春が来ると、予定より少し早くは子供を出産した。
初産であるため陣痛から出産には時間がかかり、も苦しそうな顔をするので出産に立ち会ったギルベルトはいつ生まれるのか、は大丈夫なのかとあたふたして、産婆に「しっかりせぇ!」と怒られる始末だった。
フリードリヒはあきれていたが、彼も顔が引きつっていたのをギルベルトは見逃さなかった。部屋の前ではアルトシュタイン元帥やシュベーアト将軍をはじめとする将軍たち、宮殿の前では市民たちが見守る中、生まれた赤子は皆が待ち望んだ待望の男の子。
ギルベルトがやったことと言えば痛がる彼女の手を握り、腹を撫でていただけだった。今までにないほど強く握られていた手は、彼女の苦しみそのものの気がして、早く終わってくれと願うばかりだった。
焦っていたし、いつもなら不快に思うはずの血のにおいも気にならないほど興奮していたが、正直感動はひとしおで、生まれた赤子を渡された時は感激のあまり泣きそうだった。
ところが、が疲れからか出産直後に気を失って一悶着あったため、ギルベルトはろくすっぽ赤子の抱き方などわからないのに産湯につけられただけの泣き叫ぶ赤子を抱いたまま、途方に暮れることになった。違う意味で泣きそうだった。
「ほら、こうして、首をこっちに乗せるようにするんです。」
「なるほどな。」
が意識を取り戻し、窓をあけて空気を入れ換えた後、やっとギルベルトは産婆に子供の抱き方を教えてもらった。首を座っていないから首を腕に乗せるように、と説明された。
赤子というだけあって顔もくしゃくしゃ真っ赤だが、銀色のほわほわした髪がかわいい。
「なんだ、ギル似か。」
フリードリヒがギルベルトの隣から赤子の顔を見つめる。
「・・・、なんか、そんな気もせんでもねぇな。」
くしゃくしゃでいまいちわからないが、言われてみるとそんな気もする。でもしない気もする。正直、よくわからなかったが、この子がの腹から生まれてくるところを見ているため、真っ赤な顔も酷くかわいくてとても価値がある気がした。
「抱くか?」
「あぁ、抱かせてもらおう。」
フリードリヒが言うので、ギルベルトは彼に赤子を渡す。彼は姪や甥がいるので抱き方もよく心得ており、少なくともギルベルトよりは危うげなく赤子を抱いた。
アルトシュタイン元帥やシュベーアト将軍、果てはアーサーまで興味津々でフリードリヒの抱く赤子を見に行く中、ギルベルトはのベッドへと歩み寄った。
「大丈夫か・・・、」
はぐったりとベッドで目を閉じていた。声に反応して、うっすらと目を開く。ギルベルトはベッドに座っての亜麻色の髪を優しく撫でてやった。
恥じらいからか、は出産時のギルベルトの立ち会いを最初望んでいなかった。ところが陣痛がくると痛みに怖くなったのだろう。彼女の母親はすでになくなっているため、立ち会う近しい親族もいない。急に心許なくなったのか、ギルベルトの手を離さなかった。
痛みに怯える彼女はギルベルトから見ても可哀想で、ずっと泣いていた。
「・・・う、うん。」
声は正直力ない。疲れたのもあるのだろう。
「・・・赤ちゃん、元気で、すか?」
相変わらずぼんやりとした紫色の瞳で、は尋ねる。
「あぁ、すっげぇ元気だ。」
産み月が少し早いのだが、それでも赤子は元気で、体重も普通の子供と変わらないという。産婆も健康そうだと言っていた。
むしろの方が回復に時間がかかりそうだと産婆は心配していた。
「よく頑張ったな。」
ギルベルトは結局の手を握って突っ立っていただけで何の役にも立たなかったが、彼女は大役を果たしたのだ。大きな、役目である。
「子供も元気だぜ。よく泣きやがる。」
