闇の魔法使いに知り合いなどいるはずもない。

 そもそもはこの世界に来て、たかだか数ヶ月の人間だ。半年もたっていない。闇の魔法使いに知りあいなど根本的にいるはずないのだから、彼らが自分を探している理由が、の頭の中では結びつかなかった。




「ダンブルドアは、何かあったら来いと言ったんだな。」




 トムは確認するようにに尋ねる。




「う、うん。何か、困ったことがあったり、襲われたりしたらって。」

「何故おまえが襲われるんだ?」

「え?」

「理由もなく闇の魔法使いがおまえなんて襲わないだろ。」

「・・・り、ゆう?」




 はどうしてだろうと逆に首を傾げる。




「君、魔法省の人間と会ってただろ?闇払いとかと、それは何か関係がないのか?」

「でもそれは言っちゃ駄目だって言われたから駄目。」

「駄目じゃないだろ。こんなことになってるんだぞ。」

「それにそれとこれは違うでしょ?」

「おまえ本当に馬鹿だ!」




 トムは良いか?とに子供に言い聞かせるように人差し指の代わりに杖を突きつけた。 




「物事って言うのは繋がっているんだ!あんなのに襲われる理由がないわけないだろ!?」




 普通に生活している限り闇の魔法使いに標的として狙われるなんて言うことは、あり得ない。闇の魔法使いに興味があるトム・リドルですらもだ。

 なのに、彼女は狙われている。




「闇払いが君を犯罪者連れて訪れてたのには理由があるんじゃないの?」




 トムがはっきり言うと、はよく分からないのか、あからさまに視線をそらしたが、ぽつぽつと呟くように話す。




「闇払いの人たちは、わたし・・・人の過去とか、今のこととか、あと少しだけだけど未来とか、わかる、から。それを、聞きに。」

「え?」

「もちろん、見ようって思わないと、駄目だけど。」





 人の心が見えるため、例えば質問すれば、人というのは欠片なりとも自分の過去を思い出すものだ。

 心を薬や呪文で開かなくとも、は人の心が見える。

 だから犯罪者を自白させるよりもずっと、の目の前に犯罪者を引き出してしまった方が真実を聞けるし、早いのだ。




「君が倒れていたのはそのせいか。」




 おそらく、はそれを軽いことのように考えているが、身体的にも負担をかける上、意味は大きい。

 人の心を読みたいと願う人間はいくらでもいる。 

 人権などなんだと振りかざす魔法省などは絶対にそんなことしないだろうが、は闇の魔法使いにとっては無理矢理従わせてでも欲しい人材なのだ。

 しかも危険なことに、本人はそのことを自覚していない。




「よくわかったよ。僕が君と組まされるわけだ。」




 と4年生において学年主席のトムが合同授業でペアにされたのも偶然ではないだろう。

 こういう事態がないとは、誰も言い切れなかったから、トムが面倒を見るように仕向けたのだ。




「そこにいるのだろう?」





 低い男の声音が廊下の方から聞こえて、はびくりと肩をふるわせたが、トムは黙っての口を塞ぎ、音を立てないようにベランダへとゆっくりと足を進めていく。

 驚くほどに大きなベランダを開けると外は相変わらずの曇天だった。




、そっち側に隠れて、」

「で、でも、」

「早く!おまえがいたら邪魔だ!!」




 トムはをベランダの窓辺に押しやる。その途端、木の扉が勢いをつけてはじけ飛んだ。




「まさか、抗おうとする学生がいるとは、随分勇敢だな。」




 壮年と言うべき男は、杖を向けるトムにすらもにこやかに微笑んで杖を構えていた。

 顔立ちは整っており、もう既に随分な年であるようだったが、男はトムに負けず劣らずハンサムで、年相応の落ち着きがある。




「グリンデルバルド」




 トムはその闇の魔法使いの顔に見覚えがあった。非常に有名な闇の魔法使いであり、多数の殺戮も犯している人物だ。

 未だ4年生のトムごときが簡単に勝てるレベルの相手ではない。

 トムが舌打ちをしそうになった時、ふっと影がトムの背後に過ぎった。




「え?」




 杖はグリンデルバルドに向けたまま、振り返ろうとした途端細い腕に突き飛ばされた。

 今までトムがいた場所を、火炎放射器で作り出したような炎が一気にグリンデルバルドに向かって通っていく。




「・・・なっ!」




 トムを突き飛ばし、上になっているの後ろを見ると、そこには巨大なドラゴンがベランダ側からこちらを見ていた。

 巨大なドラゴンはもう一発とでも言うように息継ぎをし、咆哮を上げてまたグリンデルバルドに炎を吐いた。

 漆黒の体毛に、大きなベランダからもはみ出しそうな巨大な体。




「トムっ、大丈夫?」




 トムの上になっていたため炎が掠ったのか、の髪からは少し焦げ臭いにおいがしていた。




、早く外へ!」




 トムは慌てて立ち上がり、動きの遅いを引きずるようにしてドラゴンの間をくぐるように外へと出る。

 ドラゴンはとトムを攻撃する気はないらしく、ちらりと大きくきらきらした青色の瞳でとトムを見たが、それだけだった。




「・・・オイゲニー=マクロ種か。」




 グリフィンドールの虚空と呼ばれるオイゲニー家の領地でオイゲニー家だけに仕えるかなり大型のドラゴンだ。

 だが、ドラゴンだけでは闇の魔法使いに勝つことは出来ないだろう。

 もちろん、トムがいたとしてもだ。



「・・」 




 は目尻を下げ、涙で一杯の青い瞳でドラゴンを見上げている。

 トムはの肩を抱くようにしてベランダの脇へと彼女を庇うように寄せると、ちらりとドラゴンがトムの方を見た。




、少し怖いかも知れないけど。」




 トムはを抱きしめ、ゆっくりとベランダを超える。ふっと宙に躯が浮く感覚は、一瞬だった。




「きゃっ!」




 着地したのは、ドラゴンの背中へだった。

 ずり落ちないように何とか背骨の部分を持って、トムは器用にを先にドラゴンの背中へと上げる。

 幸い巨大なドラゴンであるため、背中も平たい。

 これが小型のドラゴンなら、ずり落ちていたところだろう。




「おまえ!!」




 ベランダへと慌てて駆け寄ってきたグリンデルバルドが叫ぶが、もう既に遅く、ドラゴンは攻撃も届かぬ高い空へと上っていた。

 まだ震えがやまず、うまくドラゴンの体毛を掴むことが出来ないを支えながら、トムは眼下の闇の魔法使いを見下ろす。

 おかげで貴重なものが手に入った。

 心の中でそう思い、そっとの肩を抱いた。





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