の妊娠が発覚するとフリードリヒはすぐに首都のヴァッヘンへと向かう行程をゆるめ、馬車の手配などを行った。といってもゆるめてもヴァッヘンまでの道のりは1週間ほどだ。別に問題はなかった。

 すでに3ヶ月を過ぎて安定期に入っているため流産の危険性も少ない。

 そのための朗報は早馬で首都のヴァッヘンへと届けられたと同時に、旅路に随行しているプロイセン、フォンデンブロー両国の将軍や将校にも伝えられた。

 は自分の体調で行程を緩めてしまったことを気にかけていたが、妊娠はかなり友好的に受け止められたようだ。




「大丈夫です。これでプロイセンとフォンデンブローは兄弟のようなものだと、皆話しておりました。」




 アルトシュタイン将軍はに祝いの言葉を述べるとともに、皆の様子をそう報告した。

 オーストリア継承戦争の折りは敵同士で微妙な関係だったが、がプロイセンの将軍と結婚したことで大きく改善されたし、また子供ができればプロイセン将軍の息子が、フォンデンブロー公となり、公国を治めることとなる。両国が将来的にはもっと近くなり、繁栄するであろうことを暗示しているようで、旅路に同行する両国の将軍たちも快く妊娠を受け入れた。




「ひとまず、ゆるりとお休みください。安定が大切な時期ですから、」




 アルトシュタイン将軍はそういって、報告も短く切り上げて部屋を出て行った。

 妊娠がわかって安静にしなければいけないに変わって旅路を取り仕切るのは基本的にアルトシュタイン将軍と言うことになった。フリードリヒが代表者ではあるが、他国であればわからないことも多い。

 アルトシュタイン将軍は本当に長く軍の地位にあるし、国についても驚くほどよく知っている。任せっぱなしは申し訳ないが、妊娠がわかった限りは仕方がない。

 彼にはいろいろ感謝していた。

 はベッドに座ったままの体勢だったが、ギルベルトがの背中とクッションの間に滑り込むようにしての背を支える。そして後ろからを優しく抱きしめた。




「・・・夢みてぇ。」




 ギルベルトはのお腹あたりに手を回して抱きしめ、の肩に額をすり寄せる。




「・・・嬉しい、ですか?」

「決まってる。」

「良かった。」




 は安心してギルベルトの腕に身を委ねる。

 これから子供を作ろうと言ったところだったので、妊娠は喜びの中に少し予想外の戸惑いを含んでいた。もちろんギルベルトの愛情を疑っているわけではないけれど、心の底で受け入れられるのだろうかと、自身も心配していた。だが、ギルベルトの喜びようは、自身の不安も払拭するものだった。




「4月か、待ち遠しいな。」




 ギルベルトはのお腹を撫でる。だが当然まだぴんとこない。お腹も膨らんではいない。

 一週間ほどで首都のヴァッヘンに戻れるし、冬がやってくるので結局おとなしくしていることになるだろう。ギルベルトは冬が退屈で面白くないと歩き回る傾向にあるが、今年は楽しみがありそうだ。




「それにしても、ほんとに、丈夫な子だな。あんだけは動き回ってたのに、」




 ギルベルトは感心したようにのお腹をぽんぽんと叩く。




「確かに、そうですね。」





 妊娠初期に当たるここ数ヶ月、はアプブラウゼン侯爵との会談や戦争などでばたばたしていた。気づかなかったのもあるが、よくあれだけ心労やストレスなどがありながら流産しなかったものだ。妊娠初期は乗馬でも気をつけろと言われるのに、は必要性に駆られて馬にも乗っていた。それでも子供は腹の中にしがみついていたというのだから、強い。




「流石ギルベルトの子供ですね。」

「どういう意味だよ。」




 ギルベルトはに反論するように、の肩に頭をぐりぐりと押しつけた。はくすくすとくすぐったさに笑う。

 窓の外はもう夕刻に近づきつつあるのか、赤い夕日がカーテンから透けて見えた。





「そういえば、アーサーのやつを中心にまた狩猟に出たらしいぞ。」





 ギルベルトは流石に妊娠が発覚したばかりの妃を放り出して狩猟という気にはなれなかったのでいかなかったが、アーサーを中心にプロイセン、フォンデンブロー両国の将校や将軍も参加して狩猟を行ったらしい。うまくいっていれば今日の夕食に肉が並ぶだろう。

