セシリアが城の探検に出かけていくと、荷物を片付けていたトムと疲れてぐったりとベッドに横たわっているが部屋に残されることになった。




「大丈夫?。」

「うん。ちょっとはしゃぎすぎた。」




 楽しみにしすぎて夜眠れなかったらしいは、少し疲れたような顔をする。




「お水でももらう?」



 ベッドサイドにはしもべ妖精が用意したのか、水が置かれている。

 飲んでも大丈夫だろう、とトムがに差し出すと、彼女はそれをあっさりと受け取った。



「おばさんに会えて良かったね。」



 トムは柔らかく笑ってに声をかける。

 エイレーネーと言う名のの母方の叔母は彼女とよく似た雰囲気で、まっすぐの赤い髪と快活な青い瞳の優しそうな人物だった。





「お母さんも、似ているのかな。」




 は言葉を口に乗せる。

 義母のルイーゼのことを忘れたわけではないが、それでも実母への郷愁は押さえられるものではない。




「かもね。というか、エイレーネーに似てるよね。」




 トムはの絡まりやすい波打つ黒髪を撫でる。




「そう?」




 にはよくわからず、首を傾げるとトムの手がするりとの目元をなぞった。




「青色の瞳がそっくりだった。君のお母さんも綺麗な青色の瞳なんだろうね」




 叔母だというエイレーネーはやはりに似ていて、多分彼女の母親も同じなのだろう。

 父親であるマクシミリアンが黒髪だからは黒髪だが、きっとその瞳の色合いは母親と通じるものがあるはずだ。




「オイゲニー家は昔ながらの一族だから、当主夫人である君の母親もきっと名門の出身じゃないかな。」





 どこの家かは知らないが、普通に考えて天下のオイゲニー家の当主夫人だ。

 妹のエイレーネーの名字は聞かなかったが、間違いなく名門の出身者に違いない。魔法界では常に普通のことだ。





「なんか、怖くなってきた。」





 は珍しく目尻を下げて、こつんとトムの肩に額を預けた。





「どうしたの?」

「うん。なんか、とんでもないところに来た気がする。」




 優しそうな叔母に会えたのは確かに嬉しかったし、お城もすてきだと思うが、酷く場違いなところに来た気がした。

 本当はここに来てはいけなかったのではないかと不安になる。





「どうして?良いじゃないか。なんと言ってもオイゲニー家の娘だよ。」





 父母すらわからぬトムにとっては正直羨ましい限りだ。





「・・・でも、ここ、要塞みたいだもの。」




 はぽつりと呟いた。

 事実ここは中世においては要塞であり、魔法族達の闘争の度に一族はここへと引きこもり、身を守っていた。

 そういう場所だ。だが、今は争いもなく、それが怯えに繋がることはない。




「昔の話だよ。それに、そんな危ないことなんてないさ。」




 トムは極力軽く笑った。




「・・・でも、これからも、使われるかも。ぁ。」




 は元の世界にいた頃を思い出す。

 がいた世界にはかつて『例のあの人』と呼ばれた恐ろしい魔法使いがいて、同じ学年で同じ寮生だったハリー・ポッターによって行方不明となったと聞いている。

 昔はさぞかし怖かったと、そういえばマクゴナガル先生からも聞いていた。





「あれ?」





 マクゴナガルと言えば、より2年年上の監督生だ。

 同じグリフィンドールの寮生で、冷たいがよくを気にかけてくれる。ただ、教授ではない。




「あれれ、」





 魔法省の人々は、を健忘症だと言った。の記憶は健忘症だから妄想が作り上げた品だと。だから義母の存在も、育った場所も嘘っぱちだと言った。

 は元々いた世界では1981年生まれと言うことになっていた。だが、この世界はにおいて、は1927年生まれだ。

 今から50年もたてば、今は学生のミス・マクゴナガルが教師になっていると言うことは十分に考えられる。

 そういえばダンブルドアは、両親が誰か分かった時に、それでも義母に会いたがるに「いつかその場所にたどり着くこともあろう。」と言った。


 そして、の昔話に長い間つきあうこともあった。





「・・・、」





 1990年代のホグワーツにおいて、既に父のマクシミリアンは教授職から退いていた。何かあったのだろうか。

 “例のあの人”がいた頃はたくさんの魔法使いが殺されたと聞いている。

 彼は闇払いでもあり、殺されている可能性も十分にある。





「どうしたの、何か不安でもあるの?」






 トムは黙り込んでしまったに優しく声をかける。おそらくの憂鬱は母に会うという精神的なものから来ているだけだろう。だからこそ、トムは何でもないことのように笑って見せた。





「大丈夫だよ、怖いことなんて何もないさ。」




 一応、ミュラーの告白を断り、トムと共にいるようになっただけれど、その関係は恋人と言うにはあまりに希薄だった。

 トムもが他人の心奪われるのが嫌だったため、ミュラーとつきあうと聞いた時は心乱されたが、その危険がなくなると、側に置いておくだけで満足だった。

 恋愛的な関係を、求めたことはない。

 だから、がトムに寄りかかるのは結局、彼女が甘えたい時の、ただの子供のようなものだった。

 トムには兄妹はいないし、愛された記憶もない。

 正直が何を望んでいるのか、何も望んでないのかそれすらも分からなかったが、トムは自分にが依存することには大歓迎だった。





「別に閉じ込められるわけじゃないし、いざとなったら助けてあげるよ。」





 トムはが不安がらないように、ぐしゃぐしゃとわざと髪の毛を乱して頭を撫でてやった。

 彼女はじっと青い瞳でトムを見上げていたが、ドアの方から音がしたのでぱっと顔を上げた。





「セシリア?」




 探検に出かけたセシリアが戻ってきたのかとドアにトムが目を向けるとそこにいたのは、長い赤い髪の女性だった。




「エイレーネー?」




 先ほど見たの叔母かと思ったが、車いすに座っているのか、背が低い。

 長い赤い髪に青い瞳、ドアを開けたままの状態で固まったその女性は、トムとに驚いたのか目を丸くして、すぐに扉を閉めた。





「・・・え、待っ、」






 が慌てて立ち上がり、扉を開けたが、そこにあったのは前にあった廊下ではなくて、整えられた本棚ばかりが並ぶ部屋だった。





「・・・・あ、れ?」 




 とトムは少なくとも城の廊下からこの部屋に入ったはずだ。

 なのに、いつの間にか扉の向こうに広がるのは、本棚ばかりの図書館のような部屋だった。は戸惑いのあまりトムを振り返るが、彼だって分かるはずがない。





「あれ?どうしたんですか?二人して。」





 本棚の間から顔を覗かせたテオドールはさも当たり前のように、口を半開きにして事態を飲み込めないとトムに首を傾げて見せた。



I wonder where is here