「は?」
トムは一人寮から出てきたの親友でルームメイトのセシリアに尋ねる。
しかしセシリアは整った容貌を歪めて首を振るばかりだ。シルバーブロンドの長い髪がさらりと揺れて、愁いを帯びた緑色の瞳が伏せられた。
これで、五日目だ。
自分の世界に帰れない、義母に二度と会えないとわかったあの日から、は授業はおろか、食事にすら出てきていない。
セシリアの話ではベッドからも出てこず、彼女でもお手上げ状態らしい。
孤児としてマグルの中で受けた扱いは、もトムも決して変わらないだろう。
特には女で小柄だし、トムほど魔力の使い方も分かっていなかっただろうから、変だと言うところだけが目立って、手酷い扱いを受けただろうことは普通に予想できる。
その中で孤児院から連れ出し、愛情を与えてくれた義母にがどれほどこだわるのかも、理解できるところがあった。
「・・・あの子、義母のことを本当に大切にしてましたから。」
ことの顛末をある程度知っていたセシリアは、小さく息をつく。
彼女もまた古い家の出身で、前年度主席に選ばれるほど優秀な生徒であるため、の面倒見係兼同室に選ばれたのだろう。
しかしそれ以上にセシリアは友人としてを大切にしていることを、トムはよく知っていた。
が閉じこもってから、何度もセシリアはマダム・ポンフリーの所へ行き、どうするのが一番良いのかを聞いたり、食事を考えたりしていた。
「君ももうそろそろ行った方が良いよ。」
トムはセシリアの肩を軽く叩く。
1限目の授業へはもう遅刻するか遅刻しないか、微妙なラインだ。真面目な彼女は、早く授業に行かなければ行けない時間だろう。
「はい。」
セシリアは「失礼します。」とトムに頭を下げて早足で廊下を走っていった。
少しふっくらとしたグリフィンドールの談話室への入り口である貴婦人は柔らかに微笑み、手を広げているが、他の寮生であり、合い言葉を知らないトムを入れてくれるはずもない。
流石に優秀なトムでも、この入り口から入るのは難しい。
他に道はないだろうかと顎に手を当てるが、昔からの魔法というのは今のものと随分違い、開放も難しい。
だが、このままではと話すことすら出来ない。
話したからと行って何かが変わるわけではないと、わかっている。トムが出来るのは慰め程度だ。
同じように孤児院で育ったから、マグルに酷い扱いを受けていたから、トムはに対してだけはどうしても同情を禁じ得ないところがあった。
考えていると、一人の黒髪の少年が現れた。
「おはようございます。ミスター・リドル。」
いつもと変わらない無表情でテオドール・オイゲニーは大量の本を持って絵画を開けて出てくる。
彼はを何かといじめから守っていたが、要するに彼も彼女が姉であると言うことを知らせれて、知っていたのだろう。
すべてを知っていて、黙っていたという点では彼も同罪だ。
「おはよう。テオドール。」
トムはそれでも当たり障りのない挨拶を返す。
テオドールも別段変わらない表情で紫色の瞳を細め、トムを見たが、ちらりと開いた絵画を振り返った。
「入りますか?もう私が最後のはずです。」
少しも考えるそぶりを見せず、彼は言うので、トムは目を見開いて彼を見た。彼の無表情は全く変わらない。
「入るって、グリフィンドールの寮に?」
「人はいません。入りたかったんじゃないですか?」
「僕はスリザリン生だけど?」
「別に良いじゃないですか。それに貴方が見つかるような馬鹿なまねしないでしょう。貴方は優秀です。」
テオドールは淡々と言葉を発する。やはりその声にはどんな種類の感情も感じられない。
グリフィンドール寮に敵対するスリザリン寮生を入れることをよしとしたことにも驚いたが、何よりもトムの実力をあっさりと認める態度に、トムは驚いてテオドールを見た。
「意外でしたか?」
尋ねる声にもやはり、なんの感情も感じられない。だが、トムの様子に彼は少し眉を寄せていた。
「それは、そうだよ。他寮の、しかも名門の出身ではない僕を、君があっさり認めるなんて。」
「実力は家柄や血筋で決まるのではありません。個人の努力のたまものです。」
魔法界有数の名門、オイゲニー家の嫡男は、はっきりとした言葉で自分が持つ家柄や血筋を否定する。
オイゲニー家は家柄に固執しない家として有名だ。
本家は純血のままだが、分家にはマグルと結婚したり、駆け落ちしたものも存在する。だからこそオイゲニー家はスリザリンではなく、グリフィンドールに行くものが多いのだ。
「僕は君のことが嫌いじゃないよ。テオドール。」
「そうですか。」
いささか横柄な物言いをしたトムにも、テオドールは無表情で返した。トムが中に入るのと入れ違いの形で、テオドールは外へと出て行く。
「の部屋は一番の上の右側ですよ。」
最期に一度振り返ったテオドールの顔が心配そうに見えたのはトムの気のせいだろう。
「・・・なんか明るいな。」
グリフィンドールの談話室は、スリザリンのそれより随分明るかった。壁紙が明るいせいなのか、雰囲気なのか。
生徒は既にいないのか、人の気配はない。
階段を上がっていくと女子寮がある。少し女子生徒の部屋に入り込むのには抵抗があったが、トムは人がいないことを確認しながら上がっていく。
ゆっくりとの部屋があるという一番上に上がると、確かにそこに部屋があった。
「?」
念のため杖を出してこっそりと部屋に入り、人がいるか確認すると、誰もいないようだった。天蓋付きのベッドの上に、もっこりと布団に潜り込んだ塊がいる。
もう一度人の有無を確認してから、トムは大きく息を吐いた。
枕元の机には、一つの写真立てがあった。
少し幼い面立ちのが亜麻色の髪の女性と並んでいる。目尻の下がった穏やかそうな女性で、綺麗な日傘を持って、もう片方の手でを抱きしめ、頬を寄せている。
二人とも一点の曇りもない笑顔を浮かべ、幼いも幸せそうに彼女の首元に手を回している。
何も知らぬ人は、彼女達が本当の親子だと誰も疑わなかっただろう。
「資産家の未亡人ってとこか。」
亜麻色の髪の女性はかなり高級な服を着ていることから、を養子にとるだけのかなりの資産があったはずだ。
それも独り身であったようだから、資産がなければ里親など認められない。
「、起きて。」
とんとんとと思しき塊を叩く。するともそりと動いた。
「・・・セシリ、ア?」
眠たそうな声音が響き、もそもそとが布団から顔を上げる。
いつもは大きな目が酷く腫れぼったく、目元も擦りすぎたせいか真っ赤で、寝過ぎたせいか、顔がむくんでいる。
トムを見ると、その本当に大きな瞳をまん丸にした。
「ト、ム?」
目をぱちぱちと瞬いて、トムを丸く映す。
無邪気な瞳は決してただ無垢に育てられたからではない。傷つけられるだけ傷ついた、そして愛されたからこそ、綺麗な目を持つだけで、トムと全く変わらない。
そう思えば、この小さな命が少しだけ大切に思えた。
I dont understand who want to do for her.