侍女が作った荷物は非常に小さいモノだった。

 元々は物欲もなければ我が儘も言わないし、母親について回っていた経験があるせいか
旅行にもなれており、旅行のための荷物というのは身分の高い人間にしてはあまりに少ない用意
だった。ヘタをすればフォンデンブロー公国の将軍達の荷物の方が多いくらいだ。

 スーツケースが二つ。入っているのは本当に必要最低限のドレスだけ。他はついていく侍女や使
用人達が用意する。馬車での旅路で食事などは一応手には入るが、手に入らない辺境地もあるし
野宿用の野営や食器なども必要だ。荷物は多い。だからこそ主の荷物は少ない方が良いのだ。

 ただ、たいていの場合は主人の荷物が一番大きいのだが。

 ギルベルトは荷造りをする彼女を、ぼんやりと見ていた。





「これで終わりですね。」





 は小さな声でそう言った。彼女は明日フォンデンブロー公国へと戻る。

 モンビジュー宮殿から戻ってきた彼女は荷物をまとめた。フォンデンブロー公爵であるとアプ
ブラウゼン侯爵ルドルフとの会談が始まるからだ。場所は結局フォンデンブロー公国とアプブラウゼ
ン侯爵領の境で、仲介役として名乗りを上げたのはイギリスのカークランド卿・アーサーである。

 大国イギリスの仲介を例えアプブラウゼン侯爵がにどれほど嫌っていたとしても無碍にする
ことはないだろう。常識的に考えればまず無体を働かれるとは考えにくい。


 はギルベルトとの喧嘩の後、やはり落ち着かないのか数日間を王太后ゾフィー・ドロテアの
住まうモンビジュー宮殿で過ごした。どうやらゾフィー・ドロテアはを元々よく知っており、取り巻
きにほしがっていたらしい。

 ほとんどの場合、王妃であるエリーザベト・クリスティーネは国王であるフリードリヒ2世と不仲で王
宮に帰ってこない。そのため男性社会の色が強い宮廷の中にいるのは、国王の母であるゾフィー・
ドロテアと王太子で国王の弟であるアウグスト親王とその妃でエリーザベト・クリスティーネの妹ル
イーゼ・アマーリエ、そしてフォンデンブロー公国の後継者であり、プロイセン王国第一の将軍を夫と
するだ。

 元々エリーザベト王妃とゾフィー・ドロテア王太后は仲が悪い。王太子妃のルイーゼ・アマーリエは
王妃の妹なので王太后側に完全につくことは難しいだろう。だから王太后はを傍に呼び寄せ
たのだろう。





、」






 はカウチに座って荷物をぼんやり見ていたが、ギルベルトに声をかけるとを後ろから
抱きしめる。

 今回、アプブラウゼン侯爵領の近くに軍隊を駐留させる予定はあるが、とともにフォンデンブ
ロー公国に行くことはない。はひとりで会談に上ることになる。

 の体に腕を回すと、柔らかで温かな感触を味わうことが出来る。





、」





 名前を呼んで、首筋に頬を寄せた。この間の喧嘩があるせいか、の反応はぎこちないが、
それでもギルベルトが抱きしめるとそっと腕に手を添える。

 だが、流石に服に手を入れると、はびくりと体を震わせた。






「え、ぎ、」

「良いだろう?」






 熱っぽく耳元で問えば、は目をつぶって小さくこくりと頷いた。

 最初の喧嘩をしたあの日から、ふれあっていない。そしてまたしばらくはふれあうことは出来ない
のだ。

 が自分から応じることは本当に珍しい。お互い寂しさは一緒だ。その気持ちが一緒ならば大
丈夫のはずだと、ギルベルトはイギリスへの汚い感情を押し殺す。

 は結婚してから、本当に良い妻だった。浮気もそれなりに許される社会だ。しかし、
そう言った事をまったくといってしなかったし、貞節であった。






「で、でも、流石に、ここは、」






 ここはカウチの上だ。はギルベルトの体を手で少し押す。






「良いじゃねぇか、別に。」






 ギルベルトはをそのままカウチの上に押し倒し、噛みつくように口づけた。

 柔らかな唇は少し切れていてなにやら血のような味がした。彼女は悩みや悲しみを口にするのが
苦手だ。そのため、ギルベルトがわかってやりたいと思っていても彼女は滅多に口にしない。そうや
って良いことも悪いことも諦めていく。

 親指での唇を押して、口を開かせれば、赤い唇が覗く。喧嘩のせいか、応じ方が酷くぎこち
ない。やはり昨日のことを気にしているのだ。もどかしさに性急にドレスの裾から手を入れると、ユリ
アは体を硬くした。

