ヴィクトリア城は朝8時に上空に現れた。
「・・・」
言葉もなく、はぽかんと口を開く。
雲の中から現れたのは、沢山のドラゴンが飛び交う大きな陸地の塊だった。緑やら畑やらがある中に、ぽつんと城が建っている。
それが皆が言うヴィクトリア城だろう。
ドラゴンは迷わずそのヴィクトリア城へと飛んでいく。
眼下に広がるのは畑や、そこで働くしもべ妖精達の姿で、12月とあって少し雪も見えたが、比較的ホグワーツほど寒そうではなかった。
「これが、ヴィクトリア城。」
造りは白い煉瓦が重ねられているが、要塞といった面持ちだ。塔がいくつもあり見目麗しいが、イメージとしては中世の要塞である。
「すごいね。」
トムも流石に感動したのか、興奮気味の声音で眼下を見下ろしている。
「少し揺れますから、落ちないでくださいね。」
テオドールが声をかけると、ドラゴンが急降下し、ヴィクトリア城へと向かっていく。は落ちそうになったが、幸い隣にいたトムが支えてくれたおかげで事なきを得た。
「すっごいわ!全然うちと違う!」
セシリアも古い家の出身だが、それでもヴィクトリア城の様子はかなり自分の家とは違うらしい。
は目をぱちくりさせながら、ヴィクトリア城の広場へと近づくのを見ていた。
「荷物は置いておいてください。しもべ妖精達が運びますので。」
テオドールはやトム、セシリアに声をかけて、手ぶらで下りるように言う。
ドラゴンが地面へと着地する時少し大きな振動があったが、それ以外は別に何事もなく、馬車は着地した。
「足下気をつけてくださいね。」
石畳に足を取られそうになるをテオドールは心配してから、出てきた人影に顔を上げる。
「テディ!!」
そう言って勢いをつけて抱きついたのは、赤毛の女性だった。小柄なテオドールは無表情のままそれでも尻餅をついて石畳に倒れ込む。
「テディ、大丈夫なの?虐められてない?元気にしている?風邪は?」
女性は抱きついても満足できないらしく、せわしなくぺたぺたと頬やら躯を確認していたが、はたりとに目をとめ、ぱちぱちと青い瞳を瞬いた。
も同じ色合いの瞳を瞬く。
「・・・・・・なのね!?」
「え?」
突然言われて、はついて行けず軽く小首を傾げた。だが女性は遠慮など欠片もなく先ほどと同じ勢いで、に抱きついた。
「わっ!」
当然は二人分の体重を支えられるはずもなく尻餅をつく。
「!!大きくなって!!」
思い切り揺さぶられ、は目が回る思いがした。頭ががんがんするが、されるがままになるしかない。
「エイレーネー!」
テオドールが叫ぶと、はたと我に返ったように女性はから離れた。
「彼女はエイレーネー皆からはレーニと呼ばれています。母の妹、です。」
テオドールは乱れた服や髪を直しながら、に説明する。尻餅をついていたはトムによって抱き起こされて、立ち上がる。
「ご、ごめんなさい。あんまりに嬉しかったから。気を悪くしないで頂戴。」
頬に手を当てて、しとやかに彼女は言う。
長い赤毛に大きな青い瞳、背は小柄だが、面立ちは確かにとどこか似ているところがあった。
要するに彼女がの母の妹、叔母にあたるわけだ。
「マックスから見つかったって聞いた時から、一目で良いから会いたかったのよ。予想外に可愛くなってたけど、青い目が一緒だったからすぐにわかったわ。」
エイレーネーはふわりと笑って見せた。その抜けたような笑顔は、にも少し似ているところがある。
「ひとまず、中に入りましょう。こんなところで話していても仕方がないわ。」
彼女はそう言って、達に手招きをする。
トムと、セシリアは顔を合わせてから、彼女について行くことにした。広場の奥はすぐに長く続く廊下になっており、二つ目の扉開けると螺旋階段のある玄関へと入った。
高い天井にすばらしい、きらきら光るシャンデリア。
「すごい。」
小さな子供のドラゴンが飛び回る高い天井に感嘆の声を漏らすしかなかった。
「えっとお部屋はこっちを使ってもらおうかしら。3人とも同じ部屋が良いかしらね。」
エイレーネーは独り言を口にして、玄関近くにあった扉を開く。
するとそこは大きな廊下に繋がっており、その廊下に面した一室の扉を彼女は開けた。壁紙はすべてえんじ色で文様が描かれており、三つのベッドの上には天蓋もついている。
こった彫刻のテーブルの上には果物がのせられていた。
「そこのベルを鳴らせばしもべ妖精がくるから、朝食がまだなら呼べば良いし、夕飯までは呼び出すこともないから、気軽に、のんびりしていてね。」
そう言ってエイレーネーはあっさりした様子で部屋を出て行った。
残されたセシリア、トム、は驚きに最初は硬直していたが、ベッドの上にすぐに身を投げた。
「すっごい!見た!あの小さなドラゴン!しかもここ、空の上よ!?」
セシリアがハイテンションのままに笑う。
「うん。見た。すごいね。」
はセシリアの言葉に同意して、先ほどの光景を思い出す。
少ししか見ることが出来なかったが、どうやらヴィクトリア城とその領地は空の上にあるらしい。
「陸地が空を飛べる魔法か。古代魔法なのかな。すばらしいね。」
トムも興味に目を輝かせる。
いったいどんな魔法を使えば、陸地を何千年も浮かせることが出来るのか、大きな謎だったし、十分に解明するのに議題としても相応しいものだった。
それも一定の時間が来れば、異空間に隠れるおまけつきだ。
「オイゲニー家ってすばらしいわ!図書館とか見せてもらえるかしらね。」
セシリアは興奮した様子のまま言うが、としてはあまり興味のないところだった。
「どうしたの?。」
あまり元気のないを心配して、トムがの顔をのぞき込む。
「うん、エイレーネー、だったっけ。あの人、お母さんの妹、なんだね。」
綺麗なまっすぐの赤い髪と、青い瞳の印象的な人だった。
本当の母は、彼女に似ているのだろうか。
は自分の母の記憶がない。気づけば既に孤児院にいて、常に孤児院から自分を拾い上げてくれた義母のことを思ってきた。
おまえは別の世界にいて、本当はこの時代に家族がいるのだと言われても、ぴんと来なかったし、 戸惑いの方が大きかった。
義母のことを忘れたわけではない。でも、実の母がいると聞けば会いたいと思う。それは素直な気持ちだ。
「確かに、青い瞳はと同じだったわね。綺麗な、濃い青色。」
セシリアがの大きな目を示して言う。
「そ、そうかな。」
「うん。そうだね。黒髪はマクシミリアン教授に似たんだろうけど、彼はハンサムで大人びた顔立ちをしているから、君はお母さんに似ているんじゃないかな。」
トムも笑っての黒髪を撫でる。
確かに父だというマクシミリアン教授は黒髪の持ち主だが、のように童顔ではない。母が童顔だったんだろうか。
そう思えば、母という存在が酷く恋しくなった。
We miss mother and family