子供の話をしてから、ギルベルトはぱたりとに触れなくなった。

 抱きしめられて眠るのは、温かいし、とても安心できて、としては抱かれるよりも好き
だったりする。

 でも毎日のようにしようと言う彼は、がよほど疲れていたり、体調が悪くない限りは体
を求めてきていたのに、突然なくなれば、だって不安になる。



 子供なんて欲しくないと言うことなのだろうか。

 初めてのことでどうすれば良いのかよくわからない。夜の行為をすれば身ごもるとに皆
教えたが、実際に2年も結婚からたっているのに、一向にその傾向はにはない。

 自分の体がおかしいのだろうか。

 ベッドの端に腰掛けたは小さく息を吐いた。





、あぁ、まだ寝ないのか?」







 ギルベルトがドアを開いて寝室に入ってくる。

 彼は隣の部屋で先ほどまで仕事をしていた。ベルリンに戻った途端に軍事だのなんだで忙しく
日々を過ごしている。これから繁忙期であるため仕方が無いだろう。新兵も植え込みの時期が終
わったらやってくるし、彼の仕事も増えると言うことだ。日頃の粗暴で突拍子もないところのある彼
は、見た目以上に仕事はきちんとする。特に軍事にかける情熱は大きかった。





「あ、いえ、あ、寝間着…。」






 ぼんやりして寝間着に着替えるのも忘れていた。


 時計を見るともう11時をしっかり過ぎている時間で、は眼をぱちくりさせた。立ち上が
って隣の部屋に行こうとすると、後ろから腰を抱かれた。






「きゃっ、」

「このままで良い、」







 ギルベルトはそう言ってを引き寄せて、そのままベッドに放り投げられた。

 ここ一週間ほど何もなかったから、油断していたのだ。はバウンドするのを背中で感じ
ながら、くるりと横に転がろうとしたが、それすらもギルベルトの手に止められた。








「こっち向けよ。」






 ギルベルトにまたがられて、は戸惑いながらも彼を見上げる。視線が交わると、それが
合図であるように口付けられた。






「んぅ、」






 口を開いて、彼の舌を迎え入れる。慣れていないから戸惑いがちに舌を浮かせれば、そのまま
彼に絡め取られた。彼はキスがとても上手い。粘着質の水音がなって、恥ずかしくて眉間に皺が
寄るのが自分でも分かった。頬が上気する。






「はっ、」






 唇が離れて、は大きく息を吸って瞼を開く。目の前にはギルベルトの顔があって、ます
ます恥ずかしい。くしゃりと表情を歪めると、彼は口の端をつり上げて笑った。





、」





 名前を呼ばれて、首筋に顔が埋められる。彼の髪が首筋や頬に当たってくすぐったい。首に吸
い付かれれば、小さな痛みが走る。それすらもの感覚を高める手段になりうるのだから、
不思議なものだ。久々であることもあって、体が敏感に反応する。期待してしまう。






「なぁ、、」






 突然顔を上げて、彼が縋るように甘えた声を出した。はよくわからずにいると、彼はま
たがったままを上から見下ろした。





「おまえさぁ、子供とか、どう思ってる?」

「え?」






 どう思うと尋ねられても、何を答えればよいのか分からず、答えに窮する。






「いや、さぁ、欲しいのかな、って。」






 ギルベルトは困ったような顔をして、問い直した。は彼を見上げながら小首を傾げる。

 必要だとは言われたことがあるが、欲しいかと尋ねられたのは初めてだった。だが確かに子供
と言うのは1人の問題ではないし、彼が欲しくないのならばその意見も聞くべきだろう。


 そしてまた、も意見を言うべきなのかも知れない。






「…ちょっと、お腹に子供が出来るって、信じられませんね。」






 多分、出来たら喜びよりも戸惑いの方が大きいのだと思う。

 自分の体に他の命が宿るというのは簡単なことではないし、多分不安に思うだろう。泣いてし
まうかも知れない。だからもう少し待って欲しいと言うのが本音だ。

 ただ、欲しいか、欲しくないかと聞かれるならば。





「欲しい、とは、思いますよ。」






 はギルベルトの朱い瞳を見上げる。

 綺麗な緋色の瞳と銀色の髪と。ハンサムな顔立ちをそっと撫でればギルベルトが少し怯えた顔
をする。それはだって同じだ。不義の子として生まれ、母親からは望まれていたが、それ以
外の誰からも望まれなかった。

