泣き疲れて目が覚めると、そこにいたのはトムだった。

 寝ぼけた頭に自体がついていけず、は目をぱちくりさせる。

 は今グリフィンドール寮にいるはずで、しかもここは女子の部屋なので、グリフィンドールの男子生徒ですら入ってこない。

 固まっていると、トムがぽんぽんと布団を二つ叩いた。




「何やってるの。そんな酷い顔で。」




 言われて、自分の目元に触れる。

 最近泣いてばかりだったから、目が腫れぼったいし、寝起きだし、鏡もここ5日ほど見ていないから酷い顔をしているだろう。

 トムのひんやりした手がそっと頬に触れてくる。それが心地よいと思うほどに、の目元は腫れぼったくて、触られると少しだけ痛い気がした。




「それ、お義母さん?」




 トムはいつもの軽い調子で尋ねてくる。はふと机の上にある写真立てに目を向けた。

 それは唯一がこの世界に来た時に持っていた義母との写真だった。マグルの写真だから、動くことはない。




「優しそうな人だね。」




 トムは笑って、のベッドの上にとんと乗る。はごそごそと動いて身を起こした。

 義母の写真を見れば、また目尻に涙がたまり、俯く。

 すると乱れきった黒髪を、その辺りにあった櫛でトムはそっとといてくれた。案外太いの黒髪はきちんと櫛を通せば光沢があってなかなか綺麗だった。多分いつもは朝に時間がなくてそれどころではない。

 は静かに自分の膝を抱える。




、食事ぐらいしないと。」




 トムは優しくの頭を自分の方へと抱き寄せる。




「もう、やだ。」




 はぽつりと口に出した。

 食事も水も口にしていないので、酷く声が掠れて、喉が痛い。でも、それ以上にこみ上げてくるものがあって、は涙を唾と共に飲み込む。




「どうして?」




 いつもでは絶対にあり得ないほどの柔らかな声がそっとの耳元で囁かれる。それに促されるように囁かれる。




「だって、もうお義母さんも誰もここにはいないもの、」




 が頑張っていたのは、ただ母がいたからだ。虐められてもずっとこの場所にいようと思ったのは、義母が待ってくれていると思っていたからだ。

 でも、もうこの世界にはを待っていてくれる人はいない。

 にはどこも行くところがないし、ひとりぼっちだ。孤児院にいた頃と同じ、ホグワーツでもは異質で、変で、ただそれだけの存在。




「・・・誰もいない。」




 自分を望んでくれた人はこの世界には誰もいなくなった。




、でもね。君には家族がいると分かったんだ。」




 慰めるように、トムは寂しそうに笑う。それをはトムの肩に頭を預けながら間近で見つめる。彼の表情には嘘ではない憂いがあった。




「・・・トム?」

「僕もマグルの孤児院出身だったからね。」




 の額のすぐ上で、トムの自嘲するような笑みがこぼれる。




「え?」





 はトムを見上げると、彼の漆黒の瞳には緋色の光があった。それは憤りと悲しみで、もよく知るものだ。

 どうして、自分は捨てられたのか。

 どうして、愛情をもらえないのか。


 両親への怒り、他人への憤り、そして他の子供達への憎しみ。それはにもとてもよく理解できるもので、トムの自分より大きな手に自分の手を重ねる。




「異質なものに対するマグルの反応は、どこも同じだろう?」




 トムは嫌悪感を露わにして言い捨てる。もその言葉に思わず笑ってしまった。




「うん。よく殴られた。」

「抵抗しなかったの?」




 魔法を使えれば、少なくとも魔力を使えれば抵抗の方法はいくらでもある。でもは首を振った。





「その頃、わたしは心を読む力を制御するのが、苦手だったから。人に攻撃すると、同じくらい痛かったの。」




 痛い、苦しい、そう言った感情や身体的な痛みを、他人のものではなく自分のものとして認識してしまうのだ。




「それに、負の感情ってすごく怖いものだから。」




 は恐ろしさを思い出して、身震いをする。トムはそんなの小さな躯を、強く抱きしめた。




「お義母さんだけは、穏やかだった。」




 悲しい心の持ち主で、悲しさと寂しさをよく知る人だったけれど、心根まで穏やかで本当に優しい人だった。

 多分、上流階級の令嬢で、憤りや怒り、憎しみを知らなかったからだろう。




「だから、こんなことになるなら、ホグワーツに行かなくても良かった、」




 義母の隣で、ただ穏やかに少し変な女の子として、彼女の娘として生きていれば良かったのだ。もそれを望んでいた。 

 彼女と穏やかにともにあって、生きることがの望みだったのだ。




「それを聞いたら君を心配していたミス・アークライトは、酷く悲しむと思うよ。」




 トムはの言葉を黙って聞いていたが、の背中を軽く叩く。




「せし、りあ?」

「君のことを心配して、マダム・ポンフリーの所と君の部屋を行ったり来たりしていたんだよ。」




 セシリアは食事をしないのために少しでも栄養価の高い食事をとマダム・ポンフリーにいろいろ聞きに行き、授業に関してもノートを二冊とっていたり、のことを思っていろいろな努力をしている。



「マクシミリアン教授だって、娘が帰ってきたんだ。すぐに抱きしめたかったと思うよ。でもそういうことはしなかった。」




 が娘だと分かっても、マクシミリアンは決してにそのことを話そうとはしなかった。

 本当ならすぐにでも自分の娘として迎えたかっただろう。

 それでもそうしなかったのは、が義母との再会を未だに望んでいるその気持ちを尊重し、慮っていたからだ。




「君には、義母じゃなくても、ちゃんと絆があるからだよ。」




 未だに誰から生まれたかすら分からないトムからすれば、血の絆があることは非常に羨ましい。ましてやゴドリック・グリフィンドールの血筋とうたわれるオイゲニー家の直系だ。

 彼女にとってその絆は多分、義母との絆よりも些細なものなのだろうが、絆をすべて奪われたわけではない。




「目の前にあるものを、大切にした方が良い。」




 の肩を優しく叩いて、トムは穏やかに笑う。それは子供を言い聞かせるようで、を宥めるようでもあったし、うらやむようでもあった。




「・・・ごめんなさい。」




 は俯いて、謝る。

 義母以外どうでも良いみたいな言い方は、確かにトムの言うとおり、セシリアや助けてくれたテオドール、マクシミリアン、ダンブルドアなど全員に対して失礼だ。

 トムもまた、わざわざのために心を砕いてグリフィンドールの女子寮まで来てくれたのだ。

 手間をかけたのは事実で、は言葉もなかった。




「なんだかんだ言って、本質は似てるのかも知れないしね。」




 トムとは全く違う。いじめっ子といじめられっ子。でも、求めているものも、求めていたものも、同じだったのかも知れない。

 少なくとも始まった場所は同じだった。





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