は緊張した面持ちで会議の場に臨んだ。
一国として、国王であるフリードリヒと対等の立場で話す日が来るなどと、夢にも思ったことはなかった。これまでは必ず
はギルベルト、バイルシュミット将軍の妻としての立場だけだったが、今は違う。
正式な謁見の間に自国の将軍達と招かれることになろうとは、思いもしなかった。
フリードリヒとは一番上座の席に着く。
フォンデンブロー公国側から出席したのはシュベーアト将軍と、アルトシュタイン将軍、そして幾人かの外交官だった。
シュベーアト将軍はもう白髪も交じる壮年の男だが、歴とした貴族出身で、フォンデンブロー公国においては議会の議長を務め
また軍隊においても最高の地位にある。それ故に、固いところもあるが自分の兵士や傷病者を自ら手当てしたりもする、情に厚い
人物であるため公国での人望は絶大だった。
アルトシュタイン将軍は貴族出身ではなく市民出身であるためギルドとの関わりも深く、商人としてもかなりのやり手で、その
上先のオーストリア継承戦争での英雄でもあった。継承戦争後は年齢もあって軍から離れていたが、功績を買われて迎えられ
た。
対するプロイセン側からはフリードリヒと側近であるギルベルト、王妃の兄であるブラウンシュヴァイク公などたくさんの将軍が
並んでいた。恰幅の良い軍人達ばかりを相手にしては思わず怯みそうになったが、どうにか平静を保つ。
ただ、ギルベルトは前で苦笑していた。
「私たちが話したいのはアプブラウゼン侯爵への対応において、そちらがどれだけの援助をしてくれるかという問題だ。」
フリードリヒは先に口を開いて単刀直入に言った。
プロイセン王国の臣下であるはずのアプブラウゼン侯爵と侯爵領は、今どこの国にも属さない空白地帯になっていると言っても
等しい。主であるプロイセン王国には従わず、オーストリアから独自に兵をかり、隣国の銀山を占領した罪は大きい。
元々ギルベルト暗殺を企て、宮廷の裁判所への出廷を求められていたため、同情の余地はない。
「私たちはアプブラウゼン侯爵領を攻めることを決定した。」
フリードリヒははっきりとに言った。は目を丸くしたが、将軍達は予想済みのことだったのだろう、静かに頷いた。
「こちらとしてはこの間の銀山の件で今期の予算は非常に難しい部分があります。」
シュベーアト将軍が冷静に返す。
確かに銀山の占領で軍隊を動かしたりで、予算的に余裕はない。砦なども増設したためなおさらだ。
「…そうですね。」
もシュベーアト将軍に頷くが、本当は多分将軍達だって知っているだろう。
フォンデンブローは公爵がたくさんの隠し財産を持っている。が正式に保有している財産を使えば、おそらく軍隊を動かす
ことは余裕に出来る。だがそれは、他国には秘密なのだ。
「ただで、という訳ではない。銀山占領で得られるはずだった収益の保証を2倍にして返そう。」
「…軍隊を派兵すればと言うことですか?」
「出来ればそうしてほしいが、後方支援だけでも結構だ。また君たちが持っているアプブラウゼン侯爵領の詳しい地形の地図など
が欲しい。」
フリードリヒはフォンデンブロー公国とアプブラウゼン侯爵領は隣り合っていることもあり、長らく縁戚関係にある事を知る。公国
がかなり金銭などを含め堅実であることを考えれば、隣り合う侯爵領の細かい地図を持っていないとは思えない。
ギルベルトの報告からもかなり優秀な人材が多いことから、十二分にいろいろな有事への対応はされているだろう。だからこそ銀
山をすぐに奪い返すことが出来たのだ。
「実際的な話として、確かに我らフォンデンブロー公国は地形図などを保持しています。ですが、それは重要機密です。こちらにと
ってもです。そして持つのは我らではありません。」
アルトシュタイン将軍がそう言ってちらりとの方に目を向ける。
「軍事関連に関しては、公爵に一任されております。私たちの一存では…」
答えを求める視線に、はどうすれば良いかわからなかったが、誰かに託すわけにはいかない。自分が公爵なのだから。
「わたしたちの持つ情報の中で侵攻の上で必要な物はお渡ししますが、それ以外についてはお渡しできません。」
戦略上プロイセンが侵攻したからと言って、アプブラウゼン侯爵領が敵にならないとは限らない。譲歩して侵攻に必要な部分く
らいの地図は出しても良いが、それ以外になるとこちらとしても戦略に関わるだろう。
「また、後方支援に関することは、早急に議会やギルドと慎重に話し合いたいと思います。」
