「トム・リドル?」
聞き覚えはあるが、知らない名前によくわからず首を傾げる。
すると友人のセシリアは呆れた顔をして、こちらをまじまじと見つめた。
見つめられても困る。この顔に良い所なんて何もないのに。そう思ってはでっかくて子供っぽいと言われる目をぱちぱちと瞬いた。
肌は白くて顔立ちは可愛いとセシリアは言ってくれるが、顔は小さくてやっぱり子供っぽい。
真っ黒の髪の毛は波打ち、収まりが悪くていつもそのままにしていし、短くすると酷く爆発するから長くしているけれど、重いし子供っぽい。
背もすごく小さいから、魔法学校では誰も3年生だと見てくれず、この間方向音痴がたたって校舎内で迷子になっていると一年生と間違えられて監督生に声をかけられた。
それに比べて目の前にいるセシリアは本当に美人だ。
金髪はまっすぐで、すっと横に伸びる瞳は緑色で大きすぎず、其れでいて小さくもない、顔立ちは整っていて、背も高く、すらりとしたスタイルは男女ともに人気がある。
彼女に見つめられると女の自分でもいたたまれなくて、恥ずかしい。
けれど、それを誤魔化すために、・ダーレインはむぅっと頬を膨らませる。
ますます子供っぽく見えることはわかっていたけれど、あからさまに呆れられて不機嫌にならざる得なかった。
「あんた、まさか知らないとはね。一学上の成績トップでしょ?確か4年でスリザリンの。」
「スリザリン?」
「そうそう。あたしらはあんまし見ないけどね。」
残念ながらスリザリンと、自分たちのいる寮グリフィンドールは犬猿の仲。
純血主義のスリザリンと折り合いが悪いのだ。
学年が同じならば合同授業などもあるが、学年が違えば、同じ寮生でもなければ見る機会などほとんど無い。
メモリーの少ない記憶を何とかたどれば、一学年上にファンクラブができるほど人気のあるトム・リドルの話は、聞いたことがある気もする。
確かホグワーツ始まって以来の秀才とあのダンブルドアに言われた、素晴らしい才能の持ち主。
まぁ、凡人の自分たちにとっては到底関係のない人の話だ。
「すごいんだねぇ。」
「いや、あんた。もう少し興味持ちなさいよ。今日から3年と4年の合同授業なんだから。」
「ごーどーじゅぎょー?」
「イヤ、先生の話を聞けよ。」
セシリアは冷たくつっこんで、いい?と腰に手を当てる。
「今年は三年と四年が、二人で組んでいろいろな実習をするらしいのよ。」
「どこで?」
「が真面目に授業の話、聞いてませんってプロフェッサー・マクシミリアンに言いつけるわよ。」
「うぅ、」
思わず怖い先生の名前が出てきては青い瞳を潤ませる。
プロフェッサー・マクシミリアンは現在のグリフィンドールの寮監で、魔法史の先生だ。
本名はマクシミリアン・ヨーゼフ・オイゲニー。
漆黒の髪に赤い瞳の背の高い男で、生徒に対するふざけ半分気さくな態度も相まって人気が高い。
変人輩出率があまりにも高くて有名な純血の名門オイゲニー家の当主でもあるが、偉ぶったところはなく、誰にも公平に接する。
だが、当然教師という役職にあるだけあって、厳しい。
方向音痴で未だに校内で迷子になる程鈍くさいは遅刻しては彼に減点されてばかりいた。
本気で泣きそうな彼女に、セシリアはため息をついて少し語気をゆるめた。
「禁じられた森に入るんだって、」
語気をゆるめたが、その言葉がに与えた衝撃は大きすぎた。
禁じられた森と言えば、入れば無事で出てこられないと言われる、学生の間では恐怖の場所だ。
誰かが罰則で連れて行かれたが、放心状態で帰ってきたというし、怪談のような話は寮内に幾らでも転がっていた。
演習の一環であれば安全対策も立てられているだろうが、それでも怖いものは怖い。
