イングランド側の代表者とやらは若い男性だった。
高位の将校で貴族なのか身なりはしっかりしているが、酷く偉そうにふんぞり返っていて、は眼をぱちくりさせた。
「フォンデンブロー公爵、様です。」
アルトシュタイン将軍がを示して言う。
すると相手は翡翠色の大きな瞳を少し開いてから、妙にしっかりした金色の髪を揺らしてを見て、特徴的な太い眉を寄せ
た。
「なんだよ、そのちんちくりん。」
咄嗟に口から出たであろう彼の言葉に、は頭の上に石のかたまりでも置かれた気がした。思わず俯くと、横で見ていた壮
年の男が彼を止める。
「いや、あの、彼女が様です。先の公爵がこの間お亡くなりになられ17歳で公爵位を継承なさいました。」
「あ、え、嘘だろ。わりぃ、おまえ結構子供に見えて、え、今年で17歳。あ、若いのか。いや、そういうのもありか。」
無理矢理自分を納得させた彼は、自分の心中の焦りを追い出すように息を吐いた。
確かに17歳の統治者というのはあまりいない。両親が生きていたりする物だから、早くても20代で継承するのが普通だ。女性で
しかも若いとなれば舐められても当然だとは分かっているが、改めて目の当たりにすると結構傷つく物があった。
「初めまして。俺はイギリス側の代表者でアーサー・カークランドだ。隣はモンマス公ジェームズだ。」
アーサーと名乗った男が言えば、隣にいた壮年の男が頭を下げる。
こちらはもう40代過ぎだろう。決して老いているわけではないのに髪は長く真っ白で、うなじで留めている。涼しげな紫色の瞳は
と同じ色合いだったが、ずっと冷静そうだった。
モンマス公と言えばジョージ2世下で武功を上げた家柄ではないか。は心が緊張して震えるのを留められなかったが、な
んとか表面上は冷静さを装って隣のアルトシュタイン将軍を見た。
「…用件の方を、伺ってもよろしいですか?」
アルトシュタイン将軍がアーサーに問いかける。
普通一番高位の貴族が代表者となり、モンマス公程の貴族が代表でないのならば、おそらくアーサー・カークランドも王族に連
なるようなかなり高位の貴族なのだろう。
「貴殿との通商の相談に来た。」
「通商ですか…?」
が問い返せば、彼は大きく頷いた。
「鉄の輸出をして欲しいんだ。」
鉄はフォンデンブローにとっては有り余る輸出品だった。鉱山を多数保有しているが、鉱山資源というのは決して永続的な物で
はない。その為金や銀に関しては毎年掘り起こす量をかなり制限している。対してフォンデンブローにとって山のように出てくるの
が鉄で、最近は大砲などで鉄の需要が増えていることもあり、有益な輸出品の一つだった。
農作物の輸出は関税のみだが、色々なリスクの伴う鉱山資源の採掘は公爵家によって制限されているし、輸出に対しては元々
協定が必要で、ギルド側や議会と話し合ってその協定を結び、輸出入を公爵家が保証している。
「…そうですね。」
は隣のアルトシュタイン将軍と顔を見合わせた。
最近隣のザクセン王国がオーストリアと連絡を取り合おうとしているという噂は既に聞いている。少しではあるが、ザクセンと
も国境を接して
いる。ザクセンもフォンデンブローに鉱山資源の通商協定を結び、輸入したいと願っていた。
ザクセン王国はフランスと非常に仲がよい。
今フォンデンブローはオーストリアともめており、明確な友好関係のないザクセンに鉄を輸出してしまうと、その国が大国であるフラ
ンスやオース
トリアに、公国が輸出した鉱山資源を再輸出する可能性があるから、議会は拒否していた。
ザクセンが目だってフォンデンブローを敵としたことはないが、フランスと仲がよいことを考えれば、イギリスと同盟を結べば自動的
に完全な敵とされるだろう。英仏の仲が
良くないのは有名な話だ。
だがこれはチャンスとも言えるのだ。愛妾政治でころころと政策が変わるフランスではなく、議会主義の大国であるイギリスと手
を結ぶチャンスでもある。
「おまえの家の飛び地の鉄だ。そこからハノーファー経由ならば近いし、鉄を輸出することは可能だ。そちらの条件も提示し
てくれれば議会で話し合おう。」
長らくフランスと戦争を続けるイギリスにとって鉄は重要な輸入品だ。
イギリスは今、ハノーファーと同君連合となっている。イギリス王室が絶えた時血筋が近かったハノーファーの君主を迎えたから
