クリスマスは比較的穏やかに過ぎていった。
例年はパーティーなどもやるようだが、がいることもあって今年はヴィクトリア城も穏やかなもので、26日になるといろいろとクリスマス用品の片付けが行われていた。
結局の母親があれから現れることはなく、トムと、そしてセシリアの三人は立派な部屋でだらだらとゲームなどをして過ごすことが多かった。
「・・・ぶー、また負けた。」
は子どもっぽく頬を膨らませて市松模様のボードを見つめる。
砕かれたクィーンはの持っていた白色。勝利したのはトムが持っていた黒色の駒だ。魔法界のチェスは少し乱暴だが、トムが好むゲームであり、また極めて強かった。
「お粗末様でした。」
トムはいくつも駒を抜いたハンディありの状態だったが、それでも彼女を倒すのは非常にたやすい。
彼女は、戦略ゲームはとことん苦手で、何をやらせてもトムに勝てっこなかった。
半分くらい考えていないのだ。馬鹿と言ってしまえばそれまでだが、要するに彼女はこういう戦略的なゲームに全く向かなかった。ハンディをいくつもらったところで良い勝負には全くならないのだ。
セシリアはと言うと今、部屋にいない。
兄のことをの叔母であるエイレーネに聞きに行ったのだ。年の離れた兄のことをセシリアが慕っているのはよく知っている。年が離れているだけに知っていることが少ないらしい。学生時代のことを聞けるとなると、聞きたくて言ってしまうのは当然だと言えた。
「、宿題の方は大丈夫なのかい?」
トムが尋ねると、はあからさまに表情を凍らせ、小首を傾げる。
「え、えへへ、」
「やってないんだね。」
冷たい目を向けても、やる気はないらしい。基本的に彼女は全く勉強熱心ではなかったし、成績は壊滅的に悪い。せいぜい進級できる程度だ。トムと授業でペアになってからは嫌がらせを受けることも多かったようだが、基本抜けているので、嫌がらせをしていた女子グループの一部はあほらしくなってやめたくらいだ。
成績の問題は、まぁ童顔で有名なので、一年留年しても誰も分からないだろう。
「暇なんだし、教えてあげようか?」
「良いよ。いらない。」
そもそも勉強をする気が無いらしい。
年明けにはテストも控えているはずだが、彼女は何もする気が相変わらず無い。問題だろうと思うが、こればかりは自主性の問題なので、トムもどうしようもなかった。
ホグワーツが有名な魔法学校とは言え、出ただけで就職先があるわけではない。もう少し努力すべきではないだろうか。
「は、さ。将来何になりたいの?」
「うーん。孤児院の先生かな。」
「はぁ?」
何も考えていないだろうと言うことを前提に聞いていたトムはあまりにはっきりとした驚くべき答えに、思わず素っ頓狂な声を上げていた。
「なんでそんなに驚くの?」
自分のした質問なのにとは少し不満そうな顔で言う。
「いや、孤児院って、マグルの?」
「うーん。できれば。マグルじゃなくても良いけど、そういうお仕事がしたいんだ。」
それは小さなの夢だった。
孤児院で育ち辛い思いをしたからこそ、自分のような子ども達に辛い思いをして欲しくないと思う。そう言った手助けが出来るならば、嬉しい。魔法族の子どもがマグルの中で育てば酷いことになる時もある、そう言った子どもを引き取ることの出来る孤児院を作るのがの夢だった。
「だから、一応教育の授業とかをとって、もちろん幼児教育だけど。」
自分が馬鹿であることに自覚のあるは、普通の教師が無理であることを理解している。それでも幼児教育ならば何とか出来るかも知れないと、マクシミリアンとも相談していた。
もちろんどの道もの成績ではかなり難しいのだが。
「意外だね。真面目に考えてたんだ。」
トムは素直に驚きを表現した。
日頃勉強も全くしない彼女が将来にきちんとしたビジョンを持って望んでいたと言うことは、素直に驚きだ。マグルの中で育つ魔法族の子どもを引き取り、孤児院を作るのはほぼ不可能だとしても、幼稚園などの先生というのは良い選択だ。もちろんそれに到達できるかは分からないが、一応努力すれば彼女でも到達できる現実的な目標だ。無謀な物では無い。
「うん。トムはどうするの?」
は無邪気な青色の瞳をトムに向ける。
「そうだね。なんにでもなれるんだろうね。」
トムの成績はホグワーツ始まって以来の秀才と言われるほど優秀で、望めばなんだって手に入れられるんだろう。だからこそ、夢という夢を今定めているわけではなかった。
ただ少なくとも、卒業すれば孤児院に戻るつもりは一切ない。
むしろ復讐したいほどにあの場所を憎んでいるし、マグルなど大嫌いだった。そういう点ではとは正反対の精神性だと言える。
「すごい自信だね。」
「まぁ実際にそうだからね。」
トムはさっきチェックメイトでとったキングを手のひらで遊びながら息を吐く。
は子どもっぽく大きな目をぱちぱちとさせて「そう。」と適当な相づちを打った。子どもっぽい癖毛の波打つ黒髪を顔の左側で束ねている彼女は、いつもより少しだけ大人びて見える。
一応つきあっていると言うことに言葉の上ではなっているトムとだが、そう言った行為をしたこともなければ、周りで知っているのはの親友のセシリアとテオドールくらいの物だ。
トムもに対して独占欲は感じても、性的な欲求を感じたことはあまりない。彼女に対する性的な欲求は単に彼女の体も独占してしまいたいという単純な独占欲の元に存在している。
「何が良いんだろうな。」
何故自分が彼女に対して独占欲を感じるのか、トム自身も少し不思議に思っていた。
彼女は確かに可愛いのだろうが別段美人でもなく、馬鹿で、成績は酷いし、勉強もしない。確かにトムの難しい話も黙って聞いているが、理解はしていないし、話しについて来ることも出来ない。
確かに彼女はグリフィンドールの血も引く名門オイゲニー家の娘な訳だが、彼女は神隠しに遭って長い間一緒に育っていないためオイゲニー家にとってはおまけ程度の娘だし、家を継ぐのも従弟のテオドールだ。彼女ではない。
心を読んだり、未来が分かるという力も特別魅力的なものにはみえず、少なくとも魔法で操ればカバーできるわけで、要するにそれが決めてでは無いと言うことだ。
性格の悪さが既に理解されているので、隠す必要がないのがトムにとって楽なのかも知れないが、仮にそうだとしても彼女に対する独占欲を説明できない。
かといって恋と言われるのも全くぴんと来ない。
おそらく“執着”という言葉が一番お似合いなのだろうと思う。自分でももう少し良い女に執着すれば良いのにと思うが、こればかりは自分で選べなかったので仕方がない。
「宿題、教えてあげるからやらない?」
トムがに申し出ると、彼女はあからさまに嫌な顔をした。
「どうせやらなくちゃいけないだろう?」
やらなければ怒られるし、無理矢理やらされるに決まっているのだ。なのに、彼女がぎりぎりまでやらない理由は、トムには全くと言って良いほど分からない。
「うーん。トムの迷惑にもなるし良い。」
「ならないよ。もう僕は全部終わったから。」
既にクリスマスに入り、ヴィクトリア城に行く前に、ある程度宿題は済ませてあり、後は手直し程度だったので、全く問題はない。
「それに合同授業もあるんだから、あんまり君がやらないと僕が困るだろ?」
「…わかった。」
すごく悲しそうな、怒られた子どものような顔をしては頷く。そんな彼女の顔が面白くて、トムは思わず笑ってしまった。
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