのか。」






 フリードリヒは苦笑して書類を机の横に置いて、紅茶の入ったカップを傾ける。

 結婚して2年も子供が出来ないから、正直フリードリヒは自体に何らかの問題があって
子供が出来ないという可能性も考えていた。フォンデンブロー公国を彼女の死後どうするかと言
うことまで、考えなければならないと思案していた。だが、それはどうやらフリードリヒの早とちり
で、ギルベルトがその原因の大半を握っていたようだ。多分も知らないだろう。彼女はそ
う言う事に殊更疎い。






「え?」

「一般的に、人間は慣例的に子供が出来ないのは女が悪いとされるんだ。だから彼女も色々言わ
れていただろう。」







 意味が分かりませんという顔をするギルベルトにフリードリヒは説明する。

 正直子供が出来ないのはどちらの問題も考えられるのだが、結構女が悪いとされがちだ。口さ
がない者達は、子供が出来ないのはのせいだと言った者もいただろう。幸か不幸か、彼女
は悪口に対してもうつむき、耐えると言うことを知っているから、ギルベルトに一言も言わなかった
はずだ。






「ち、違う!が悪い訳じゃねぇんだ!!」







 ギルベルトはそんな可能性を考えたこともなかったのだろう。


 彼の様子から、おそらくギルベルトは気をつけて避妊をしていたのだ。子供が出来ないように
この2年間ずっと。知識の乏しい彼女だから子供が出来ないのを自分のせいだと思っていたかも
知れない。

 ギルベルトは目を丸くして弁解するがそれをフリードリヒにしても仕方が無い。






「一般的な見方というのは代え難い、嬢を守りたいなら、少し自分中心に回る世界を彼女
中心にしてみろ。」







 フリードリヒは困った息子に助言して、肩をすくめる。







「まぁ、正直なところは私もフォンデンブロー公爵と同じ気持ちだ。」

「は?」

「おまえの子供を見ておきたい。フォンデンブロー公爵も、死ぬ前に嬢の幸せな姿を見て
おきたいのだろう。」






 フォンデンブロー公爵は大切だった孫を失った。だからこそを、そして孫を奪った戦争
で指揮を執ったギルベルトですら、の伴侶だからと大切にしてくれる。それはフォンデン
ブローに行って本当によくわかった。

 愛する人の子供を産むことが、女性の一番の幸せだと言われる。フォンデンブロー公爵は老い
先短いことを理解しているが為に、が赤子を腕に抱く姿を生きているうちに見たいと願っ
ているのだろう。ギルベルトにはよくわからないし、考えたこともなかったけれど、はそれ
に幸せを感じるのだろうか。






嬢がどうしたいか、よく聞くことだ。俺が決めたからだけでは、進まないぞ。1人では
ないのだから。」





 フリードリヒの忠告に、ギルベルトは顔を背ける。

 いつものように1人で楽しいぜー!では関係は進んでいかない。自己完結では2人の間の心の隙
間は広がって、いつか取り返しがつかなくなる。それはフリードリヒが一番よく知っている。






嬢は案外鋭いぞ。」





 フリードリヒが意地悪く笑う。





「…わかってるよ。あいつ最近結構言うんだよな。」






 ギルベルトも感じ始めていたことだった。

 は勘が良い。もしかするとギルベルトの悩みの本質も見抜いているかも知れない。賢い
のも勉強の勘所がよいのだろう。






は、欲しいのかな。」






 子供、とギルベルトは近くにあったクッションで顔を半分隠して、相手のいない質問をする。





「それこそ本人に聞け。」






 フリードリヒは苦笑して、ギルベルトを見やる。

 彼は変なところで引っ込んで可愛らしいところがある。臆病になるほどに、彼女に嫌われたく
ないと言うことなのだろう。相手のことを慮れるようになったのは、ギルベルトにとっては進歩
だ。軍隊のことばかり考えていた彼に、ちょっとした変化が現れたと言うこと。





「それにしても、結婚して二年もたつのに、おまえはまだ嬢に恋をしてるんだな。」






 そわそわして、相手がどう思っているか気にして。

 そう言う本当にただの恋愛を、彼は未だに続けている。結婚して2年もたつのに、未だに初々
しいのは、何もがなかなか慣れないというだけではないだろう。





「本当に仲睦まじいことだ。」

「仕方ねぇだろ。気になんだよ。」





 フリードリヒが苦笑すると、ギルベルトは恥ずかしそうにクッションに顔を埋めた。

















 
焦がされること焦がされ続ける こと