誰もが想像もしなかった飛び方をしたに与えられたのは厳重注意だった。
「良いかのぉ。流石に自分が飛び込むのはいかん。」
ダンブルドアは渋い顔で医務室に寝かされているに言う。
は生身のまますごい速度で箒ごと木組みの客席に突っ込んだため、あちこちの骨にひびが入るわ、折れるわと言うすごい状態で助け出された。
一本折れた指でちゃんとスニッチを掴んでいたところが、根性だった。
「ごめんなさい。スニッチ捕まえなきゃって思ってたら、止まれなくって。」
目的を重視していたら手段の危険性に思いが至らなかったらしい。
が心配で医務室にやってきたセシリアとテオドール、自分自身の怪我が祟って医務室に行かされるようになったトムは、三人ともの近くに座って、彼女に白い目を向けていた。
ちなみにトムの怪我はクアッフルをゴールに入れた瞬間にセシリアが飛ばしたブラッジャーに左手をやられてひびが入ったからだ。
「まーすげぇわ。普通考えねぇよ。」
「でしょ?頑張ってスニッチ捕まえましたよ。」
「でも次やったら当然出場停止な。」
グリフィンドールの寮監でもあるマクシミリアン・オイゲニーは娘の所業に笑っていたが、最後に笑ったまま付け足した。
当然のご達しである。
「ついでにミス・アークライト、ブラッジャーを他人に当てるのをあまりに続けるなら、おまえも出場停止だ。」
マクシミリアンは後ろを親指で示して苦笑しながら、椅子に座るセシリアにも注意をする。
医務室の他のベッドには三人のスリザリン生が倒れている。トムも含めれば四人にブラッジャーを当てたセシリアの行為に故意がないとは誰も思えない。
「やるならもっとばれないようにやれよな。」
「マックス。」
ダンブルドアはセシリアに的外れな注意をしたマクシミリアンを諫めて、もう一度を見る。
「くれぐれも安静じゃ。良いな。」
それを言い終わると、マダム・ポンフリーと話をしながら、ダンブルドアは重い腰を上げて席を立った。
マクシミリアンも用事があるのか、共に医務室から出て行った。
残されたのは今回のクィディッチの試合で負傷した面々と、心配だけでここに来たセシリアとテオドールだけだ。
「・・・それにしても、ミス・アークライト、冗談きついよ。」
トムは息を吐いて自分の腕を押さえる。
マダム・ポンフリー曰く、薬を飲めば数時間でひびは治るそうだが、ブラッジャーに当たった時の痛みは忘れられるものではない。
「すいません。でも、ミスター・リドルがよそ見してるからですよ。」
セシリアは流石に目尻を下げたが、それでもそう反論してきた。
トムもまさにその通りで返す言葉がない。
が突っ込んだ瞬間、全員が凍り付いたのだが、セシリアは一瞬前にブラッジャーをクラブで叩いてトムに向けており、それが当たってしまった。
いつものトムなら避けていただろうが、が突っ込んだあの瞬間、全員があまりのの行動に動きを止めていたし、トム自身も彼女の行動に目が釘付けだったから、仕方がなかった。
まさか、があのスピードでそのまま一直線に突っ込むとは、誰も思わなかった。
「でも結局、引き分けでしたね。」
テオドールは感情の起伏の感じられない無表情のまま、声音だけ残念そうに言う。
がスニッチをとる本当に3分前に、トムが二回ゴールを入れていたのだ。そのため結果は引き分けだった。
「実力はこっちの負けでしょ。」
セシリアはため息をつく。
スリザリンの方の負傷者が増えてしまったのは事実だが、ずっと押されていたのはグリフィンドールの方で、の無茶苦茶がなければ100%負けていた。
「トム、飛ぶの上手だね。」
「まぁね。ほどじゃないよ。」
トムはちくりと嫌みの意味を込めて言ったが、には相変わらず伝わらなかったらしく、「飛ぶのだけは得意だよ。」と答えが返ってきた。
「でも、これは、どっちになるのかしら?」
セシリアは自分の唇に人差し指を当てて、ふふっと笑う。
は賭のことは覚えているだろうが、セシリアの比喩が理解できなかったのか首を傾げた。
トムは肩を竦めてを見る。
「はどっちが勝ちだったと思う?」
「えー?全体的にスリザリンかな・・・。」
はーとは首を振る。
もちろんの失敗ではないが、自分の寮が負けて悔しいことには変わりない。
「ふぅん。じゃあ、まぁ、二人で気が済むまで話し合ってよ。」
セシリアは、テオドールと共に立ち上がって医務室から出て行く。他のベッドの生徒は離れていて、静かに話せば声は聞こえないだろう。
「賭はどうする?」
トムはに笑って見せたが、目が真剣だった。
スリザリンが勝ったらトムとつきあう、グリフィンドールが勝ったらトムが諦める。その賭をしたのは本当に一週間ほど前だ。
「ひとまず、ミュラーの件をどうにかしてくれるとありがたいな。不快だから。」
「それはもう断ったよ。」
実際に変わった力を持つは、闇の魔法使いなどにも狙われやすい。ミュラーの告白も先日断ったばかりだ。
彼は七年生でこれから働くのだし、ホグワーツで守られるわけではない。
とつきあうのは多分危険が伴うだろう。そうは言わなかったが、ミュラーはの拒絶を受け入れてくれた。
「それに、その、ほら、トムも、この間の闇の魔法使いみたいに狙われたら危ないから、」
闇の魔法使いに狙われる、力がある。
の力を知る人間は、魔法省の一部とマクシミリアンやダンブルドアなど、一部の教授だったが、それが一部の闇の魔法使いに漏れたのだろう。
と似たような力を持っていたユースティティア・ヴァヴァリアは、争いに巻き込まれてなくなったという。周りにいる人もまた、そういうことになりかねないのだ。
「それが断る理由?」
トムはに尋ねる。
「う、うん。」
「じゃあ問題ないよ。僕はホグワーツ始まって以来の秀才だ。ホグワーツにいる間は君も僕も教授達に守られる。卒業する頃に僕は最高の魔法使いになってると思うよ。」
楽観的なトムの意見に、は目をぱちくりさせる。
「え、で、でも、」
「何も問題ないじゃないか。僕は君がミュラーと話していると苛々するんだよ。」
トムとしてはが好きなのかと聞かれても、実はよく分からない。
ただが他の男にとられるのは苛々する、不快でたまらないし、心乱される感覚が気持ちが悪いというそれだけだ。
まさにトムにとって、は自分の“もの”だ。
彼女の意思を尊重するとか、そう言ったことを考えたことはないが、ひとまず彼女が誰かのものになり、自分との時間が邪魔されるのも、彼女が別のものに気をとられるのも嫌だ。
嫉妬深い、と言われれば確かにその通りなのだろう。
そこに介在するのが愛なのか、恋なのか、ただの執着なのか。
トムには分からないまま、戻れない場所に来てしまっていた。
I can not return.