目の前にいたのは巨大な尻尾だった。は尻尾を順番にたどって頭の方を見上げれば、頭だけでと同じくらいのサイズがありそうなドラゴンだった。

 黒い体毛に包まれたこのドラゴンは、多分ドラゴンの中でも大型だろう。




「オイゲニー=マクロ種、オイゲニー家の住まうグリフィンドールの虚空に生息するドラゴンさ。」




 トムはに説明をした。

 ちなみにドラゴンの後ろには馬車がある。二匹の巨大なドラゴンが馬車を引くわけだ。荷物を持って馬車の中へと入っていくと、中は魔法のためか驚くほど広々していて、ベッドやらカウチ、キッチンやトイレなど最低限の生活用品があり、綺麗に整えられていた。





「荷物はあちら側においてください。ちなみに夜には着くのですが、入り口が開くのは朝の八時ですので。」




 テオドールは相変わらずの無表情で説明して、自分の荷物を中へと運び込む。




「すっごいわねー。」




 セシリアもテンションが上がってきたのか、珍しくはしゃいだ声音で言って荷物を持って中へと入っていった。




、宿題持ってきたよね。」





 トムがじとっとの方を振り返る。




「うん。持ってきたけど、」




 やる予定はない、とは返さなかった。

 ただ基本的にの成績は頗る悪く、お世辞にも頭が良いとは言えないので、宿題を真面目にやったところで、どの程度評価されるかは怪しいところだった。




「ま、勉強も見てあげるよ。」




 トムはの頭を慰めるようにくしゃくしゃと撫でて、中にの荷物も運び込む。




「父は、一足先に帰っているので、一応4人です。部屋は適当に使ってください。といっても、いまいち仕切りはないのですけど。」





 テオドールが適当に説明していく。

 暖炉のある中央の部屋に沢山のハンモックやカウチがあり、それで眠るということだろう。毛布など寒さをしのげる装備はあるし、暖炉も大きく温かそうだった。



「今日の晩を含めて、領地が現れるまでここでのんびりと過ごしてもらうことになります。ゆっくりくつろいでくださいね。」




 テオドールはカウチに座って、クッションを自分の背中の所に敷くと自分の本を広げた。

 どうやら彼はまだ背が小さいので、カウチの背もたれが少し遠いらしい。は何となく楽しそうなので、ゆらゆら揺れるハンモックの方を占領することにした。




「テオドールはいつもオイゲニー家にクリスマスは帰るの?」




 はハンモックからテオドールの方を見下ろして尋ねる。




「そうですね。大抵は。父上はクリスマスは盛大にやりたいそうなので毎年それにつきあわされましたね。」

「小さい頃から、テオドールはそ、その・・・父さんと一緒にいたの?」





 まだマクシミリアンが父と分かってからあまり時間がたっていないのでなかなか“父”という呼称が恥ずかしくて、押し出すように口にする。

 でも、自分でも声が震えているのが分かった。




「そうですね。」




 テオドールはの質問の意図を察して、紫色の瞳を本から離してを見上げた。




「父上の弟も、軽く気違いですからね。義理の妹は、良い人だったのでしょうけど」




 なんの感情もこもらない、いつも通り平坦なあっさりとした言葉だった。

 テオドールは一応戸籍上はの弟に当たるが、神隠しの娘としては別の場所で育ったため一緒に暮らしたこともない上、彼も実はマクシミリアンの養子であり、実際にはの従弟だった。

 だから、彼の今言った「父上の弟」は実際にはテオドールの“実父”であり、「義理の妹」は“母”のことだろう。





「お母さん、は、どんな人?」




 は気になっていたことをテオドールに尋ねる。

 彼ならばの母のことをよく知っているだろう。彼は少し考えるようなそぶりを見せてから、軽く紫色の瞳を伏せた。




「貴方の母は、人の良すぎた人、ですね。」




 過去形の言葉に、は首を傾げて不思議に思ったが、聞けるほど軽い雰囲気ではなかった。

 彼にも彼なりに母に対する思いがあるのだろう。

 が未だに自分を育ててくれた義母を敬愛しているように。





「皆さんついたら驚かれるでしょうね。」




 ちらりとテオドールは今回の客人であるトムやセシリアに目を向ける。




「なんか不思議なお城らしいね。」




 トムは笑いながらテオドールのカウチの背もたれに肘をついて彼との話に参加する。




「本で読んだことはあるけど、僕もよく知らないから楽しみだよ。」

「・・・それは光栄ですね。ただ、ホグワーツとも少し違いますから、あそこで育つと苦労しますね。」





 マグル出身であればホグワーツの動く階段やシステムの違いに戸惑い、最初は慣れないのだが、テオドールは家が魔法まみれだったため、ホグワーツに入ってから苦労したらしい。




「まさか死ぬなんてことはないよね。」




 一応確認するように、トムはテオドールに珍しく真剣な顔で尋ねる。





「ありますから、気をつけてくださいね。」




 テオドールは顔色すら変えずに、さらりと言った。

 元は要塞だというグリフィンドールの虚空にはいくらでも人が簡単に死ねる仕掛けがいくらでもある。

 それを言葉で示された途端、トムと、それ片耳で聞いていたセシリアがちらりとの方を見た。





「え、何?」

「くれぐれも気をつけてね。」





 トムは哀れむような視線をに送る。

 方向音痴、いらないことしい、魔法力も間違いなくこの中で一番低いであろうが有事に巻き込まれる可能性は一番高い。と言うか、間違いなく何かあるならだろう。





「そんなに危ないの?」

「まぁ、あまりいらないところの紐とか、部屋の扉とか、触らない方が良いと思います。」





 テオドールは少し困ったように目尻を下げて、紫色の瞳をふわふわと宙に浮かせた。

 なら十分にやりそうなことで、トムも珍しく彼に素直に同意できそうだったが、ふと浮かんだ疑問に顔を上げた。




「テオドールは、ずっとヴィクトリア城で育ったのかい?」

「そうですね。基本的にずっとあちらで。」

「でもマクシミリアン教授は随分前からホグワーツの教師だろ?」




 父親であるマクシミリアンはホグワーツの教授であり、グリフィンドールの現在の寮監だ。

 休みの時期はともかく、日頃は学生の授業にあわせてホグワーツで過ごしている。ヴィクトリア城に帰って来るわけではないため、幼い頃にテオドールがヴィクトリア城にいたのなら、父親であるマクシミリアンとともにいる時間は長くはなかったはずだ。




「そうですね。」




 トムの指摘にあっさりとテオドールは頷く。




「母にも妹がおりまして、そちらに。良い方ですが少し抜けた、叔母上で・・・」




 珍しく彼の無表情がぴくりと動いて、嫌そうな顔に変わる。




「抜けた?」

「えぇ、雅やかな方ですよ。変わり者ですけど。」




 オイゲニー家は変わり者輩出率が高いことでも有名だ。

 ただ、十分変わっているテオドールが変わり者だというのだから、相当なのだろう。会いたくないなと全員が思ったことは言うまでもない。






They are strenge