フリードリヒからの命令を受けた将校にが体調を崩したため先にシューネンホイザー離宮に戻ると連絡を受けたが、ギルベルトはしばらく狩猟を続けた。本当は心配ですぐにのところに戻りたかったが、狩猟に参加している将校や軍人たちを心配させないようにと言う配慮があった。

 そのためギルベルトがシューネンホイザー離宮に戻ったのは昼過ぎだった。





は?」




 詳しい報告を受けていなかったためギルベルトはシューネンホイザー離宮に入ると軍人たちへの挨拶もそこそこに、近くにいた将校に尋ねた。





「お部屋の方でお休みです。」





 将校はすぐにそういって、が休んでいるという部屋にギルベルトを案内した。部屋に入ると暖炉があり、一番暖かそうな部屋でがベッドに座って休んでいる。背中にはつらくないようにとクッションがたくさん挟んであり、カウチにフリードリヒが、ソファーにアーサーが、そしてに一番近い椅子にフリードリヒの医師が座っていた。





「風邪か?」





 この時期に暖炉と言うにはまだ少し早い。風邪でも得たのかとギルベルトはのベッドのところまで急いで言って、彼女の額に手をあてたが、それほど熱いとは感じられなかった。

 頬に手を添えてみても、相変わらず柔らかで別に体調が悪そうではない。顔色もそれほど悪くはなかった。

 けれどは酷く戸惑うような顔をしていて、ギルベルトの表情を伺っている。

 ギルベルトが後ろを振り返ると、フリードリヒは苦笑しており、アーサーの方はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべていて、何やら気分が悪かった。




「なんだよ。」




 視線にむっとして尋ねる。するとフリードリヒが首を振った。




「カークランド卿に感謝しておけ。嬢が落馬しなかったのは彼のおかげだ。」




 どうやらは馬上で倒れたらしい。よく落馬しなかったものだが、やはりそれはフリードリヒの言うとおりアーサーのおかげなのだろう。一人なら確実に落馬している。それでなくともの乗馬技術は林の中で全力疾走したら間違いなく落馬しそうな程度なのだから。




「そりゃ世話になったな。ってかおまえ、乗馬できたのかよ。」





 人を助けるとなると結構な乗馬技術がいる。特に馬上の人間となると、自分の馬を寄せながら相手の馬も御さなければならない。戦場において馬上の将校が負傷し、助けた経験のあるギルベルトは、その苦労をよく知っていた。

 だが、戦場以外でそういった事態に陥ることはそうそうないのでが助かったのは嬉しいが、彼がそんな技術を持っていたというのは意外だ。彼は海戦以外役立たずだと思っていた。




「なっ、失礼な。俺は結構乗馬はうまいんだぞ!」




 少し涙目になりながらアーサーが反論してくる。




「彼のおかげで一応助かったんだ。完全に意識を失っていたのだから。」

「なんで、言わなかったんだよ。」





 フリードリヒにギルベルトは頬をふくらませる。

 落馬しなかったとはいえ、馬上で意識を失ったとなれば大事だ。もちろん狩猟を主催している手前もあるが、それでも知らせないのは酷い。妃の大事なのだから、彼女を優先しても彼らとて当然だと思うだろう。




「まぁ、確証がなかったからな。だが、どちらにしろ皆に知らすことになるだろう。」




 フリードリヒは腕を組んだまま、柔らかにほほえんでを見た。は医師とフリードリヒの顔を見比べる。




「えっと・・・」

「なんだよ。」




 ギルベルトはのベッドの上に腰を下ろした。なかなか言葉を発さないにギルベルトの方が業を煮やして顎で示して、口を開くように促す。




「・・・はい・・、その、子供、が、」

「クラウスか?」




 子供と言われて思い出したのはフォン・シェンクのお坊ちゃんであるクラウスだ。アガートラームからついてきているが、問題でも起こしたのかと首を傾げる。するとは首を振った。




