ギルベルトが銀山でのことを片付けてフォンデンブロー公国の首都であるヴァッヘンへ戻った
のは1ヶ月後のことだった。

 平野の一戦で敗北したアプブラウゼン侯爵の軍隊が撤退するには時間はかからなかったが、占
領されていた銀山の処理に思いの外時間がかかったのだ。特に銀山の鉱夫達はかなり頑張って
反乱を起こしていたらしく、けが人も多く、兵士よりもそちらに外科医を回さなければならないほ どだっ
た。

 公国の軍隊は、統治者であるの夫でしかないギルベルトをあっさりと権力者であると認め、
軍事に優れたプロイセン王国の将軍であることを受け入れ、決定権の多くを委ねてくれたため、
ギルベルトは軍事に関しても、銀山の処理に関しても一貫した決定権を振るうことが出来たため、
処理は楽だった。



 その一因は、議会の議長であるシュベーアト将軍がギルベルトに決定権をことある事に託した
ためもあった。彼は公国の軍人であることに誇りを持っていたが、最新鋭の武器や騎兵隊を使っ
ての戦争になれているわけではない。だからこそ、ギルベルトに指揮を託したのだった。

 ギルベルトは多くの点で彼の聡明さに救われたことになる。本来ならただの配偶者で他国の人
間であるギルベルトは受け入れにくいものだ。

 それでも、彼は公国の勝利のためにギルベルトの指揮を受け入れたし、多くの将兵がそれに従
った。幸い勝利したおかげで、ギルベルトの力をいかんなく示すことが出来たし、シュベーアト将軍
も安心したようだった。






「み、みなさん、ご無事で良かった…」







 宮殿の私室で軍隊を率いた少数の将軍達を前にしたは、戻ってきた軍隊を視察して兵士にね
ぎらいの言葉をかけていた時の気丈さは一変し、シュベーアト将軍の手を握ったまま安心したように
泣きだした。

 声が震えて最後は言葉になっておらず、シュベーアト将軍は困った顔をする。






「…普通は、夫の手を握って泣く物ではないのですか?」







 彼がそう言うと、周りから笑いが漏れた。ギルベルトも思わず笑う。

 ただ、仕方のないことだろう。

 は戦争で婚約予定だったカール公子を失っている。戦争というものの恐ろしさを彼女はよく
知っているからこそ将軍であれ、誰であれ、帰って来たのを見て安心して泣いてしまったのだ。




 将軍達がそれぞれ用意された椅子に座る。

 ここにいるのは将軍の中でも地位の高い中将などの地位を持つ7人とギルベルトだけだ。将軍は
貴族が5人、市民が1人で、富農が1人、そこにギルベルトが混ざる形となっていた。

 ギルベルトはカウチに座るの隣に座る。本来なら公国においては君主であるは一番上
座に座っておりギルベルトは別々に座るべきではあったが、将軍達にすすめられた。

 ギルベルト自身はこれは将軍達に自分の実力を認められたと言うことで嬉しくはあったが、
君主としての力不足を指摘されていて、ギルベルトに決断を求めているのならば、困ったことだと思
う。こそが、公国の真の主なのだから。






「みなさん、ありがとうございました。」






 鼻をすすっていただが、ハンカチで涙を拭いて、柔らかに微笑んだ。






「何よりも、みなさんが無事の姿が見れて、安堵しております。」

「大げさですよ。今回は驚くほどスムーズでしたから、」






 一番年上で市民出身のアルトシュタイン将軍が笑ってに言う。

 彼はオーストリア継承戦争から長らく軍隊を離れていたが、ベテランと言うこともあり呼び戻された人物だった。
 市民出身で議会からの信頼も厚い。





「物資の補給も豊富でしたし、最新火器等で少し戸惑った砲兵もいたようですが、戦略としては
余裕もありましたし、何よりバイルシュミット将軍は慣れていらっしゃいましたから、」







 すでに白髪交じりの亜麻色の髪を撫でつけてから、彼はギルベルトに目を向けて言った。






「いや、砲兵もきちんと訓練を受けていたし、将軍もきちんと軍をまとめてくれる。非常にこち
らとしても楽な行軍だった。」







 ギルベルトは世辞ではなく素直にそう言った。

 最新火器の戦場への投入は初めてであったため、不具合があったのも事実だが、砲兵達はそれ
によく対応した。

 将軍達も何人か頑固な者もいたが、全員が勝利を目指すという点では一致しており、意見の不
和はあったが勝利のために元は敵国であったギルベルトが軍隊を率いるのも仕方なしという判断
を下した。また、自軍を非常によくまとめた。






