図書館で宿題をしていたに声をかけてきたのは、テオドール・オイゲニーだった。
「調子はどうですか?」
テオドールはの前に座ると宿題を見て、「あまり大丈夫そうではないですね。」と全く違うことを言った。
「それ、このトカゲの容量が間違っていますよ。」
「え。」
は慌てて近くにあった本を開くと、実際に間違っていた。
3年生の魔法薬学のレポートなのだが、どうやら2年生なのにテオドールはこの魔法薬のことを以上に知っているらしい。
「・・・うつし間違えたのかな。」
「一つ一つ確認していった方が良いかも知れませんね」
テオドールは真っ当な意見を言って、自分の本を机の上に置いた。
2年生が読むにはルーン文字であまりに分からない本だが、彼には問題ないらしい。古代魔術に興味があるという噂は本当なのだろう。
「それ、読むの?」
「早く読まなければ返却期日が来てしまいますので、明後日あたりまでには。」
テオドールは無表情ながらも少し唇の端を上げた。
「もしまた何か困ったことをされるようでしたら、言ってくださいね。」
いじめの話だろう。
がトム・リドルとペアになってからと言うもの、スリザリン生からのいじめは酷くなる一方だ。
テオドールは同じグリフィンドール寮と言うこともあり、頻繁にを助けてくれている。グリフィンドールの監督生も同じだ。
「ありがとう。でも慣れてるから。みんなよく庇ってくれるし。」
3年生からの編入という異質な存在であるからだろう。
勉強でしょっちゅう失敗することも重なって、前からそれなりに虐められていたが、トム・リドルのペアになってから、ますます酷くなった。
「彼、人気ありますからね。」
テオドールはあっさりと言って、本を開く。
古い本なのかバサッと音がして埃がもあっとたった。よほど長い間誰も開かなかったのだろう。そんな本を2年の彼が開くのだから、驚きだ。
当然は読めない。
「トムもすごいけど、テオドールもすごいでしょ?だって、天才って。」
確かにトム・リドルはホグワーツ始まって以来の秀才と言われるが、テオドール・オイゲニーもまたホグワーツ始まって以来の天才と呼ばれている。
純血の名門オイゲニー家出身であることも相まって、あこがれの的でもあった。
しかしトム・リドルほど愛想も良くなければ無表情なので、意見は分かれる。
「確かにそんなことも言われているらしいですね。」
「らしいって、」
「他者からの評価に興味はありません。私が興味があるのは、今のところ自分の家族と本だけです。宿題は与えられるからやるだけ。」
テオドールの口調は淡々としていて、彼が別段評価にこだわっていないことがよく分かる。
宿題も別に相手によく見られたいとかではなく、与えられたから淡々とこなしているだけなのだろう。
オイゲニー家は変わり者が多いと言われる。
その権力と名声の割に地位にこだわらないものが多く、だからこそ純血の一族とも一線を画している。
そういう点でまさに彼はオイゲニー家らしい人物とも言えた。
「でも、与えられた宿題が出来ない時はどうしたら良いと思う?」
淡々と出来て、簡単に良い成績がとれるほど、の頭は生憎良くはない。
真面目にやっても全くだめなのだ。
「・・・困りましたね。」
相変わらずの無表情のままテオドールは答えたが、少し笑っている。
「あれ??」
棚の向こうから、トムが現れて小首を傾げる。
同じ席にいたテオドールに一瞬驚いてから、彼はの肩をとんと叩いた。
「お邪魔かな?」
「え?どうして?」
「君って本当に人の気遣いを無駄にしてくれるよね。」
トムが言っても、は首を傾げるばかりだ。テオドールはふっと息を吐いてから、失礼と思ったのだろう。本を閉じる。
「こんにちは、ミスター・リドル。座ったままで失礼でしたね。」
「いや、君と直接会うのは初めてかも?」
トムは気にした様子もなく、の隣の席に着く。
グリフィンドールとスリザリン。しかもトムよりもテオドールは2学年下であるので会うことはほとんどなかった。
「初めまして。ご存じだと思いますが、私はカール・テオドール・オイゲニーです。」
「僕はトム・リドルだ。確かグリフィンドールの寮監マクシミリアン教授の嫡男だとか。」
「はい。」
落ち着いた声音でテオドールは言って、古い本の背表紙を撫でる。
「から話は聞いているよ。よく助けてくれる、とかって。」
トムはそう言って隣のに目を向ける。
テオドールは全く感情を窺えない表情で、「そうですか。」と呟いただけだった。トムはテオドールに随分興味があるようだが、彼はそうでもないらしい。
がちらりとトムを見ると、彼もそのことに気づいたのだろう、少し嫌そうな顔をした。
テオドールは興味がないのか気づいていないようだ。
というか、気づく気もないようだ。
「うん。、君、次の授業は変身術だろう?合同授業だ。行こう。」
「あ、・・・宿題。」
「またやってないの?」
トムがちらりとを見ると、はへらっと笑った。
「そうだった。わかんなかったんだった。」
一応やろうとは試みたが、能力不足だったようだ。
は自分の荷物を開いて変身術の本があるかをチェックして、自分のレポート用紙を確認して、目を丸くした。
「あれ?あ。セシリアがやってくれたみたい。」
の間抜けな呟きと共にトムが彼女の手元をのぞき込むと、レポート用紙にはの筆跡でレポートが書かれている。
「・・・流石、ミス・アークライトですね。」
テオドールも珍しく少し驚いた顔で紫い瞳を瞬かせて、ふむ、と一つ頷いた。
内容だけではなく筆跡にまで気をつけているところは流石前年度学年主席だっただけのことはある。
セシリア・アークライトは純血の名門アークライト家の一人娘でもあり、人望も厚い。
トム・リドルのペアとなってもが皆から守られているのは、親友でありルームメイトで、優等生でもあるセシリアのおかげと言うこともある。
「・・・これで問題はないね。行こう、。」
トムはをせかす。
次の授業まで時間がないわけではないが、きちんと先に話しておかないと大きな失敗をやらかす可能性が高いことは既にわかりきっているので、合同授業の際は先に打ち合わせを済ませることにしていた。
まぁ、要するに何も手を出すなと言うことだけなのだが。
「そうですね。また談話室で、。」
テオドールは別にを連れて行くトムを引き留めることもなく、自分も授業なのか、大きな本を抱えて出て行く。
彼の小柄な躯には本の方がずっと大きく見えた。
She is very small.