トムが間近で見ても、この・ダーレインという少女は呆れるほどに子供だと思う。
向かい側の席に座るは小さな肩をふるわせてごしごしと涙を拭いている。
そして、トムが近づくと、小動物のように酷くびくついた。
自分は非常にもてる方だし、人受けも良い方だと自覚しているトムだったが、はあまり自分に良い印象を受けていないらしい。
何となくトムにもそのことが分かって、彼はため息をついた。
彼女と面と向かって話すのは初めてのはずだ。ここまで怯えられると、良い気はしない。
「僕と組むの、そんなに嫌かな。」
喜ばれることこそあれ、怖がられるなど考えもしなかった。
机に肘をついて尋ねると、は肩をふるわせて初めてトムの顔を見上げた。
年の差は一つのはずなのだが、の顔は本当に子供っぽい。波打つ肩までの黒髪も収まりが悪そうだ。
幼げでのんびりしているし、方向音痴が修正されないのは、彼女を育てたマグルの未亡人がこれまたのんびりした人だったからだと言うのがもっぱらな噂だ。
彼女も自分と同じ孤児だったわけだが、それでもぼんやりとすることを許されるほどに恵まれていると思えば、トムは自分の心に小さな苛立ちがわき起こるのを感じた。
途端、彼女はトムから居心地が悪そうに少し離れようと身を動かす。
トムはそれを見て眉を寄せて彼女を見返した。
「・・・」
妙だ。
彼女はトムの考えに呼応するような反応を返す。心中の思案ですらも読み取っているように。
子供は敏感に人の感情を理解すると言うから、幼さ故なのか、子供は嫌いだと思いながらも、不快感は止められない。
日頃完璧な優等生を演じているトムは、自分の本質をどこかで気づいているかも知れない彼女の扱いづらさに、舌を巻く。
「絶対、わたしとくんじゃ、だめです、よ。」
涙で塗れた青色の瞳で、は途切れ途切れに言った。
口にこそ出さなかったが、この少女は何を言っているのだとトム・リドルは苛立ちすら覚える。
自分の優秀さを思えば、こんな小娘一人の失敗を補うのは訳がない。
侮られている気がして逆にトムの方が彼女を怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、そんな空気を感じてか、は是も非もなく頭を下げた。
「ご、ごめん、なさい!」
は突然謝罪の言葉を口にして、耐えられないとでも言うように空き教室を出て行こうとする。
トムはその首根っこを掴んで無理矢理に席へと戻した。
彼女はますます怯えている。
「生憎僕はある程度優秀でね。ひとまず話が出来ないから泣き止んでくれないか。」
もうここまで正確にこちらの性格を把握されているのなら、取り繕っても仕方がないと、ハンカチでトムは彼女のたまった涙を拭いてやった。
するとは驚いたように目をぱちくりさせる。
ドングリのように酷く大きく、丸い目だ。
しばらくすると彼女も落ち着いたのか、泣いた自分に恥じらいがあるのか、俯きながらもおどおどして視線を彷徨わせる。
「そういやぁ、君、純血なの、マグルなの?」
戯れの会話のつもりで、トムは尋ねる。
「知らない、です。だって孤児だから。」
は彼の問いに素直に返した。
どこで拾われたのか、誰が拾ったのか、誰の子供だったのか、孤児院の誰もがそれを理解していなかったし、記録にも残っていなかった。
分かっていたのは、という名前だけだ。
孤児院の中には名前すらつけられずに捨てられた子供もたくさんいると言うから、まだ名前があるだけはましだったのかも知れない。
ただし、ホグワーツに入った頃から、は古い魔法家系の子供かその血筋に連なるものに違いないと言われていた。
心を読むという、魔法使いの中でも特殊な力を持っていたからだ。そう言った特殊な力は、比較的特定の家系に遺伝することが多いからだ。
昔からは特別な子供だった。
花を咲かせたり、ものを浮かせたり、
でも孤児院ではいつも化け物だと罵られ、のけ者にされ、殴られた。体中痣だらけになったこともあるし、未だに残る切りつけられた後もある。
不思議な力を持つ子供は異質でしかなく、奇異の目でしか迎え入れられなかった。
義母に引き取られるまで、はいつも一人だった。
「ふぅん。」
素っ気ない相づちだったが、少し興味を持ったようなそぶりでトムは笑う。
「マグルに育てられたって、本当なの?」
「はい。孤児院から、未亡人だったご婦人に引き取られて、その方が優しい方だったので。」
「マグルなのに?」
「はい。いつも、わたしの魔法にも笑ってくれました。」
は手のひらをあわせて微笑む。
義母はの恩人だ。