安心させるように言うと、赤子を抱えたフリードリヒがわざわざこちらに来て、赤子をの見える位置に下げる。はぼんやりした紫色の瞳で赤子を写すと、そっと手を伸ばした。
小さな手を、ふにふにと触る。するとの指をきゅっと握った。
「わたし、と、ギルの、赤ちゃん?」
「そうだぜ。」
迷いなく答える。間違いなく、ギルベルトとの子供だ。夢のようだとギルベルトは思う。まさか国である自分が、子供を作れる日が来るなんて夢にも思わなかった。
「かわいい、」
疲れているせいか、は本当に淡く、小さな声でそう言った。
「よかっ・・・」
疲れて眠たかったのだろう。はそのまま瞼を落とした。ギルベルトは彼女が寒くないようにそっと毛皮を彼女の上に掛けてやる。
出産に立ち会って、心配と緊張で体が硬直したような気がするギルベルトだが、彼女はもっと怖かっただろうし、痛みも酷かったようだ。噂には聞いていたが、男なんて無力なものだなと思う。
「お疲れ、」
大役を果たした妃を小さな声で労る。
しばらく眠りから覚めないかもしれないが、それも仕方がないだろう。初めての出産でなれないことだらけだ。ギルベルトもわからないことが多かったから、彼女を慮れない部分も多かっただろう。
の様子を確認してからギルベルトが自らの息子を振り返ると、フリードリヒの腕に抱かれて大人の中心にいてなんだか、人気ものになっていた。
「ギル、名前どうするんだ?このプティ・ギル」
「・・・どうするって、言われても。」
何も考えていなかった。というか、出産の立ち会いにあまりに緊張し、大変だったおかげで、今まで考えていた名前なんて完璧に吹っ飛んでいる。
「あー、えー、ど、どうするか・・・」
はすでに眠ってしまっている。聞きたくても眠っているし、自分では何も思いつかない。もう無事に生まれてきてくれただけで満足だというのが正直な心持ちだった。
「の子供だから、ユリウス、とかか?」
彼女の名前の男性形だ。英語のジュリアスに相当し、良い名前だとは言えるが、正直単純すぎる。ファーストネームとしては可哀想だろうと自分で言いながら思った。
「それは酷いだろう。」
フリードリヒもあっさりと却下する。
「だったらフリッツの名前くれよ。も絶対反対しないだろうし、」
ギルベルトは少し口をとがらせてから、彼にそう提案した。
「フリードリヒ・ユリウスか?」
フリードリヒは名前を口にして、ふむと顎に手を当てる。
「悪くはない響きだな。」
「じゃ決定だな。おまえはフリッツ・ユーリだぞ。」
愛称で子供に声をかけると、わからないのか赤子はむにゃむにゃと訳のわからない言葉を発した。
「気に入ったらしいぞ。」
「今のは返事じゃないだろ。」
勝手に都合良く解釈すれば、フリードリヒから抗議の声が上がった。
「そんな単純でよいのか?」
「俺、複雑なの嫌いだぜ。」
ギルベルトは息子をフリードリヒから抱き取り、頬をふにっと押す。くすぐったいのか少し体を捩って、ふにゃっと変な声を上げると、えっ、えっ、と変な息をした。
「え、」
ギルが初めてのことに戸惑いの声を上げた瞬間、大声で泣き出した。
「おまえが嫌いだと、」
フリードリヒが笑ってギルベルトから赤子をもらい、軽く揺らすと子供は泣き止んだ。
「・・・ぶー、なんだよ。父親は俺だぜ。」
頬を膨らませて息子に抗議してみるが、まだまだ言葉がわかる年でもあるまい。
「これからなれてきますよ。」
アルトシュタイン元帥は慰めるように笑った。
軍事一辺倒できたギルベルトは、子供が初めてだ。対してフリードリヒは姪や甥がたくさんいるので、子供がいなくても抱き方やあやし方は知っている。この差はどうやらかなり大きいようだった。
ギルベルトは不満だったが、それでも子供を見れば勝手に口の端がゆるんだ。
その小さな子供に未来を託したくなったのだ