 明日このシューネンホイザー離宮からの体調に変化がなければ出発することになっている。旅路でも狩猟はできる場所がたくさんあるが、このあたりは狩猟の対象となる動物の種類が多い。狩猟好きとしてはよい狩り場だ。




「鴨、とってきてくれると良いですね。」





 は鴨が好きなのでそう呟くと、ギルベルトが笑った。




「おまえ、鳥打ちは楽だぞ。」




 この時期湖にはたくさんの鴨が集まる。打ち落とすのは簡単だ。鹿やウサギを追うよりも容易に狩ることができる。




「とってこれなかったら、明日俺がとってきてやるよ。」




 ギルベルトはのお腹を大きな手で撫でる。彼の手はとても温かい。不安がとけていくようだ。

 初めての子供と言うこともあり、やはり人並みに不安はある。だが、ギルベルトがこうしてそばにいてくれるならば、きっと大丈夫だ。そういう意味では妊娠が判明したのが今で良かったのかもしれない。冬であればギルベルトが行軍に参加することもない。




「安静にしろよ。自分の体を一番に考えろ。」




 ギルベルトは心配そうな顔で言う。




「大丈夫ですよ。わたしは体強いんですから。」

「でももしかしてってことがあるだろ?それに医者が妊娠はストレスたまるって言ってた。」




 どうやら医者に注意を聞いたらしい。

 ギルベルトにとっても当然初めての子供になるから、医者としても夫として注意するべきところを彼に告げたのだろう。にも確か似たようなことを言っていた気がする。ただ、ストレスはためずに周りに当たっておけと言われた。多分逆にギルベルトは妃の多少の八つ当たりは我慢しろと言われたかもしれない。




「じゃあ、怒りっぽくなるんですかね、わたし、気をつけないと。」




 は小首を傾げる。怒るのが苦手だと言われるだ。フォンデンブロー女公として国を統治している限りは気をつけねばならないかもしれない。






「妊娠中くらい別に多少怒りっぽくなったって気にしねぇよ。ちゃんと気分が悪かったら言えよ。」

「わがまま言うかもしれませんよ。」

「そんなの気にしねぇ。たまにはわがまま言えよ。」





 ギルベルトは笑っての髪を手で梳く。




「ヴァッヘンでは今年の収穫高が良かったこともあって、かなりお祝いムードで、献上品もたくさん届いているらしいです。」





 今年も後数ヶ月で終わる。前のフォンデンブロー公の死とアプブラウゼン侯爵軍の侵攻から始まった新しいフォンデンブロー公の治世一年前は、ひとまずアプブラウゼン侯爵軍への全面勝利とイギリスとの防衛協定、プロイセンとの友好関係に帰結した。

 公国軍が勝利した上に、春先に雪は降ったが今年も豊作で、唯一の心配事であった次の後継者の問題までの妊娠で片付くかもしれないとなれば、国民の喜びはなおさらだ。翌年の春に出産予定とあれば、さい先の良い来年が迎えられると皆思うだろう。





「子供の出産がイースター前になると思うので、きっと来年は華やかな年になるでしょう。」





 イースターは移動祭日で、来年は3月の末にある。子供が生まれるのはその前後になるだろうから、春とともに祝い事が続くという形だ。





「本当に、いろいろあったもんな。」





 ギルベルトはの頬に口づけて、の肩を撫でる。もこくりと頷いてギルベルトに応えた。

 子供が生まれるとわかってそちらにばかり目が向いたのは良いことかもしれない。父の処刑はやはりにとって衝撃だったし、大きな悲しみでもあった。だが、その悲しみを引きずる気持ちは、子供の妊娠でおおかた払拭された。

 もちろん悲しみがないわけではない。だが、はお腹の子供のためにも、自分の体を大切にしなければならない。





「わたしは、大丈夫。」




 父のようにはならない。母のようにもならない。

 だってこんなに愛されてる。

 ギルベルトの腕に抱かれながら、は心からこの幸せを信じていた。

  子宮の中で