あの地獄のような孤児院から自分の娘として迎え、沢山の愛情を与えてくれた。人の温もりを教えてくれた。
だから、無邪気にはマグルを信じることが出来る。
だが、その話をトムはおやおやと言った様子で見つめながら、噂に違わぬ単純ぶりだと、の性格を感心の眼差しを持って見つめた。
外見の幼い子だと思っていたが、精神的にも随分と純粋でめでたい頭らしい。
「で、はどうして僕に怯えてるのかな。」
相変わらずできる限り遠くに離れて距離をとろうとするをめざとく見て、トムは頬杖をついた。
女にここまで嫌われるのは初めてのことだ。
たいていの場合はこの顔と笑顔に女性はだまされてくれるというのに。
「君、案外警戒心があるね。」
は先ほどから話していても、トムに対する警戒を薄めていない。
野性的な勘なのかもしれないが、トムには納得の出来る理由ではなかった。
勘が鋭すぎるから他人に怯えるのかも知れない。そして、トムは仕方がなく嘘の笑顔を引っ込めて、大きくため息をついた。
すると途端にの纏っていた警戒の空気が緩む。
どうやら嘘の笑顔が見抜かれていたらしい。
「君は僕のパートナーになったわけだし、それなりに仲良くはしてくれないかな。」
禁じられた森での試験の際に信用されず、彼女に勝手な行動をされては点数を失うのはトムだ。他にもそれまでに合同でしなければならないことは沢山あるという。
適度な信頼は必要不可欠である。
何故彼女がこれほど的確に自分の心情を推し量ってくるのかは、勘だけでは説明できないもので、知りたいと思う心はあるが、今それを表に出せば鋭い彼女にはすぐ分かるだろう。
下手をすると自分自身の虚勢なども見抜かれる可能性があるので、一定の線は保っていくに越したことはない。
一定の信頼、そして一定の距離だ。
「・・・はい。」
少し戸惑いながらも、は頷いた。別に物わかりが悪いわけではなさそうで、少しだけトムは安心する。
「よろしくね。」
「はい。」
は一つ、ぺこりと頭を下げた。
「さて、話は終わりだよ。あんまり長く話していると、次の授業に遅れるからね。ところで君の親友ミス・アークライトもいないことだし、これは僕が教室まで送った方が良いのかな。」
「え?」
さっと穏やかな表情をしていた彼女の顔色が変わる。
「ま、魔法薬学だ。」
魔法薬学が一番の苦手なのか、もしくは嫌いなのか、口の端を引きつらせて青い顔で俯いてしまう。
魔法薬学の先生はホラス・スラグホーン、小太りで頭がはげている、トムもよく知るスリザリンの寮監だ。
「えっと、ミ、スター?リドルはおすきですか? 」
呼び方に困ったのか、結局ミスターと呼んで、は詰まりながらおずおずと尋ねる。
トムは笑って、答えを返した。
「トムで良いよ。僕はと呼んでも良いかな。」
「はい。トム。」
「ついでに敬語も面倒だろうから使わなくても良いよ。」
付け足して、トムは彼女の手に持っていた本を見つめる。
ただの三年生の魔法薬学の教本で、別段難しいものではない。
だが、彼女は自分の持っている本をちらりと見ただけで絶望的な、この世の終わりのような表情をしたところを見ると、成績の方は芳しくないのだろう。
彼女の授業での失敗は名高く、スリザリンまで響いている。
「苦手なの?」
「はい。」
はっきりとは即答した。考慮の余地もないくらいに苦手らしい。
新学期は始まって数ヶ月たっているが、線も書き込みもない教科書にはレポートだけがせかすように入っている。
しょんぼりと項垂れるは雨に打たれた子猫のようだ。
「手伝ってあげようか?」
トムは自分にしては珍しい仏心が出たのが、自分でも分かった。
何となく彼女のこじんまりとしていてえらそうでない様子が、スリザリンの女子達とは違って新鮮に思えたのだと自分に言い訳をする。
の方は顔を上げて青色の瞳をまん丸にしてトムを凝視した。
「本当、ですか?」
「敬語は使わなくて良い。本当だよ。それに、どうせいろいろ一緒にしなくちゃいけないからね。」
一学年下の魔法薬学のレポートなど、トムにとってはたかが知れている。どんなにが馬鹿であったとしても、別に問題はないだろう。
「す、すいませんが、お願いします。」
は素直に頭を下げた。
人の感情故に敏感なところと、馬鹿素直で操りやすい少女。
そして、闇払いがしょっちゅう会いに来るほど、何か価値のある、不思議な少女としばらくいられるというのは退屈しのぎにはなるだろう。トムはまだ、そのくらいに思っていた。
It is very interesting for me to see her.