「ち、違います、子供が、できたらしいんです。」

「・・・は?」





 ギルベルトは思わず誰に?と問いそうになったが、そのまま口を開いてしまった。



「こ、ども・・・?」




 信じられない思いで問い返すと、は小さくこくんと頷いた。彼女の瞳が怯えるようにギルベルトの反応を伺っている。




「子供、」





 言葉を反芻する。酷く現実味がない。ただ、ふつふつとわき上がる感情がある。彼女を見やる。彼女のお腹の中に子供がいると言われても、よくわからない。だが、それが真実だというのならば。




「すっげぇおまえ!」




 ギルベルトは思い切りに抱きつく。




「ギルベルト!」




 フリードリヒがあまりのギルベルトの勢いに慌てた声を上げたが、そんなのほとんど聞こえない。





「おまえ、すげぇよ!」




 くしゃりとの頭を撫でて、腕の中に抱き込み、の額に口づける。なんと言い表したらよいのかはわからない。ふつふつとわき上がるこの喜びをどうやって彼女に伝えたら良いのだろうか。





「本当に?本当にいるのか?」





 ギルベルトはに幾度も尋ねる。彼女のお腹はまだ膨らんでいないのでわからないが、本当なのだろうか。興奮もそのままに言うと、医師が笑った。




「すでにもう妊娠3ヶ月程度のようですから、つわりもなくなるでしょう。」

「つわり?」





 言葉ぐらいはギルベルトも知っている。だが、吐いたりの印象が強かった。確かにも気分が良くないと言っていたことはあったが、そんなに吐き気が酷いなどとは聞いたことがなかった。




「彼女はつわりが軽いようですね。ただにおいが強いものがだめになったりというのは、おそらく、つわりの一部でしょう。」

「へぇ、俺なんにもしらねぇ。」





 を抱きしめたまま、ギルベルトは医師の言葉に耳を傾ける。

 長く生きてきて、赤子を抱いたりしたことはあるが、妊婦とそんなに頻繁にふれあうことなどないし、何も知らない。少し触れさせてもらったことなどはあるが、それも少しで、怖くてすぐ手を引っ込めたのを覚えている。だが、自分の子供となれば話は別だ。




「4月くらいが出産予定となりますので、気をつけてください。冬なので、寒さや風邪にも。」




 医師はフォンデンブロー公国の暖かい気候は知っていたが、それでも気をつけるべきだと注意する。冬の間は特別何もすることはないが、寒さが厳しい。このあたりで冬を越すわけにはいかないのでフォンデンブロー公国の首都ヴァッヘンに戻らねばならないが、その道すがらも気をつけねばならない。

 ベルリンでは11月のはじめに雪が降るが、フォンデンブローは暖かく、12月のはじめまで雪が降らない。まだ10月の終わりなので、少し行程をゆるめても十分に雪の前にヴァッヘンに戻れるだろう。




「皆に迷惑をかけてしまいますね、」



 が僅かに表情を曇らせる。

 旅路の主催者はだが、これでは彼女が主催者としての役目を果たすのは難しいし彼女は必ず馬車になるのでゆっくりとした旅路を余儀なくされるだろう。だが、それくらい小さなことだ。




「そんなことはともかく、自分の体を大事にしないとな。」




 アーサーは緑色の瞳を細めてに言う。




「その通りだ。気にしなくて良い、皆知らせを聞けば喜ぶだろう。」




 フリードリヒは安心させるようにに笑いかける。

 フォンデンブロー公国の将軍たちは皆、後継者がいないことをそれなりに心配している。そしてプロイセン王国側にとってもプロイセンの将軍とフォンデンブロー女公の子供とあれば、友好関係はより明確なものになり歓迎すべきものだ。だからその朗報があれば、皆不平などこぼさないだろう。

 皆に歓迎されているという実感とともに、ギルベルトはを強く抱きしめた。







  生きるとは なんと 甘美で美しい