クリスマスの朝、朝食に下りてみるとそこにいたのは車いすの女性だった。





「あ、あの人。」





 は顔を上げて、彼女を凝視する。

 前、部屋に入ってこようとした女性だった。赤くまっすぐな髪に、ガラス玉のように美しい青い瞳。歩けないのか、ただ車いすに乗って、膝の上で手をそろえている。

 の母の妹だという、エイレーネにそっくりだ。





「あの・・・」




 わたしの、お母さんですか?とが尋ねようとしたが、先に口を開いたのは彼女だった。





「・・・黒い、」

「え?」





 呟かれた言葉の意味が分からずは彼女を見つめる。だがガラス玉のような彼女の大きな青色の目はを通り越して、後ろにいるトムを見ていた。彼女の瞳には感情らしい物は全くないのに、口から操られるようにすらすらと言葉が出てくる。





「闇が見える。遠い、闇。でも、近く。」

「・・・?」





 トムはいかにも不機嫌そうに眉を寄せて首を傾げる。






「母さん、戻りましょう。」






 別の扉からやってきたテオドールが静かな声音で、女性に言う。





「・・・でも、黒いの。たまってる。わたしの中にも、同じ、もの。天秤はもう、ないから。」

「貴方の中にはないものですよ。」

「でも、平穏はなくなってしまったの。わたしは。」

「部屋に戻りましょう。」





 言いつのる女性にテオドールははっきりと告げて、車いすを押していく。





「・・・だめか。」





 の父親であるマクシミリアンは、小さく息を吐いてくるりと持っていたペンを回した。

 忘れていた分のクリスマスカードを書いていたのだろう。彼は紙切れと本、ペンをまとめて近くのしもべ妖精に渡す。テーブルの上にはクリスマス用の賑やかな色合いの食事やクリスマスプティングも並んでいた。





「えっと・・・」




 はトムやセシリアと顔を見合わせながら、言葉が見つからずどうしたら良いのか分からないままマクシミリアンを見る。





「おまえの母親だよ。ごめんな。」





 あっさりとマクシミリアンは言った。






「お母様?」

「そ。ディケーだよ。おまえの母親。ちょっと色々あってな。」





 複雑な状況であることはも何となく分かっていたが、親子という感覚もない。実母ってこんななのかと、少し落胆する。





「・・・あの、何か精神的な?」





 トムは躊躇いがちにマクシミリアンに尋ねる。





「あぁ。身体的にも精神的にもどっちも?昔は強かったんだけどな・・・。仕方がないさ。」





 マクシミリアンは軽い調子で言って、一度ぱんっと自分にあきらめをつけるように手を叩いて、やセシリア、トムに席を勧めた。

 釈然としないのは全員だったが、それでもは大人しく座ることにした。





「大丈夫?。」





 黙り込んでしまったにトムは心配そうな顔をする。





「うん。だって、何もなかったわけだし。」





 あの人が自分の実母だと言われても、言葉を交わしたわけでもなく、抱擁があったわけでもない。期待はもちろんあった訳だけれど、実際になってみての心を支配したのはやはり戸惑いで、少しの落胆も確かにあった。





「あ。おまえ、気をつけた方が良いぞ。」





 マクシミリアンは思い出したようにトムに笑う。





「何がですか?」

「え?さっきディケーが言った言葉だ。あいつの予言は当たるぞ。」

「あの言葉って、どういう意味なんです?」

「さぁな。お先真っ暗、とか?」





 ふざけた調子でマクシミリアンは答えてみせる。

 魔法使いの中には僅かなりとも力がある人もいるのかもしれないが、要するに彼は予言を当たると言いながらも、重視していないのだろう。トムも正直同じだった。占い学なんて言うのはトムにとって一番縁遠いものだ。


 そんな物を信じるより、確かな魔法力をつけた方がずっと良い。





「・・・母さん、一応のことも気にしているようですね。」





 母親を部屋に戻してきたテオドールはいつもの無表情に複雑そうな色合いを見せながら、部屋へと戻ってくる。





「前にアークライトのうつけが来た時もそうだっただろ?あいつは昔から予言の相手は気にする。」





 マクシミリアンは息子に何のことはないと返した。

 別に子どもだと理解したからを気にしているわけではない、ということだ。

 “アークライトのうつけ”とは、セシリアの勘当された兄のことだろう。の母達とセシリアの兄が同級生だったというのはもう既に聞いた話だ。





「え?なんて言ってたんですか?」




 セシリアは自分の兄が何を言われたのか気になり、少し不安げな顔をするとマクシミリアンは肩を竦めて首を振った。





「別に悪いことじゃないさ。アークライトから消えて光る的なことを言ったから、あいつ闇払いだったし、みんなでびびったって話さ。」





 セシリアの兄とマクシミリアンは同時期に闇払いだったため、同僚だった。

 初めて予言を聞いた時は恐ろしく思ったに違いない。アークライト家から消えて光になると言われれば、闇払いとして英雄的な死でも迎えてしまうのかと恐れた。

 ただ単にマグルと結婚してアークライト家を追い出され、挙げ句子どもを儲けて幸せ生活・・・なんて誰が想像しただろう。






「足がお悪いようですが、何かあったんですか?」






 トムがの疑問を代弁するように問う。





「まぁな。」





 マクシミリアンは少し悩んだ末に曖昧な答えを返し、席に着いた。

 テーブルの上にはきらびやかな沢山の料理と、天井にはシャンデリア。酷く明るく、美しいのはクリスマスだからだけではないだろう。





「さて、暗い話はやめて、とっとと席付けよ。」





 微妙な雰囲気のやトム、セシリアにマクシミリアンは笑って、さも当たり前のように言う。





「にぎやかなクリスマスは嬉しいわ。」






 エイレーネは来客がいることに明るく笑って、目の前の七面鳥を指で示す。






「わたしが用意したのよ。是非食べてね。後でクリスマスプティングもあるから。」

「クリスマスプティング好き。」





 は手をそろえて喜ぶ。

 義母が作るクリスマスプティングが大好きだったにとって、エイレーネの話は素直に嬉しいものだった。





「・・・クリスマスプティング、ね。」





 トムはぴんと来ないのか、少し目をそらして呟いた。

 孤児院となればいろいろともめ事もあり、クリスマスプティングなどあってないようなものだ。クリスマスも酷く義務的なもので、楽しみとも言えない。暇で裕福な人間達が、プレゼントというエゴをくれるだけだ。





「やったー。おいしそ。ね。」





 セシリアも当たり前のように席について料理を眺める。

 彼女も家族がいる。だからこそ、この席に着くことに別に違和感はないのだろうが、トムは何とも言えない表情で温かい食事を見つめた。

 誰かが誰かのために作る温かい食事など、トムは知らない。

 だから、この温かくて当たり前の場所が酷く居心地が悪くて、思わずトムは眉を寄せてしまった。それでも喜ぶの隣で、トムは苛立ちとも失望ともつかない心を静かに閉じ込めるしかなかった。


I have never