だ。
フォンデンブロー公国は継承上の関係でヘッセン、ハノーファーの近くに飛び地の領地を持っている。そして飛び地でも鉄は
算出されるため、輸出品として十分に成り立つ。
「…議会に掛け合わなければなりません。」
「もちろんだ。それは俺の国も同じだ。だが、それなりに方法はあるだろう?」
アーサーが不敵な笑みを見せる。
この時代の議会は、買収だろうと何だろうと、ひとまず過半数をとれば勝ちだ。は彼の言葉に思わず笑ってしまった。フォ
ンデンブロー公国の議会は、イギリスの議会制によく似ている。そう、裏取引は可能なのだ。
「そうですね。ですがわたしたちも今軍事的な事態が大きくて、鉄をあまり出すことが出来ないのですが…」
は苦笑して、肩を竦めて見せる。
最近の軍事情勢を考えれば、他国に対して大幅な援助をすることは、鉄であれば尚更危険だ。直接的に武器の作成に影響す
る。こちらが渡した鉄で武器を作られ、あげくフォンデンブローを攻められてはやってられない。
「ならばもしもの時、こちらが大陸派兵をするような同盟を結べば問題ないだろう。」
アーサーはテーブルに肘をついて、こともなげに言ってみせた。
「フォンデンブロー公国が攻められれば、と言うことですか。ですが…」
確かにイギリスの後ろ盾は有り難い。しかし軍事同盟となれば大抵の場合相手が攻められた場合も助けなければならない。イ
ギリスは多くの戦争を行っている。それに常に荷担することは、小さなフォンデンブローを戦渦に巻き込む可能性を増やすことに
なる。
「あぁ、俺の戦争には荷担しなくても良い。」
の危惧を理解したアーサーは首を振った。
「ギブアンドテイクだ。おまえは俺に鉄を輸出する。俺はお前にもらった鉄で軍備を整え、もしもの時、軍隊を貸し出す。フェアだろ
う?おまえは、飛び地を持て余してるはずだ。飛び地の方は俺が守ってやる。」
お互いにとって悪くはない案だ。はアーサーの翡翠の瞳をじっと見つめる。ぶしつけなの視線に、彼はこともなげに
耐えてみせる。
「…ですが、わたしたちに何かあった時に本当に軍隊を貸し出してくれるのかという保証がありません。」
「だったら、おまえが許すなら一部を駐屯させよう。人数も警戒するならばそちらで決めてかまわない。それで構わな
いだろう?」
アーサーはテーブルの上に肘をついて笑って見せた。
はしばし思案する。確かに軍隊を一定人数駐屯させ、それをこちらの自由で使えるとなれば、問題はなくなるし、イギリス
はフォンデンブローから遠いため、人数を制限すればこちらが攻められることもないだろう。
確かに彼の言うことが本当ならば、達にとって決して悪い条件ではない。むしろ有り難いくらいだ。
「良いでしょう、」
しばらくじっくりとアーサーを観察して、はこくりと頷いた。
「議会の討論と裏工作についてはわたしの方で請け負いましょう。ですが、一つ懸念すべき事項がございます。」
「なんだ?」
「直接刃を交えたわけではないとはいえ、わたしのフォンデンブロー公国はオーストリア継承戦争の折貴方の国と敵同士でした。
その感情が議会でどのように反映されますかわたしにはわかりません。」
「なるほどな。」
アーサーも納得したようだ。テーブルから少し離れて椅子の肘置きを手でなぞる。
「だったら、おまえの旦那のプロイセンはなかなかの反感があるんじゃないのか?」
「それも事実です。だからこそ将軍達も軍事同盟には慎重です。」
プロイセンとの同盟は非常に厳しい問題がある。問題と言っても精神的な問題だ。
議会や軍隊も含めて、プロイセン王国と仲良くすることは国益のために必要であると知っている。だが、それでもオーストリア継
承戦争で後継者を失ったことを、多くの軍人達は決して忘れては居ない。
国益のために必要だとは理解しつつも、どうしても心として受け入れられない部分があるのが事実だ。
が受け入れられないのは、人でも国でもなく、戦争だけだが。
「こちらとしては海外進出のためにも鉄が必要なんだ。はー、お互い大変だな。」
アーサーは軽く首を振ってみせる。最近産業革命で市場拡大を図っているイギリスは同盟をくむに非常によい相手だ。立地的
に問題はあるが、相手としては最高だとでもすぐに解る。
は曖昧にうなずいて微笑んでみせた。
イエス オア ノー