「まぁ様の軍事政策もありましたからな。いやはや、先見の明がおありだ。政策面では、議会
も頼りにしておりますよ。」






 シュベーアト将軍がに言うと、はきょとんとした表情をしたが、すぐに恥ずかしそうに俯
く。あまりほめられることには慣れていない。

 ギルベルトはの頭を自分の方に抱き込んで、くしゃりと撫でる。彼女は安心したようにギル
ベルトの方に身を寄せてきた。






「これから、の、お話ですが…ご意見をお聞きしたいのです。」





 が躊躇いながら、視線を上げる。






「一応、アプブラウゼン侯爵領には、占領時にとったぶんの銀と同額の金銭、もしくはお金の確
保と、賠償金を求めていくというのは、異論は、ありませんか。」







 今回フォンデンブロー公国が失ったのは、アプブラウゼン侯爵に占領された時に勝手に採掘さ
れた銀と、銀山を取り返すために公国が動かした軍隊の費用。そして、鉱夫や兵士と言った死者
だ。

 その補償を求めるのは当然のことではある。





「異論はありませんな。」








 シュベーアト将軍は皆と視線を交し、頷く。もそれを確認してから話を続けた。






「それで、その手段ですが、ギルドと話し合いまして、制裁措置として、アプブラウゼン侯爵領へ
の農作物や、金、銀などの輸出を止めることになりました。」

「可能ですか、それは。」

「はい。ギルド側から最近アプブラウゼン侯爵領での支払いは滞っており、減っていたから問題
はないという回答でした。」






 多くの取引は各職業ギルドが取り仕切っていることが多い。そのため、ギルドからの回答は重
要だ。

 最近アプブラウゼン侯爵領へと向かう通商経路は盗賊などに荒らされて危険な上、支払いも滞
っていたため、制裁措置への協力は案外簡単に得られた。そしてもう一つ、はギルド側と話
し 合ったことがあった。






「もうひとつは、オーストリア側へなのですが、ギルドの方々に一部を保証するとの条件を出し
て、金銀、あと鉄の輸出を大幅に制限することにしました。」






 オーストリア側はアプブラウゼン侯爵領がフォンデンブロー公国の銀山を占領するに当たり、兵
を貸したと見られている。オーストリアは表向きに何も表明していないが、未だにの公国の
継承に関して承認を行っていない。






「表向きには、わたしを承認していないから、ということに、しておきます。」






 大義名分はともかく、オーストリア側とて、今回の銀山占領への制裁だと言うことは理解でき
るだろう。






「確かに、良い案です。戦争をせずに成り立つ手段としてはそれが精一杯のものですな。」

「そうですな。政策としては一番有益か。」






 シュベーアト将軍が賛同すれば、他の将軍達も頷く。





「議会は、どのようなのですか?」






 アルトシュタイン将軍がを伺うように尋ねる。

 軍事政策以外のことに関しては、公爵の権限はおよばない。議会の決定による。要するにギル
ドの制限などの議題も議会が承認しない限り統治者であるが言ったところで成立しないのだ。




 ギルベルトはをちらりと見る。








「大丈夫です。もう議会とは、話し合い済みなんです。」






 は悪戯が成功した子供のように、にこりと小首を傾げて笑う。

 将軍達だけではなく、ギルベルトも目が点になってを見る。







「税関などの管理は、軍にも補助して頂かなくてはならないですから、軍の上層部である将軍達
の承認が得られなければならないと思ったんです。議会は後、議決だけで、大幅に賛成に傾いて
います。」






 ギルベルトの隣でそう言うは珍しく顔を上げて嬉しそうな顔をしていた。





「実は様がギルドの長老達を引きつれて議会で演説されたのですよ。」







 後ろで控えていたテンペルホーフ中尉が頭を下げて発言する。

 先にギルドと話し合って賛成を受けてから、議会の賛成を募ったのだ。議会の主たるは6割が
貴族、3割が市民だが、多くが通商が滞るのを嫌がって、制限を拒否するだろうと思われた。し
かし、ギルド側の援助なしに通商を行うことは出来ない。

 ギルドがの味方についたことによって、通商を滞りなく行うためには、ギルドの賛成してい
の制限案を受け入れざる得なくなったのだ。






「おまえ、やるなぁ。」






 ギルベルトは思わずそう言っての頭をくしゃくしゃと撫でる。

 気弱ながらも今回は頑張ったようだ。素直にその努力を認める。







「はい。みなさんが頑張ってくださっているのに、と、思いまして、」







 は目を伏せながらもギルベルトにほめられて小さく笑う。







「…大きくなられましたな。」






 シュベーアト将軍は眼を細める。

カール公子の後ろで俯いてばかりだった小さな少女が、いつの間にかものを言えるようになって
いる。

人生は分からないものだと、将軍達はほほえましく視線を交した。



 
みとどけるいのちの はなし