「アクシオ?・・・来ないよ?」




 3,4年生の合同の呪文学で、4年生と共にやらされているは杖を振りながら小首を傾げた。

 アクシオは一応4年生で習う呪文で、合同授業だから習うのだが、どうにもには荷が重いようだった。




「・・・そんな疑問系で言ったら杖もどっちかわからないわよ。」




 隣のセシリアは呆れた様子でを見る。




、もう一回やってみたら。ほら、こうだよ。」




 トムは杖を軽く振ってみせる。はトムの杖の動きをじっと見ていたが、小首を傾げて、もう一度言った。




「アクシオ・・・?」




 語尾に自信のなさが溢れていたせいか、近くに来るはずのコップはじりじりと2センチ程動いただけだった。




「・・・うーん、呪文の言い方の問題じゃないかな。」




 トムはの頭をくしゃくしゃと子供にするように「がんばれ」と撫でつける。




「あはは、は相変わらずだなぁ。」




 セシリアの合同演習のペアである4年生のアウグスト・ツァウベライ¬=バイエルンはグリフィンドールの寮生で、慣れていることもあって明るく笑うだけだった。

 鮮やかな赤毛に青い瞳の彼は、5年生の監督生のヘルマンの親戚で、予言者のユースティティア・バイエルンの従兄弟でもある。

 有名な純血の一族出身者だ。

 ただ少し変わった人物で、多くのものがスリザリン生であるにもかかわらず、彼はグリフィンドールとなった。ちなみにバイエルン家の中でグリフィンドールに入ったのは、アウグストと、かつてのユースティティアだけであるため、いろいろ言われるところがあった。




「俺たちはやった呪文ばかりだから、楽だけど、3年生はそうでもなもんな。」




 アウグストはトムに笑って、を慰める。




「ま。でも、案外簡単な呪文みたいだけどね。」




 セシリアは本の上に頬杖をついていた。

 既に彼女は「アクシオ」を上手にすることが出来、問題ないので、もう授業には興味なさげだ。向こうではトムの友人でもあるミスター・ブラックがうまく出来たと教授から点数をもらっていた。




「ミス・・ダーレイン!」




 突然呪文学のフリットウィック教授がを呼ぶ。




「ミス・ダーレイン、アクシオ、ですぞ。」




 小柄な体躯の教授は、に杖を振ってみせる。

 彼の授業は非常にわかりやすく、大方の生徒が落ちることはほとんどない、が、は補習の常連者だった。




「は、はい。」




 はいかにも渋々といった様子で席を立つ。

 教授の机にあるコップを呼び寄せるだけの本来なら簡単なはずのものだが、正直荷が重すぎる。は一つ息を吐いて、杖を振る。




「落ち着いて、こうだよ。」




 トムがにこそっと言う。

 皆が失敗を恐れてか、はたまた楽しみにしてか、話をやめての動向をじっと窺っている。




「う、うーん。アクシオ・・・」




 いかにも自信なさげな小さな声が、辺りに響き渡る。




「頭下げて!」






 次の瞬間、トムが叫んで、の頭を無理矢理押さえた。




「え。」




 何もついて行けぬままに尻餅をつく形になったの頭上を、大きな棚が飛んでいった。トムの助けで何とかは事なきを得たが、その棚はの後ろの席にいたスリザリンのミスター・フォスナーに当たった。

 フォスナーがひっくり返ったすごい音があたりに響き渡る。




「・・・、」




 一瞬沈黙が辺りを支配した後、フォスナーのうめき声と当たりの悲鳴に教室内が騒然とする。




「オーディア。」




 英語でセシリアが暢気に「あら、」と呟いたのを聞きながら、は目眩がした。

 コップの隣にあった棚の方にどうやら呼び寄せをかけたらしい。自分の中でも先ほどからコップよりも変な飾りのついた重そうな棚が気になって仕方がなかったのだが、そちらを無意識に呼び寄せてしまったようだ。




「大丈夫ですか!ミスター・フォスナー!これは医務室へ行かねば。」




 教授は慌てた様子でフォスナーを見て、ペアだった生徒と一緒にフォスナーを運んでいく。




「これで今日の宿題はなしかな。」




 にっと後ろから笑ったのは、と同じグリフィンドール寮で同い年のヘーゲルだ。口々にグリフィンドール寮生はを誉めて席を立つ。

 おそらくあの感じだと、授業時間内には帰ってこないだろうし、宿題も教授は忘れたままだろう。




「ある意味、すごいじゃない。棚の方がでかいわよ。」




 セシリアはを軽い調子で慰めて、教科書をしまっていく。




「・・・次の成績が怖いよ。」

「大丈夫でしょ。フリットウィック教授なら、クリスマス休暇が終わる頃には忘れてるわよ。」

「そ、それを願うしかないなぁ・・・。」




 は小さく息を吐いて、教科書をまとめた。




「そういえば、クリスマス休暇はどうするんだ?」




 トムは思い出したようにに尋ねる。




「うーん。あー、テオドールがオイゲニー家に遊びに来ないかって言われたけど。友達も連れて。」

「え!良いな!?私が行きたいわよ!」

「え?」





 あまりの勢いで食いついてきたセシリアを振り返ると、彼女は緑色の瞳を輝かせてを見ていた。




「僕も行きたいよ。」




 トムが珍しく即答するので、はますます分からず首を傾げた。




「え?なんで?」

「知らないの!?グリフィンドールの虚空よ!?」

「え?何それ?」




 全く聞いたことも無いような話だ。




「グリフィンドールの虚空、って言うのは、オイゲニー家が住むヴィクトリア城がある場所で、朝と晩だけ出現する天空の城だよ。」




 トムはに説明をする。

 オイゲニー家は長らく続く家柄であり、中世の頃よりあると言われるが、基本オイゲニー家の直系以外が使うことはなく、また朝と晩だけ姿を現す特殊な地域であるため、魔法使いでもなかなか入ることの出来ない場所だった。

 ましてやオイゲニー家の私有地である。




「それ、誰でも行ってみたいだろ。」




 当たり前のようにトムに力説され、は押されるような形で納得するしかなかった。

 正直はマグルの元で育っており魔法界のことに疎ければ、勉強する気もないので、そんな魔法族の一族云々のことなどほとんど知らない。

 には寮監のマクシミリアンのことは先生として尊敬しているし、弟に当たるテオドールのことも優しい友人だと思うが、家族としてはやはり離れていた時期が長すぎて受け入れることが出来ない。

 だからあまり行きたくないと思っていたが、友人達はそういうわけではないようだ。




「行きたい!ねー、、良いでしょ!?」




 セシリアが珍しくに詰め寄る。




「そうだよ。なかなか行けるような場所じゃないんだからね。」

「え、あ。えっと。う。うん。」




 がトムに押されるような形で頷くまでに、長い時間はかからなかった。


Dream island