夕食は大々的に催しても良かったのだが、フリードリヒの配慮があり、内輪だけのものとなった。
要するにとフリードリヒ、ギルベルトだけだ。
そのフリードリヒの配慮は見事に正しく、は処刑を見た後の夕飯をろくに食べれそうではなかった。父親の処刑と言うだけあって、なおさらである。遠目にしか見えなかったが、食事をできるような気分ではあるまい。
「・・・誰でもそうだ。気にしなくて良い。」
謝罪を口にしたに、フリードリヒはあっさりと返した。予想済みだったのだろう。
戦場にしょっちゅう出て死体を見ているギルベルトやフリードリヒ、アルトシュタイン将軍と違いは普通の女性だ。
にそういったことを望むこと自体が無茶である。
むしろ食べれるギルベルトらの方が異常なのだ。
「最近体調も優れなくて、」
は最近食事もろくにできていなかった。
「疲れがきているのだろう。あまり酷いなら医者をかそう。」
フリードリヒは持病がたくさんあるので、常に内科医を随行させている。
は正直健康すぎて悲しくなるくらいなのでそうそう医者にかかることはなかったが、フリードリヒの医者と言えばおそらく腕も良いだろうから、いい加減怖がっていないで指示を仰ぐべきかもしれない。
「そういやおまえ最近よく果物食うな。」
ギルベルトがちらりとの食卓を見る。
確かに果物が食べやすいのもあって、の食卓は最近果物やら野菜が中心になっている。今も果物をつぶしたジュースだけを飲んでいる。元々酒はワインを少し飲むくらいなのだが、それも最近では遠ざけていた。
「においの強いものもだめになりつつあって、・・・好きなんですけどね。多分大人になって味覚が変化したのかも。」
「それは君の味覚は変化していないだろう。君は相変わらずにおいの強いものも好きなのだろう?」
フリードリヒは不思議そうに尋ねる。もそうか、と頷く。
確かに、の『味覚』が変わったわけではない。はブルーチーズが相変わらず好きだ。でも、そのにおいにえづきそうになるのだ。それなら『嗅覚』が鋭くなったのか。
「軍事行動に参加したら、嗅覚が鋭くなるんですか?」
はさも不思議そうにギルベルトを見るが、そんなはずもない。
「おまえ、俺は犬じゃねぇんだぞ。」
「・・・そうですか。」
「ほぉ、良いたとえじゃないか、ギルベルトがフォンデンブローの番犬なのは間違いない。」
フリードリヒは笑いながらの間の空いた答えを勝手に解釈して賞賛する。
「確かに。」
「おまえも納得するんじゃねぇ。」
もあっさり納得するので、ギルベルトは思わず突っ込みを入れた。
「どちらにしてもヴァッヘンに入れば冬だ。何もできないので、のんびりできるさ。」
プロイセン宮廷がフリードリヒの来訪とともにヴァッヘンにやってくるのでなんだかんだで例年よりも賑やかな冬であることは変わりないだろうが、それでも冬に動けることなどしれている。
「退屈だ・・・」
冬の来訪はギルベルトにとっては不満だった。
軍隊も動かせないし、狩猟もできないから暇だ。せいぜい室内でゲームをして遊ぶ程度しかできず、春が待ち遠しいのが毎年だ。
「まぁ、ヴァッヘンに戻る道すがら狩猟はできると思いますよ。」
は柔らかに笑う。
フォンデンブロー公国はプロイセンより南にあるので冬が来るのが少しだが遅い。まだ雪は降らないだろう。
ギルベルトはプロイセン側からベンラス宮殿の国境近くまで入ったので知らなかったが、フォンデンブロー公国の首都ヴァッヘンまでに及ぶ道には森も多く、良い狩猟場なのだという。熊も出ると言うから、腕が鳴ると言うものだ。
「あとギルベルトに相談なのですが、フォン・シェンク家のご子息もともにくるそうです。」
「クラウスか?」
「あら、ご存じですか?」
ギルベルトが坑道に入る際に案内役になった少年だ。地元貴族の嫡男で、貴族であるという権限と好奇心旺盛な性格があいまって、彼は坑道を遊び場として使用していたらしい。だから細かい道にまで精通していて、ギルベルトはかなり助けられた。
「あぁ、あいつには俺も助けられた。」
「あら、でしたら二人そろってですね。ご当主のアルフレートにはお世話になりましたので、何か願いはないかと尋ねたのです。もともとご子息をベルリンの幼年士官学校に出すおつもりだったのですが、その時に口添えをと。」
の話から、アルフレートの無欲さがよくわかる。
今フォンデンブロー公国はプロイセン王国と友好関係にあり、幼年士官学校も貴族の子息でフォンデンブロー公国の出身とあれば、問題もなく入れるだろう。勉強がどうかは知らないがクラウス自身も非常に闊達で、賢い。
成績評価に君主からの評価は入らず点数であるので、の口添えなど本来必要ない。
「だから、彼をお預かりすることにしようと思うのです」
そんな別段役に立たぬ口添えなどと言うのは、意味がないが、が預かれば彼はベルリンの上流階級に顔を出す機会がある。それは同時に出世の機会があると言うことになる。
貴族と言ってもアガートラームのような辺境地の貴族は、己の領地でたたずむしかない。だがについて行けばベルリンや世界の動きを見ることができるし、またフォンデンブロー公国の中央で働くチャンスも生まれる。
「よろしい、ですか?」
とはいえ、ベルリンの屋敷を持つのはギルベルトだ。そして基本的に夫婦共通の決定に関してはギルベルトをたてるのが常だった。
「いいぜ。あのちびっ子はおもしろいしな。」
ギルベルトはのお願いに迷いなく頷いた。
ギルベルトも彼には恩がある。それにまだ7歳の彼が見も知らぬ親族のところで一人いるのは寂しいだろう。ギルベルトは子供が好きだ。いろいろな意味でかわいがってやろうと思う。
要するに彼はについてヴァッヘンに入ってから、が春にベルリンに戻ると同時にベルリンに随行し、ベルリン士官学校に入るのだ。
「そんなにおもしろい子なのか?」
フリードリヒがあごに手を当てて首を傾げる。
「ひょこひょこ飛び回るようなやつだぜ。ついでに坑道の中もめちゃくちゃ狭い道から広い道まで、全部覚えてやがった。賢いぞ。」
「ほぉ、そりゃ良いな。」
軍人としては賢さもいる。特にこれからの時代を生き抜くとなればなおさらだろう。
「優秀な軍人が育つのは良いことです。」
もほほえんで、フリードリヒに答える。こういう瞬間が、ギルベルトは世界で一番好きだった。
まるで小さな家族のようだからだ。
本当ならギルベルトの方が長く生きているし、フリードリヒやよりも遙かに年上だが、それでも二人といると、まるで自分も家族がもてているような気がする。たわいもない会話を、できる家族を。
「きっと、しばらくしたら、人も必要になるさ。」
ギルベルトは目を細めて、の手を握る。は目を丸くして、それから紫色の瞳を嬉しそうに同じように細めた。
「おや、ここ1年半の間に祝い事があるなら、先に用意をしておこうか。」
フリードリヒもくすくすと笑う。
「そうだぜ。これからだから、すっげぇ期待してるぜ。俺。」
「生憎おまえへのプレゼントではないからな。」
「なんだよ。俺には何もなしか?」
「やろうか、産着」
「ふふ、産着・・・、ギルが、」
「、黙ってろよ。」
が会話にこらえきれなくなったのか、吹き出す。それに反論しながら、ギルベルトも笑った。
幸福である