そう答えながら、は僅かに俯く。
実は議会からの書類での報告でアプブラウゼン侯爵領で軍備を整える動きがあると言う物が書いてあった。
戦争はあまりしたくない。相手にも自軍にも死者が大なり小なり出てしまう。この間も兵を進めたばかりだ。何かない限りはあま
り戦争はしたくないというのが、の考えだった。戦争などの軍事に関することはの一存で動かすことが出来るが
はそう言った性急なまねをしたいとは思っていなかった。
「だが、公爵自身が軍事面に関しては采配が振るえるのだろう?」
フリードリヒはゆるりと笑って、テーブルに置かれた書類をとんと指で叩く。
「…采配は振るえますが、独裁を望んでいるのではありませんから。」
は緊張した面持ちのまま答えた。
戦争はしたくない。そう思っているが独断で決めるわけには行かないと思ったのだ。少なくともシュベーアト、アルトシュタ
イン両将軍と話し合わなければには判断がつかなかった。軍事は本当に経験もなければ、苦手なのだ。
「ふむ。ただ早急に回答を願いたいので、議会で、というのは少し困るな。」
「でしたら、ここにいる将軍とギルドの代表者とがベルリンにいますので、彼らと今日話し合い、明日中には回答しましょう。」
が言えば、渋々といった様子だったがフリードリヒも頷いた。
「では、細かい協議については明日の回答を待ってから、と言うことで良いかな。」
フリードリヒはそう言ってまとめる。
「そうですね。こちらも早く、お話し合いをします。」
は笑顔で話して、近くにいた将校に早急にギルドの代表者達を呼ぶように指示した。
「控えの間をお借りしてもよろしいですか?」
「あぁ、是非ともそうしてくれたまえ。」
フリードリヒは快く応じて、立ち上がる。も軽く会釈をして将軍達と共に立ち上がった。
シュベーアト将軍、アルトシュタイン将軍とともに控えの間に入ったは小さく息を吐く。やはり国際的な事を話し合う場だとどうしても
緊張してしまう。ギルベルトは笑っていたので、後で多分言われるだろう。
「…大丈夫ですかな。」
シュベーアト将軍が苦笑しながらに言う。
「すいません。本当に頼りなくて、」
「いえいえ、まだお若いのですからこれから慣れればよろしい。」
シュベーアト将軍は軽い調子で笑って、の肩をとんとんと叩いた。
「私も初めて戦場に出た時は体が震えた物です。貴方が会議で震えるのも仕方が無いことだ。」
「あら、そうなんですか?」
は常に落ち着いたいつものシュベーアト将軍のことを思えば想像がつかず、驚くと、彼は肩を竦めて見せる。
「そうですよ。ちなみに、気付けばベッドの上でした。次の日は父から殴られましたよ。」
恐怖のあまり気絶したらしい、あまりの話には眼をぱちくりさせる。
彼は現在軍隊の総司令として、また議会の議長として国をまとめる立場にある。
彼の話は今の彼を思えば信じられなかった。
「その通りです。それに比べれば、様はなかなかのものですよ。」
信じられず眼をぱちくりさせていると、アルトシュタイン将軍が大きく頷いた。シュベーアト将軍が怯える姿は想像できなかったが
どうやら彼が言うには本当のことらしい。人は変わると言うことだろうか。
アルトシュタイン将軍は市民出身であり、一番古参の将軍だ。対してシュベーアト将軍は貴族出身。
シュベーアト将軍のことをアルトシュタイン将軍は昔から知っていると言うから、彼が訂正を入れないと言うことは本当なのだろう。
「そう言えば、イングランドからの使者が様にお会いしたいとおっしゃっていました。」
アルトシュタイン将軍は一つ咳払いをして、に耳打ちする。
「え?イングランド?」
は小首を傾げる。幼い頃フォンデンブロー公国の次に母と共に訪れた場所だが、母が自殺して以降は行ってはいない。
個人的には何も関係ない国の筈だ。
「おそらく、鉄などの輸出についてだと思われます。」
「あ、なるほど。」
は納得した。鉱山資源が豊富なフォンデンブローと通商したいという国は、いくらでもあるのだ。
「ギルド側の代表者と共に呼び寄せましょうか。」
シュベーアト将軍の提案には穏やかに頷く。
「しかし、議会はプロイセンとの同盟に納得するでしょうか。」
「そうですね。」
オーストリア継承戦争の折、プロイセン王国と戦い公位継承者を失った痛手をフォンデンブロー公国は忘れてはいない。同盟を
よしとはなかなかしないだろう。
問題は山積みのようだった。
傷が膿んで生まれる願い