 タイミングが、いまいちかみ合わない。






、どうした?」






 ドレスの胸元をはだけさせて、唇を離してからギルベルトは問う。






「んっ、だいじょう、ぶ、」






 息を荒くして彼女は首を振るが、体の力が抜けない。彼女にも応じようという気はある。だが、そ
れでも心がうまくついてこない。

 そのことに、ギルベルトは焦燥とともに苛立ちを覚えた。

 柔らかな乳房が見えるほどに胸元を開けば、小さく彼女が悲鳴を上げる。手でぐっと押し上げれば
見た目通り柔らかな感触が手に伝わってくる。胸元はとくとくと早い鼓動を打つ。

 ギルベルトはカウチに座り、を自分の膝の上へとまたがせる。






「ぎ、ぎる?」





 不安そうには紫色の瞳を先ほどの余韻に潤ませながら、ギルベルトを見下ろす。





「こっち、」





 太ももを掴んで促せば、はぐっと唇を噛んでギルベルトの体を跨いだ。は膝立ちのま
ま、戸惑うような表情を見せる。

 ギルベルトが目の前にある胸に口づけて軽く吸うと、赤い痕がうっすらとつく。それに気分を良くし
て順に首筋などに痕をつけていくが、はギルベルトの肩に手を置いて膝立ちになった体勢の
ままギルベルトにされるがまま震えていた。





、」





 宥めるように背中を撫でれば、びくりと反応する。過敏な反応に、の怯えがそのまま伝わっ
た。

 太ももを辿ってそっと触れればますますは体を硬直させて、眉間に皺を作ってきつく目を閉じ
た。軽く親指で秘所を擦ってやるが布地越しに伝わってくる感触はなく、下着の中に手を入れれば
濡れている雰囲気はなかった。





?」





 嫌なのかと思って、ギルベルトは目線を上げる。






「だ、だいじょうぶっ、」







 掠れた声では目をつぶったまま言った。声音は酷く震えている。

 目の前のことから意識をそらすように、はギルベルトの首にぎゅっと腕を回した。ギルベルト
は軽く自分の指を舐めてから、彼女の下着をおろして、直接触れる。湿った入り口はやはりぎゅっと
締まっていて、到底ギルベルトが入りそうではない。

 前の突起を弄りながら入り口を擽れば、は小さな声を上げる。だがその声はいつもの嬌声
ではなく、苦しそうだ。







「んっ、ふっ」







 押し殺すような声音が、ギルベルトの耳あたりを擽ってくる。それだけでギルベルトは酷い欲情を
感じるとともに、変な心の乖離を覚えた。

 半ば無理矢理二本の指を彼女の中に入れて、性急に中を解していく。ぐりぐりと中の一点を押すと
体が跳ね上がって生理現象なのか、少し濡れてくるが、いつもよりも快楽は薄いらしい。なのに、ギ
ルベルトは自分ではよくわからない興奮を覚えていた。






「ぅあっ、だ、だめっ、うぅ、」






 は首をふるっと振って、自分の体重すら支えられない膝が折れて、ギルベルトの膝の上に
座り込む。だが次の瞬間、ギルベルトの勃ち上がった雄の感触に紫色の瞳を丸くした。






ッ、」





 彼女の太股と丸みを帯びた尻に手を当てて、ギルベルトは彼女を少し持ち上げ、自分の雄の上に
持ってくる。が息をのむ気配がした。





「ひっ、」





 の喉がひくりと引きつって、体を硬直させる。ギルベルトの心はやめろと叫ぶ。

 だが、どうにも止まらなかった。

 それはギルベルトが腕の力を抜くだけで良かった。






「いっ、ぁあああ!」






 絹を裂くようなの悲鳴が耳をつく。目を見開いて、それがぎゅっとつぶられれば、紫色の瞳
からこぼれ落ちた涙が頬を伝っていく。

 ほぐれていない中は彼女の体重でギルベルトを無理矢理に飲み込んだ。だが負荷は当然かかっ
てくる。





「ぁ、は、」





 中に入ったまま動きを止めれば、はギルベルトの肩に頭を預けて、ぐったりとしていた。荒い
呼吸が肩に当たる。酷くその吐息は不規則で、彼女の苦しさがわかる。





「・・・、ぎ、」





 ギルベルトの背中に必死に掴まるようにしていた彼女の手が力を失って、重力に従いだらりと落
ちる。

 最後の心が、理性が、ギルベルトにやめろと命じる。この無意味な行為をやめて、彼女の真意を
問えと。でも体は正直にの体を貪る。

 国として彼女の国のすべてを支配したいと願っているのか、それとも個人として彼女を欲している
のか。止めろと告げるこの声はどちらの声なのか。自分に宿るこれは、国としての意識なのか、そ
れとも個人としての意識なのか、どちらがどちらなのか、わからない。


 けれどもう既に、止められないところまで来ていた。




 軽く揺さぶり、長いの亜麻色の髪を掻き上げれば、彼女の表情が痛みにぐしゃりと歪む。

 もう、止められなかった。




  失われゆく熱の在り処 と