3,4年生の合同授業において、トム・リドルと・ダーレインがペアになったという話はすぐに噂になった。
組み合わせはあくまでくじ引きのため偶然そのものだ。
それでもやっかみは避けられない。
廊下をすれ違うとき女子生徒に酷くぶつかられたは、小柄なのも手伝って放り出されるように冷たい石畳に放り出された。
ぶつかった生徒達は謝ることもせず、皆で一斉にクスクスと笑う。
「小さくて見えなかったわ。」
先頭にいた少女が笑うと、それに呼応するように他の子供達に無様に転んだを笑う。
はあまりにあからさまな悪意に青色の瞳を丸くした。
ネクタイからすぐにスリザリンの生徒だとわかる。
おそらくハンサムで優等生、人気もあるトム・リドルがグリフィンドールの生徒とペアになったことが気に入らなかったのだろう。
ぶつかってきた少女の短い前髪から覗く瞳に映る、あからさまな悪意の色には青色の瞳をまぁるく見開いた。
( リドルと一緒になった女、 消えてしまえ、 そのまま死んでしまえば良いのに! )
頭の中に感情がなだれ込んでくる。
「ひっ、」
引き連れた声が勝手に出て、一気に目に涙がたまる。
怖い。
頭の中に彼女達の悪意ある感情がそのままなだれ込んでくる気がして、は引きつった声と同時に嗚咽を抑えきれなかった。
「ふっ、え、」
泣き出したの高い声音に、教室にいたセシリアや、何人かの生徒が飛んでくる。
廊下の窓を咄嗟に開けて中から慌てて出てきた生徒もいた。
「!どうしたの?大丈夫よ。」
泣きじゃくるの様子にセシリアがすぐにを庇うようにしてスリザリンの女子達の間に入り、抱きしめる。
の泣き声に人が集まってきているのを悟ったスリザリン生は疎ましそうに何かまだ言おうと口を開いたが、すぐに言葉に遮られた。
「恥ずかしい方々ですね。」
静かな声音が、しかししっかりと廊下に響く。
それと同時に、そっとの頭に手が乗せられた。悪意が瞬間遠のく。
感情のこもらない台詞の中に込められた軽蔑にスリザリンの女生徒は杖を取り出そうと懐に手を入れたが、またもや鋭い声に遮られた。
「何をやっているんだ!!」
教室の中から出てきたのは、いくつも年上のグリフィンドールの監督生だった。
がぶつかったスリザリンの生徒達は慌ててそそくさと廊下の向こうへと去って行く。減点されたり、告げ口されてはたまらないと思ったのだろう。
まったく、と監督生が大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
らをスリザリン生から庇ってくれていた小柄な少年が、を心配するように腰をかがめ、顔をのぞき込んできた。
が顔を上げると、そこには無表情だが整った顔立ちの黒髪の少年がいた。
さらさらの黒髪に、優しい紫の瞳。無表情ではあったが中性的な、とても綺麗な面立ちの少年で、がセシリアに支えられるようにして立ち上がると、ハンカチを差し出してくれた。
はそれを受け取り、慌てて涙を拭く。
「オイゲニー、ミス・ダーレインは平気か?」
監督生が少年に尋ねる。
オイゲニー、と言う名前にはセシリアと共に二人顔を合わせた。
オイゲニーと言えばグリフィンドールの寮監であるマクシミリアン先生−マクシミリアン・ヨーゼフ・オイゲニーと同じ名字だ。
変わり者を輩出し、純血であるのに全く純血主義を用いないため、ほとんどがグリフィンドールに所属している。
優秀な魔法使いが多いことでも有名な家だ。
「あり、がとう、ございました。ミスター・オイゲニー。」
は少し落ち着いたので、少年にお礼を言う。
「カール・テオドールです。」
「えっと、カール?」
「テオドールと呼んでください。貴方の方が一学年年上ですから。。」
名前を呼ばれて、は思わず目をぱちくりさせた。
「ありがとう、テオドール。」