「やだぁ、怖い。怖い。むりだよぉ。」
「だから、四年生と一緒なんでしょ?それにそれだけじゃなくて、関わりのない寮同士の友好のため・・・とか。」
本気で青色の瞳を潤ませたに、セシリアが慌てる。
だが、はそもそも暗い場所が大嫌いで、日の届かない森の中など、彼女がいられる場所ではなかった。
そして恐ろしいほどの方向音痴である。
泣いて気絶して帰ってこられなくなるのがおちだ。まぁ、気絶しなくても、迷子になって帰ってくることが出来ないだろうが。
「四年生と一緒だから大丈夫よ。今日から決まった人から四年生が三年生を迎えに来てくれるらしいよ。」
大丈夫だからと何度も言い聞かせて、セシリアは教室のドア指さす。
見るとクラスメイトのミス・コートニーがハッフルパフ寮の四年生に連れられていくところだった。
教室内に入ってきたマクシミリアン先生が、連れて行かれる生徒達に安心させるため一人一人声をかけている。
彼は生徒に細やかな配慮の出来る教師だ。
孤児であるにも、よく声をかけてくれた。
三年生のはじめにいろいろあって編入というかたちをとったに一番に声をかけてくれたのもマクシミリアンだ。
日頃は生徒がどんな人物、どこの寮生であっても減点する恐ろしい教授であるが。
「強い人が良いなぁ。」
浅はかな望みを口にしてみる。
にとって、相手の四年生が強いことが最後の望みである。
「でもスリザリンの人はイヤ。だって純血主義なんだもん。」
「いいじゃない。あんた、純血でしょ。」
セシリアはクスクスと笑っての頭を撫でる。
「本当かどうか、わらかないじゃない。」
はセシリアに少しふてくされて反論する。
は純血だ、と言われている。
赤ん坊の頃に事情があってマグルの孤児院で過ごし、その後マグルの資産家の未亡人であるダーレイン夫人の養女となったからだ。
だから正直はその特殊な能力から純血だと言われているが、その証拠はどこにもなかった。
「んー、いやだなぁ、迷惑かけたらどうしよう。」
うじうじとは俯いて言う。
「ま、なんとでもなるでしょ。」
それに対して、セシリアは冷静そのもので、どっしり構えている。
彼女は三年生の成績トップだ。
彼女一人で禁じられた森に入っても十分帰ってこられそうな勢いで、魔法も非常にうまく、期待されている。相手に迷惑をかけることもないだろう。
「大丈夫、大丈夫。」
セシリアはおおらかに笑ってを慰める。
其れが彼女の良いところであり、とは全く違うところだった。ちなみにの成績は学年でも後ろから数えた方が遙かに早い。
「ミス・ダーレイン!」
突然マクシミリアンが大声でを呼ぶ。
立ち上がる際にセシリアがの背中を励ますように叩く。
ひくりと口の端を引きつらせて、はおずおずといすから立ち上がり、マクシミリアンの方へと進み出た。
「は・・い・・・・・、」
日頃先生に呼び出されるときは怒られてばかりなので、思わず萎縮してしまう。
が歯切れの悪い返事をすると、マクシミリアンが何故かを促すようにして背中を押し、前へだした。
前の廊下には背の高い少年がいる。
精悍な顔つきで赤い光の宿る漆黒の目は綺麗で、すばらしくハンサムだ。
とても魅力的だと言えるだろうが、背が低くて下から彼を見たには瞳に宿った赤が酷く怖く思えた。
「この子が・ダーレインだ。」
マクシミリアンが口早に簡単に説明しながら、ぽんとの頭に手を置く。
よくわからないが、頭を下げろと言うことだと思ったは先生に促されるように頭を下げた。
「ミス・ダーレインは極度の方向音痴で、未だによく教室の位置を把握できていない。できれば演習の時は目を離さないでやってくれ。」
