物心つく頃に、は既に孤児院にいた。

 父母が誰かは知らず、ただ近くの川で泣いていたところを保護されただけの、まさに橋の下で捨てられた子供だった。




『化け物だ!!』




 そう言ったのは、二つ年上の男の子だった。

 魔力を使いものを浮遊させたり、人の感情に気味が悪いほど敏感なは多分マグルの中では“異質”なもので、“化け物”だった。

 小柄なは目立った特技もなく、殴られるばかりだった。

 どうしても大きな孤児院は先生の目が行き届かず、上が下の面倒を見させられるためストレスがたまる。

 それを上級生はにぶつけて遊んでいたのだ。

 気がつけばはいじめの対象となっており、友人は誰一人おらず、いつも青あざを作っていた。

 果物ナイフを持った子供に切りつけられたこともある。




『化け物、化け物!!』




 ののしりの言葉はにいつもついて回り、いつものけものにされ、影で俯いていることしか出来なかった。

 こんな自分をどうして親は産んだんだろうと何度嘆いたのか分からない。

 義母のルイーゼにあったのはそんな時だった。

 彼女は孤児院のパトロンの一人で孤児院への視察の折に、虐められているを見つけたのだ。

 夫を早くに亡くしたルイーゼもまた、“異質”だった。


 と言うのも彼女は貴族の家に生まれ、資産家に嫁いだが元はドイツ人で、イギリスになかなかなじめないうちに、夫も早くに亡くなった。

 子供もなく、お金もあったが、いつも孤独だった。

 ルイーゼはに多分似たようなものを感じたのだろう。

 彼女はことあるごとに孤児院を訪ねてくるようになり、時間があればに話しかけ、一緒にお茶に出かけようと外出許可を取った。




、政略結婚というのを知っていらっしゃる?』




 ルイーゼは何度目かの外出の折、を落ち着いたカフェの個室に連れて行き、そう尋ねた。

 当然知るはずのないは小首を傾げた。




『14歳で売られるように資産家に嫁いで、愛されたけれど、子供もなく、他国で一人、寂しかったのよ。』




 彼女の優しい緑色の瞳が悲しく細められ、淡く笑う。

 彼女が結婚したのは先の戦争の後の不景気だったと言う。まさに貴族から資産家へ、名前のためだけに売られた結婚だった。

 ひとりぼっちの悲しさは、多分と一緒だった。





『ねぇ、、貴方は私の家族になってくださらない?そうすれば私、寂しくないわ。』





 その言葉に頷いたのは、彼女にどこか自分と似たようなものを感じたからだ。

 彼女と暮らし始めてしばらく、は自分が魔法が使えたり、心が読めることを隠していた。

 怖かった。

 ただ嫌われてしまうかも知れないと怖かったのだ。 

 それでも絶対にこの人の心だけは読むまいと、誓った。自分の心で信頼しようと思ったと同時に、彼女の心を読むのが、恐ろしかった。

 心のどこかでは彼女を本当に大切に思っていて、裏切られていれば、自分は二度と立ち直れないだろうと思った。

 でも、彼女は疑う暇もないほどの愛情をに与えてくれた。

 そして、魔法のことや心を読めることを話しても、彼女は全くと言って良いほど恐れなかった。




『いつでも心を読んでくれて構わないわ。』




 元々ルイーゼは孤児院の先生や子供達からが変であることは聞いていたようだ。

 それでも告白されれば驚いていたが、大手を広げて笑ってくれた。




『関係ないわ。だって、貴方は私の家族なのだから。』




 ルイーゼにとって、魔法の力を持つも、それ以外のも全く変わらない存在。

 ただたまたま魔法の力を持っていただけの、愛しい娘。




『貴方は心が読める。だから誰よりも他の人に優しく出来るはずだわ。』




 柔らかに微笑んで、を抱きしめてくれたルイーゼからは欠片の嘘も感じなかった。

 今まで気味が悪いと言われ続けた力を誉めてくれたのも、ルイーゼが初めてだった。

 はまだ幼くて、ルイーゼに自分が嬉しかった気持ちや、涙が出るほど幸せだと思ったことを言葉でうまく伝えることは出来なかった。

 でも、この人のために生きようと心の底から思った。

 だからホグワーツからの入学許可書が届いた時、どうするべきかとても迷った。ルイーゼと離ればなれになるのが嫌だったのだ。


 けれどその時も、背中を押したのはルイーゼだった。



『すてきなことだわ。貴方の世界が広がるのですもの。今まで出来なかったお友達も出来るかも知れないわ。』




 手放しで喜んで、ホグワーツの入学許可書を額に入れて飾ったほど、ルイーゼはホグワーツへの入学を喜んだ。

 多分、小学校に行っても友人一人いないの前途を心配していたのだろう。




『行ってらっしゃい、気をつけて、出来るだけ早く帰ってきてね。』




 その言葉に後を押されて、はホグワーツに出向いた。

 自分が本当は50年前の人間で、少ししかあの世界にいられないと分かっていたら、別の世界の住人かも知れないと理解していたら、迷わずホグワーツを選ばず、義母と一緒にいたというのに。







、ミスター・リドルが入り口まで来てるけど?」 





 セシリアがの布団をとんとんと叩く。




「会わない。」




 はもそっと布団から顔だけを出して答え、枕に顔を押しつけた。

 泣きすぎたせいか、目尻が酷く痛む。きっと鏡で見れば真っ赤になっているだろうが、ここ4日ほど鏡を見てすらいなかった。




「心配してるわよ。」




 を宥めるようにセシリアの細い手が、絡まったの黒髪を梳いていく。




「怒ってるかも。」




 彼は結構短気なところがあるから、が4日も授業をサボっていることに怒っているのかも知れない。

 合同授業で合同ですすめなければならないところも多々あるから、迷惑をかけているだろう。

 だが、それでもはどうしてもマクシミリアンやダンブルドアの顔を見に行く気持ちにはならなかった。




「マダム・ポンフリーを呼ぶ?」




 セシリアは小さく息をつく。

 もうはかれこれ4日談話室にも出ておらず、食堂にも下りて行っていない。時々セシリアも食事を運ぶが、それにも少ししか手をつけていなかった。




「うぅん。いらない。」




 ただ精神状態が不安定なだけだ。

 義母のことを思い出せば、それだけでもう涙が止まらず、感情がうまくコントロールできない。そういう時力もコントロールできないことが多いので、他人の心を簡単に捕らえてしまう時がある。

 それも怖くて、悲しくて、もうどうして良いか分からなかった。




「・・・」




 ましてや義母がいなくなればはこの世界にただ一人だ。後ろ盾も何もないただので、そのことが怖くてたまらなかった。

 もともと孤児院で、は一人だった。

 でもきっといつの間にか義母はの心の中の大きな位置を占めており、その喪失をどうやって埋めたら良いのか、にももうわからなくなっていた。




I want to meet you.