次の日、は授業には出てこなかった。
「すいません、体調を崩してしまったようで、医務室にいます。」
いつもと仲が良く同室であるセシリア・アークライトはぺこりと頭を下げ、少し怒ったようにそう言った。
おかげで魔法薬学の授業はつつがなく進んだわけだが、トムは当然気になった。
昨日ダンブルドアが夕刻に来客があると言っていたばかりで、グリフィンドール生の話ではそれには出向いていたが、帰って来なかった、と言うのだ。
「でも、ミス・アークライトが知っていると言うことはちゃんと連絡は来たと言うことか。」
機密というわけではないし、面会も出来るはずだ。
適当に女子学生をあしらって医務室に向かうと、医務室の前の廊下でダンブルドアと話しているマダム・ポンフリーが怒ったような顔をしていた。
「だからお話ししたはずです!」
すごい剣幕でダンブルドアを睨み付けているが、彼は何とも言えない表情で目を伏せるのみだ。
「あの子が、できる限り役に立ちたいと言うのじゃ。だから。」
「だからと言って、こんな無理をしてどうするのです。彼らはあの子の不安な気持ちにつけ込んでいるだけです!」
甲高いマダムの声が高らかに廊下に響く。そのためダンブルドアは眉を寄せたが、彼女が落ち着く様子はなく続けざまに言った。
「だから言ったのです。オイゲニー家に戻すべきだと!!」
「・・・だがオイゲニー家はいくつも問題を抱えておる。だから、今そうすべきではないのだ。」
ダンブルドアは落ち着かせるように彼女に穏やかな声音で言ったが、トムに気がついたのか、はっとした顔で彼を見ると、目を丸くした。
「トム、」
「あの、ミス・ダーレインの見舞いに来たのですが、」
トムは先ほどの会話を聞いていなかったように知らないふりをする。
「おぉ、そうか。そうか。」
わかっているのかわかっていないのか、ダンブルドアは何度も頷いて、医務室の中へと招き入れる。
「会えるんですか?」
「あぁ、もちろんじゃ。よく寝たようじゃからの。」
そう言って彼はちらりとマダム・ポンフリーの方を振り返る。彼女はまだ煮え切らないのか、むっとした顔でダンブルドアを睨んでいた。
トムはそれに知らないふりをしてが眠っているというベッドへと案内されるままに歩み寄った。
ほとんど人はいない。
「、調子はどうじゃ。」
ダンブルドアが声をかけると、中でごそりと動く気配がした。
「ん、はい。」
何やら間延びした声が答えて、影が中でむくりと起き上がる。
ダンブルドアがカーテンを開けると、が子供っぽく目元を擦っているところだった。彼女はトムの顔を見るとぎょっとして目を丸くする。
「あ、あれ?トム?」
「君、今日の魔法薬学休んだろう?ノートを持ってきてあげたよ。」
「あ。そっか。ノート。」
は一つ頷いたが、ノート一つで魔法薬学の成績が良くなるとは思えないほど、彼女の魔法薬学のセンスは壊滅的だった。
「うまくいった?」
「うん。授業はちゃんと進んだよ。」
3,4年生の合同授業ではあったが、ペアのは今回いなかったので、トムは結局魔法薬学の先生であるスラグホーンとともに薬を作っていた。
もちろん彼がいなかったとしても、トムは最高にうまくやっただろう。
特にがいると魔法薬学の授業が彼女の失敗で全く進まなくなることもしょっちゅうらしく、グリフィンドール生はそれを期待していたが、生憎が休みだったのでつつがなく進んだし、宿題は大量に出た。
「宿題は君も友人に聞いてやっておくようにって、スラグホーン先生が言ってたよ。」
「はー宿題・・・・」
は青い顔で項垂れる。
体調は既に悪くないようだが、寝過ぎたのかそれとも本当に体調が悪いのか、彼女の声音は酷くのんびりしていた。
「そういえば3,4年生は合同授業じゃったな。君のペアがトムなのには驚きだが、調子はどんなもんかの。」
ダンブルドアは穏やかにに尋ねる。はトムの顔を見て、「うん。」一つ頷いた。
「宿題がはかどります。」
「・・・」
最近見るに見かねて、よくトムはの宿題の手伝いをしてやっている。
は本当に鈍くさく、ついでに何かと物事に適当なところがあり、宿題をやっても穴だらけだ。
それで提出するなど優等生のトムからしてみたら狂気の沙汰だが、彼女はそれを平気でやる。
3,4年生の合同授業と言っても成績は基本的に別々につけられるので問題はないのだが、それでもトムが苛立つほどにやらないのだ。
「トムの方はどんなものじゃ?」
「・・・そうですね。手はかかりますけど。」
彼女の友人のセシリアがいない時は、彼女を次の授業教室まで送ってやらねばならない時もある。
そういった所が面倒と言えば面倒だが、馬鹿故か彼女がトムにたてつくこともなければ、他の女子のように騒ぎ立てることもない。
別段文句を言うこともないので扱いやすかった。
「まぁもめているペアもあるようだから、それなら仲良くやりなさい。」
ダンブルドアは笑っての頭を撫でつけた。どうやら彼もの寝乱れてぼさぼさになった黒髪が気になっていたらしい。
そう言ってダンブルドアは忙しいのか、カーテンから出て行った。
「どこが悪かったの?」
トムはぽんっと彼女のベッドの端に座って、軽く尋ねる。
「来客中に倒れちゃって、眠かっただけだったんだけど、そのまま寝ちゃったの。」
「眠った?」
「うん。そのまま起きたら、お昼だったから、びっくりしちゃった。」
間の抜けた言葉に、トムもびっくりである。
来客中に倒れるなど普通の状態ではないわけだが、彼女は別に焦っている様子もなく、本当に眠ってしまったことに驚いている感じだった。
それに別に体調が悪そうな様子もない。
何か彼女が特別なのかと疑ったトムも流石に拍子抜けの話に、トムはため息をついてを見た。
の青い瞳には嘘の色は欠片もない。
人の目ですべてが見抜けるわけではないけれど、彼女の瞳は驚くほどまっすぐで綺麗だ。よほどマグルの義母とやらが良かったのだろう。
たまにイラッとするほどに、彼女は馬鹿で純粋だ。こちらが疑うのが馬鹿みたいな程に。
「誰が来てたの?」
「魔法省の人だよ。」
「どうして?」
「いろいろと聞きたいことがあるんだって。わたし、帰る場所がなくなっちゃったから。」
は隠すこともなく、握りしめた自分の手を見つめてそう言った。
「・・・」
帰る場所なんて、元々ないよ、
トムは自分の心の中で呟いたが、寂しそうな青色の瞳を見てぽんと彼女の頭に手を置いた。その辛さを知っているのは、何よりも自分だった。
I dont have home in my life.