小声でマクシミリアンが彼に話すのを聞きながら、は俯く。
そんなこと他人に言わなくても困らないじゃないか。
少し不満に思ったが、彼の次の言葉には呆然とした。
「ミス・ダーレイン、彼はトム・リドル。おまえのパートナーだ。」
「はい?」
「彼は四年生でもとびきり優秀な生徒だ。幸運だったな。」
そう言われて、あらためて彼の顔を見上げる。
トム・リドルとは、さっきセシリアとの会話に出てきた有名な四年生の名前だ。
戸惑うより先に反応したのはクラスメイト達でざわついたり、歓声を上げたりする。
未だ話にうまくついて行けていないは、首を傾げてしまった。
「え?ミスター・リドルは、四年生の凄い人だってセシリアに聞きました。」
「そうだ。」
「わたし、・・・・?」
「明らかに意味がわかってねぇな?」
マクシミリアンは呆れたように苦笑する。
「三,四年の合同授業で、禁じられた森に入ったり、合同でいろいろして、まぁ二人組で入って試験を受けることについては聞いてんな?」
「はい。」
「おまえのパートナーが、この学年主席で優秀なミスター・リドルと言うことだ。」
丁寧な説明に、やっとは理解が追いつく。青色の瞳をまん丸にして、自分の寮監を凝視した。
「わたしが、ですか?」
「他に誰もいないだろ?」
にっと笑ってマクシミリアンはに頷く。
はマクシミリアンとトム・リドルの顔を見比べて、ふるふると首を振った。
「だ、だって、ど、どうするんですか!学年主席って!!成績が悪くなっちゃうかもしれないから、パートナーを変えてくださいよ!!」
は慌ててマクシミリアンに詰め寄った。自分の欠点は痛いほど自分の欠点を理解していた。
暗く広い禁じられた森の中では、暗所恐怖症、方向音痴のの苦手な部分が余すことなく含まれてしまう。
首席の彼を引きずりおろすことになりかねない。
そう考えれば、先にあまり成績を気にせず、どうでも良いと思っている中間くらいの人間にパートナーになって貰っておいた方が無難だ。
彼にとっても、成績が下がらなくて良いと思う。
「!」
後ろから来たセシリアが、涙目で訴えるの肩を優しく撫でる。
は大の親友の顔を見ることもできずに、俯いた。
「自分の才能を信じないところがミス・ダーレイン、おまえの悪い癖だぞー。」
どんどん俯いてしまう教え子に、マクシミリアンの方は軽い口調ながらも少し怒った顔をする。しかしセシリアは怯えるを庇うようにマクシミリアンとの間に立った。
彼女は、が誰よりも傷つきやすいことをよく知っている。
マクシミリアンは困った顔をして、今度はその彼女の弱さを負うことになる少年に目を向けた。
「ミス・ダーレインの気持ちはわかったがミスター・リドル。ミス・ダーレインはこの通りだが、おまえもパートナーを変えたいと思うか?」
黙って聞いていた彼は、軽く悩むそぶりを見せたが、首を横に振る。
「僕は構いません。」
「では、ミス・ダーレインお願いしよう。」
厳しい言葉とは裏腹に心配そうに、マクシミリアンはを振り返る。
マクシミリアンとて、彼女が憎いわけではない。むしろこの自信のない教え子を、非常に心配しているのだ。
本当に心から。
トム・リドルがの背に手を置いて、別の場所に連れて行こうとする。
「大丈夫よ。。」
セシリアもそっとを前へと押し出した。
不安そうには俯いたまま顔を上げない。ひとまずパートナー同士話し合いは必要だろう。
小さな肩が震えているのを知っていたが、マクシミリアンとセシリアは心を鬼にして彼女を見送った。
後年、彼らはどうしてあのとき、パートナーを変えてしまわなかったのかと、後悔することになる。
Good luck, bad luck