に告白してきたのは七年生の落ち着いた男で、寮はグリフィンドールだった。




『答えは急がないので、クィディッチの後でも良いよ。』




 がクィディッチの選手でもあることを知っている彼は、穏やかな口調でに言ってくれた。

 成績も優秀で、なかなか優等生。

 容姿は確かにぱっとしないが、も少し良いかなと思える好青年だった。

 どうして告白してくれたのか経緯は全く知らないし、は別に彼が好きでも何でもないので聞かなかったが、悪い気はしなかった。




がクィディッチの選手って言うのがあり得ないよね。」




 トムは授業中にぼそりとに話しかけて、小さく息を吐く。




「・・・だって、飛ぶのだけは得意なんだもん。」




 は総じて魔法が苦手だが、一年の時の飛行演習だけは大好きで、得意だった。

 ちょうど昨年に優秀だったシーカーの七年生が卒業してしまい、今のチームのキャプテンがに目をつけたこともあり、三年生でレギュラーということになりそうだった。

 シーカーはスニッチを獲得すれば良いため、小柄で素早い動きが望まれる。

 飛行速度が極めて速い上、女性の中でも小柄なは適任だというわけだ。

 一一月末にあるスリザリン対グリフィンドールのクィディッチ戦にははトムの敵として出場することになっている。

 あと2週間ほどであるため、練習も盛んだ。




、寝るんじゃない。眠いのは分かるが。」




 トムは疲労で眠りそうなの肩を揺する。

 いかさますれすれの占い学の合同授業はなかなか苦痛なもので、この授業を担当しているアナスタシア教授の長い説明から始まり、何も見えない水晶玉を睨み付けて、傷なのかもやなのか分からないものに適当な名前をつけて終えるというのが恒例だった。

 トム自身もこの授業が大嫌いなのだが、も同じで、今やほとんどが内職と睡眠時間とかしていた。




「だって、何が見える?」




 は机に突っ伏した体勢のまま、丸い水晶玉をじっと見る。




「白いもや?煙?火事注意って?」




 トムも淡い嘲笑と共に答えた。




「・・・綿菓子だと思えば美味しそうに見えるかな。」

「なに?幸せの証って?もやとか煙よりましな案だね。」





 もうどちらが想像力豊かどうかを競っているような会話を授業ですること自体にへきへきしながら、占い学の教科書とやらを一応開いてトムはため息をつく。




「本によると、どれでも似てそうなんだけど。」

「じゃあ綿菓子で。」




 は眠たそうに肘をついてちょんちょんと指でつついて水晶の中のもやが動かないのかと試してみていたが、目を瞬いた。




「あれ?何か、見える。」




 青色の瞳に丸くそれを映して、は呟く。




「え?」




 トムは本から顔を上げ、水晶をのぞき込んだ。




「何これ。」




 確かに手のひらサイズの水晶の中に、映像が映り込んでいる。

 小さくて見えにくいが、鏡の前に黒髪の女性がいて、まだ一〇歳前後の亜麻色の髪の少女と、黒髪の少年を鏡の方へと押し込んでいる。亜麻色の髪の少女は、小さな赤子を抱えていた。

 小さくて顔は見えないけれど、少年の酷く整った顔が、自分にそっくりな気がして眉を寄せる。

 子供達に何か言い聞かせていた女性は子供達を抱きしめると鏡の方へと子供達を押しやった。子供達が鏡の向こうに消えると、女性はほっとしたように息を吐いたが、ぱっと顔を上げた。

 閃光が走り、女性が倒れる。

 中に入ってきたのは比較的長身の、フードを被った魔法使いだ。




「・・・だれ?」




 が小さく呟いた途端、その映像はかき消える。

 いつの間にか、ただのもやの塊に戻っていた。白いただの煙になった映像をとトムはしばらく眺めていたが、やはり映像が再び現れる気配はない。




「身に覚え、ある?」




 トムは水晶玉を一度ぽんっと叩いてから、に尋ねる。




「三人も子供のいるおうちなんて、知らないよ。」




 にも知り合いは学校しかいないし、鏡を通り抜けた限りは魔法使いなのだろう。

 確かに先ほどの映像に該当するような魔法使いはいるのかも知れないが、少なくともの知り合いには三人兄姉の魔法使いもいないし、黒髪の女性は母親のように見えたが、友人の母親の顔などもっと知らない。

 親友のセシリアは昔兄がいたと聞いているが今は一人っ子状態で、母親がどんな人かも知らないし、彼女自身もシルバーブロンドなので、今の人物と関係はないだろう。




「何か見えましたの?」




 アナスタシア教授が楽しそうに尋ねてくる。





「あぁ、何か、映像が。」




 トムは戸惑いのままアナスタシアを見上げると、「まぁ」と彼女は大げさに驚いて見せたが、ふっとの顔を見て目を丸くした。




「あら、貴方、フラウ・バイエルンにそっくりな目をしているのね。」

「え?」




 真面目に聞いていなかったはアナスタシア教授の言葉を聞き取れず、首を傾げる。




「予言者の、ですか?」




 トムが聞き逃さず間髪入れて聞き返す。




「先生!見たことあるの!?」




 他の女生徒がアナスタシア教授の言葉に食いつく。




「だれ?」

「有名な予言者だよ。今世紀最大の予言者とか言われてる。でも有名だったのは十数年前、彼女が在学していた時だ。」




 は知らないため、トムに聞けば、トムはすらすらと答えた。




「ドイツ人でね。在学中はグリフィンドール寮に所属していて、なのに、様々な魔法界の未来の出来事を言い当てたらしい。それに心が読めたり、過去も見えた、と。」

「それが、フラウ・バイエルン?」

「英語風に言うなら、ミス・ユースティティア・ヴァヴァリアだ。」

「よくご存じですわね、ミスター・リドル」




 アナスタシアはに説明したトムに穏やかに頷く。

 純血の名門・ヴァヴァリア家に生まれたユースティティアは実在の魔法使いで、予言者として有名だった。

 また型破りにリベラルで予言者であったのに現実主義者だった。




「あたくしがお会いしたのは一度きりですが、燃えるような長い赤い髪の女性でしたわ。」




 うっとりと言って、アナスタシア教授はを振り返る。




「・・・一瞬、貴方の大きな青い瞳が似ている気がしたのですよ。」




 懐かしそうな彼女の言葉には似ていると言われた青い瞳をぱちくりする。

 知らない人物だが、は今魔法省の人間から未来を知る予言者だの、心を読める特殊な力の持ち主だと認識されている。

 だから、同じような人物の存在に少しだけ安堵の息を吐く。




「その女性は、どうなったのですか?」




 はアナスタシア教授に尋ねる。すると途端に彼女は表情を曇らせた。




「・・・亡くなられたわ。争いに巻き込まれて、そのまま。」




 アナスタシア教授は本当に悲しそうに呟くように言う。




「特別な力を持つというのは危険なこと。それは誰であっても変わらない。ましてや、予言者は闇払いではないわ。」




 重要で特別な力はあるけれど、戦う力があるわけではない。だからこそ、抗うことは出来ずに死んだ。

 は口を半開きにし、自分と同じような力を持った女性の末路に表情を凍り付かせる。

 それはあまりに苦難ばかりの未来を示す導だった。




In future, the suffering will wait for you.