テオドールは感情の乏しい紫色の瞳を少しだけ和ませ、のお礼に答えた。
「ダーレイン、少しは気をつけろよ。」
グリフィンドールの監督生であるヘルマンが困ったようにを笑って、頭をくしゃりと撫でる。
同じ寮であるため、ヘルマンにはとことんお世話になっていた。
「逃げた人には赤いキノコがついていると思うので。」
テオドールは静かにヘルマンへと言う。
「赤い、キノコ・・・?」
「はい。一応胞子を飛ばしておきましたので。」
感情の乏しい声音で答えて、テオドールはそのまま去って行った。
ヘルマンは目をぱちくりさせてテオドールを見送っていたが、小さく息をついてを見た。
「オイゲニーは相変わらずすごいな。」
「え?」
感心したように言われても、は彼を知らない。
分かるのは寮監と同じ一族と言うことと、もともと有名な純血の名門であると言うことだけだ。
「知らないの?2年の成績トップよ。ダンブルドアに最高と言われる二人のうちの、ひとり。」
セシリアは怒ったように腰に手を当ててに言った。
ダンブルドアに“最高”と称される人物が、二人いる。
一人目はホグワーツ始まって以来、最高の秀才と称されるトム・リドル。
そして二人目が、ホグワーツ始まって以来、最高の天才とされるカール・テオドール・オイゲニー。
トム・リドルが達の一学年上なのに対して、テオドールは一学年年下、より一つ下に当たる。
「彼、年下。」
はしっかりした様子だったテオドールを思い出して、驚く。
背はあまり高くなかったが、とても落ち着いた。年の割によりずっと大人びていたから、てっきり年上かと思った。
「マクシミリアン先生の、息子だった、よな?」
ヘルマンがセシリアに首を傾げながら尋ねる。きちんと覚えているわけではないらしい。
「そうなの?」
「そうよ。それに、オイゲニー家って変わり者多いから、スリザリンの人、いないし?」
セシリアは肩を竦めてすてきよね、と呟いた。
元来スリザリンとグリフィンドールは仲が悪い。
それは純血主義を持つスリザリンと意見が咬み合わなかった初代からの伝統とも言えるくらいだ。
3,4年生合同授業は今年初めての試みだが、スリザリンの生徒と組んだマグル出身の生徒がもめたという話は多い。
むしろ最初にごねたとは言え、トム・リドル、のペアは目立った問題を起こしていないだけましである。
そういう意味で、スリザリン生をほとんど出さないオイゲニー家は、純血の中でも比較的変な一族と言われているが、グリフィンドール内では良いことという風に認識されていた。
テオドールは要するに、その当主となる人間。
「もう、ったら、驚いたわ。泣き出すときは言って頂戴よ。」
セシリアは困ったように言って、の背中を軽く叩く。は涙を拭いて、ふっと小さく息を吐いた。
「気をつけるんだぞ。」
ヘルマンがもう一度の頭を撫でてから去って行く。
はヘルマンに礼を言ってから、テオドールに撫でられた頭の上の部分を自分で触ってみた。
あの一瞬、悪意が遠のいた気がした。
「・・・大丈夫?」
心配そうにセシリアがの顔をのぞき込む。
「うん。」
は答えながらも、あのテオドールという少年は誰なのだろうと、思った。
が特別で、純血だと言われるのは、心が読めるという魔法使いの中でも特殊な能力のせいだ。
何もしなくても、自白剤など作らなくても、は心が読める。
否応なしに感情が入ってきてしまうのだ。
いつもはきちんと制御しているのでそう言った力は上手に押さえているが、感情が高ぶるとどうしても押さえられなくなる。
テオドールに触られた時、何故か入ってきたスリザリン生の思考の欠片が一瞬で押し出された。
その秘密を、セシリアをはじめ何人かは知っている。
「なんで、だろ。」
は小さく呟いて、首を傾げる。
その秘密はずっと後のことだった。
who is he?