に告白したのが7年生のグリフィンドール生のミュラーだとトムが知ったのは本当にすぐのことだった。
がそいつと楽しそうに話をするようになったからだ。
ミュラーは混血の一族の息子で、既に就職も魔法省に内定しており、今年度も監督生というなかなかの優等生だった。
穏やかなの性格を知るミュラーは、別に焦る気もないらしく、が告白への答えを保留にしていることも、認めているらしい。
友人からとでも考えているのか、彼はに声をかけ、よく話すようになっていた。
「同じ寮だから、仕方ないと言えばそうなんだけどね。」
合同授業で同じとは言え、トムとは違う寮だ。
それに比べてミュラーは7年生とはいえ同じ寮だから、談話室などで会話する機会もあるのだろう。
面白くない、と言うより自分のものをとられたようで苛々すると言うのが、トムの感想だった。
「、合同授業だよ?」
トムはミュラーと話すに声をかける。
「あ。ちょっと早いけどもう時間かな。」
は自分の持つ懐中時計をチェックして、慌てた様子で本を抱え直した。授業には三〇分ほど早いが、打ち合わせなどをしていたらそのくらいかも知れない。
素直なは元々ほとんどトムの言うことを疑わなかった。
「もう行くのかい?」
ミュラーは残念そうに目尻を下げる。
「ごめんなさい。次は呪文学で合同授業なので、失礼します。」
は頭を下げてミュラーに言った。だがミュラーはとの会話を少しでも伸ばしたいとでも言うように次の約束を取り付けようとした。
「そうなのか。授業の後は暇?」
「えっと・・・。」
はどうだったっけ?と思い出そうとする。
「宿題、合同授業の宿題はどうするの?」
ミュラーとの会話に、トムは割り込んだ。
それ程急を要するものではないし、いつもトム一人でやってしまうことが多いのだが、言えば、は「あ、そうだった。」とあっさりと納得した。
「そう、残念。また明日。」
ミュラーは残念そうに肩を竦めてトムを見たが、にそう言って、次の授業の用意をすべくグリフィンドール寮の方へと歩いて行った。
元々グリフィンドール寮なので、談話室など二人になれないところでも良ければ、会う機会はいくらでもあるのだ。
ミュラーが焦っているような様子はなく、それが面白くなくてトムは眉を寄せた。
「呪文学に行くよ。」
少し素っ気なく言って、より一歩先を歩き出す。
「ま、待ってよ!」
は早足のトムに慌ててついて行く。
背が低いと背が高いトムではどうしても足のコンパスの差が大きく、はトムの早足に小走りになっていた。
「ミュラーと遊んでいる暇があったら、勉強した方が良いよ。」
トムはふと立ち止まり、冷たくに言う。
「うっ、ご、ごめん。」
成績は非常に悪く、いつも合同授業のレポートなどをトムに任せきりにしているは返す言葉もなく思わず俯いた。
「わ、わたしも合同授業のレポート頑張るよ。」
迷惑をかけていることも多いのだろう。
はトムのローブを掴んで、ひっぱって、謝った。いつもなら許されるその仕草も、今の苛立つトムには逆効果で、すぐにその手を払われた。
「君がやるより僕がやった方が早いに決まってるだろ。」
吐き捨てるような言い方だったが、先ほどの勉強しろという会話との繋がりがなく、はきょとんとした。
トムは理路整然とものを離す。
大抵手順と結論が繋がらないことの多いだが、そのにもトムはきちんと説明することが多かったが、今回トムは吐き捨てるようで説明する気もないようだ。
合同授業のレポートをあまりにトムに任せきりにしているため、トムがミュラーと話して遊んでいる自分に怒っていると思ったはどうも違うと言うことに気づき、戸惑う。
の馬鹿さ加減が嫌になったのか、と、が顔を上げると、トムは振り向いてを睨んだ。
「だから、なんでミュラーと」
「勉強教えてくれるって、」
ミュラーが恋愛的なものをにおわせたことは、が思う限りなかった。(気づいていないだけかも知れないが)
ただ、成績があまり良くないという話をすると、勉強を見てあげようと言われただけだ。
だがの純粋で疑わない性格が、今のトムには苛々の原因だった。
「本当に君って馬鹿だね。口実に決まってるだろ。」
「口実、なんの?」
何となく、トムが怒っているのが分かって、でも意味が分からなくて聞き返せば、トムはあからさまにため息をついた。
「本当に馬鹿。君って手段と目的が繋がらないよね。」
苛立ったように舌打ちをして、を振り返る。
「彼が君を好きだからに決まってるだろ。一緒にいる時間をとりたいってことさ。」
普通好きな相手に勉強を教えるのは、一緒にいる時間が欲しいだけの話だ。別に彼女の成績を本当に心配しているわけではない。
そのことにすらも気づけないの馬鹿さに、トムは天井を仰ぐ。
はトムに言われて、俯いて考えてみたが、いまいちぴんと来なかった。
「で、でもそれと勉強は関係ないでしょう?」
「だから君は手段と目的が繋がらないって言っているんだよ。と一緒にいるためにっ、」
「でもそれならわたしが好きなのと関係ないじゃない。」
トムの言うことに納得出来ない。
「だってトムだって私に勉強を教えるでしょう?」
は怒鳴ることもなく、いつもの間延びした声音で反論した。
トムはとペアになってからと言うもの、に勉強を教えてくれる。自身それをありがたいと思うと同時に、ミュラーに勉強を教えてもらっても、全然そこに裏があるとは思わなかった。
トムに下心がないなら、同じことをしているミュラーにも下心がないはずだ。
それを指摘すると、トムは一瞬はっとした表情で動きを止めて、呆然と漆黒の瞳にを映す。
そして彼は天井を見上げ、長い長いため息をついた。
「そう、だね。僕もおかしいのかも知れない。」
自嘲気味に彼は言って、それからを見据える。
「でも、僕の言っていることは正しいよ。」
そう言うと、が何かを言う前に、の手首をトムの大きな手が掴んだ。
「と、」
トム、と名前を呼ぶ前に、唇がふさがれる感触が脳内を支配し、は青色の瞳を瞬かせた。
「ん、」
躯を硬直させて、手に力を込めるが、手首をトムに掴まれているためびくともしない。そのまま壁に押しつけられるように追い詰められて、そのまま息継ぎをするように一度唇は離れ、また角度を変えて押しつけられる。
声はくぐもって届かない。
「ぅ、・・・ん」
苦しさに眉を寄せて、目尻に涙がたまる。一瞬開いた瞳にトムの漆黒の瞳がそのまま映る。赤い光の宿るトムの目を見れば、ぞくりと背筋が凍るのを感じた。
唇を離されると同時に、はずるずると壁を背に床へと滑り落ちそうになったが、力強い腕に支えられる。
肩で息をしていると、そっと大きな手に頬をなぞられた。
「もういいや。」
面倒くさいとでも言うように投げやりな口調でトムは言って、の額に自分のそれをそっと押しつけ、唇の端をつり上げる。
それは極上の笑み。
「おまえは僕のものだ。」
吐息すらも感じるほどの耳元で囁かれれば、に拒む術なんてなかった。
漆黒の瞳の中に宿る熱には思わず言葉を失う。トムはの躯に体重をかけるように強く、強くを抱きしめた。
I don't know love but she is mine.