 自分のような子供を産み出すのは絶対嫌だと思う。だから子供など今まで望んだことはなかっ
た。

 でも、ギルベルトと結婚して、彼の隣にいるようになって、素直に子供が欲しいと思った。






「子供、は?どっちに似るのかな、とか、考えてみると、とても、幸せですから、」






 想像したことがある。


 女の子は父親に似て、男の子は母親に似ると言う。はどうやら見も知らぬ父に似ている
ようだから、本当の話なのかも知れない。

 でも自分の性格は母に似ていたから、容姿だけの話なのだろうか。ならば男の子が生まれれば
自分に似て、性格はギルベルトに似た子供が生まれるのか。

 それは空想にしか過ぎないけれど、夢見られるようになっただけでもには進歩なのだ。
幸せな夢を、夢見たことすらなかったから。



 ギルベルトはの言葉を、目を丸くして聞き入っていた。



 そして、そのままの体勢でころりと体の力を抜いての隣に転がった。ベッドがばふばふ
と揺れる。





「おまえ、滅茶苦茶ずりぃ、」





 彼は呆れたような声音でそう言って、の体をぐっと引き寄せて、転がった体勢のまま思
い切りを抱きしめる。







「え、な、何がですか?」







 は強い力に戸惑いながらも、抵抗することもせずに問う。





「そんな幸せそうな顔で言われたら。俺なんも言えねぇよ。」






 の肩に顔を埋めて、ギルベルトは唸るように言った。彼の耳が心なしか赤いような気が
する。





「そ、そうですか?そんな顔してました?」






 にやけてたんだろうか、ひとまずしまりのない顔をしていたのだろう。は心配になって
彼の胸に頬を寄せて自分の表情を隠した。






「なぁ、、」






 亜麻色の髪を撫でてから頬に手を添えの顔を自分の方に向けてから、ギルベルトが顔を
上げる。間近に彼の顔があっては目を背けたくなったが、彼の緋色の瞳があまりに真剣な
色をしていて、目をそらすことが出来なかった。






「なぁ、絶対に死なないでくれ。」







 唐突に告げられた言葉の意味が、咄嗟に分からなかった。





「何を、大げさな、」

「大げさじゃねぇよ。実際に出産で体悪くするなんて、ざらだろ?」






 若いは苦笑してしまったが、ギルベルトは縋るように言い募る。

 それで彼が一番懸念していたことを知る。そう、はまだ若い。もちろん17歳ともなれば
この時代子供がいてもおかしくはないが、だからといって早くないわけではないし、出産で死ん
だ人はたくさんいる。

 彼は、何よりもそれを恐れていたのだ。






「みな、そうやって生まれてきているんですよ。」






 は思わずそう笑ってしまったが、ギルベルトの表情は真剣そのものだった。






「わたし、体は弱くないんですよ。」





 たまには風邪も引くが、決して躯が弱い訳ではない。女性として特別大柄と言うこともないが
幼い頃たくさんの国を母に連れられて回ったせいか、適応力もある。歩くことも多かったから、
その辺の貴族のお嬢さんよりも絶対に丈夫だ。






「約束しろよ。早死にしないって、」






 ギルベルトはの体を抱きしめて、言い募る。は彼の体を抱き返してふっと笑う。






「なんだか、ギルが子供みたいですね。」






 母親に行かないでと泣く子供のようだ。そう言うと、彼はむっとしたのか、を抱く腕に
力を込めた。


 運命など誰が知るだろうか。流転する宿命が残酷であると、彼は知る。
 だから、これは彼の勘であったのかもしれない。不吉なほどよく当たる、戦場で培った勘。





「大丈夫ですよ。」





 は目を閉じて、安心させるように彼を抱き返す。

 その言葉は彼の不安を宥めはしたが、消し去りはしない。それは彼女が人としての生涯を終え
る最期の瞬間まで、変わりはしなかった。





 
きみの いとしさをだいたまま