ディケー、エウノミア、エイレーネの三人は三つ子として生を受けた。

 父親は名門ヴァヴァリア家の嫡男だった男で、母は名門の愛人の娘で、結婚に反対された結果二人は家を出てマグルの中で暮らしており、ホグワーツからの入学許可書が届くまで自分たちが魔法族であることさえも知らなかった。

 長女であったディケーはかなりしっかりしており、次女のエウノミアはどちらかというとあまり口数の多い方ではなかった。エイレーネは自分と同い年でありながらしっかりとしていた二人に頼りきりで、いつも甘えてばかりだったと思う。

 ディケーが闇の魔法使いとの戦いで負傷し、死にかけ、エウノミアが亡くなるまでは、エイレーネは同い年の姉たちを頼り続けていた。

 予言の力を持つディケーは後にユースティティア・ヴァヴァリアと呼ばれ、有名になった。だが、それが後に彼女に差薬をもたらし、エウノミアを殺したことは言うまでもない。

 ばらばらになってしまった、エイレーネの大切だった姉たち。





「このお皿、どこに置いたら良いですか?」





 青い、丸い瞳がエイレーネを見ている。





「あ、うん。あっちにおいて。」






 エイレーネは小柄で童顔の少女に頷いて指示を出した。

 神隠しに遭っていなくなっていた、エイレーネの長姉ディケーの娘・だ。彼女は波打った黒髪こそ全く違うが、どちらかというと甘えたであまり気が強くないところが、幼い頃の自分を見るようで、エイレーネは初めて会ったときからを可愛く思っていた。



 今日は12月の31日なので皆で賑やかな夕食を囲んだ後、花火をしようと言う話になっている。今年は帰ってきたやその友人二人もいて、賑やかだ。


 10年以上前のあの遠い日、神隠しに遭ったと言われて消えた姉、ディケーの娘が帰ってきたと聞いた時、エイレーネは酷く驚いた。もう諦めかけていた。彼女が戻ってくることなんて。

 は順番にお皿を置いていたが、ふと顔を上げて、じっと一人の女性を見る。

 大きなテーブルに一人席に着いているのは、車椅子の、エイレーネとそっくりの顔をした女だ。燃えるようなまっすぐの赤毛に、大きくくるりとした青い瞳。

 心を壊して、ほとんど正常ではなくなったエイレーネの姉、ディケーだ。しっかりしていた姉が心を壊し、再起不能になるなど、エイレーネは考えたこともなかった。子どもがいつの間にか神隠しだと言われて消え、妹のエウノミアが戦いの末に亡くなったことが深い彼女の傷を作り出した。

 だが、がやっと帰ってきて、少しだけ変わった気がする。






「だめ、汚れてる…」





 ディケーはぽつりと、が目の前に並べた皿を眺めて口にする。それは几帳面だったディケーが昔エイレーネに良く怒っていたことだった。





「そう?かなぁ?」





 は白い皿を持ち上げ、光にかざしてみる。





「その黒いのが模様じゃないんじゃないか?」






 トムが少し嫌そうに眉を寄せて皿の端にあるシミを指で示した。

 確かに皿の装飾に紛れて黒いシミがあるが、端であるため、皿に食事を盛ってもまったく問題がなさそうだった。






「僕は鍋をとってくるよ。」





 トムはさっさと食事をしたいのかてきぱきと動く。

 エイレーネはよく彼のことを知らないが、マクシミリアンから聞いたところによるとの一つ上の学年の非常に優秀な生徒で、合同授業においてのペアになったし、仲も良いのだという。賢い少年で、良く動いてくれるので家事をしているエイレーネにとってはありがたい存在だった。





「大丈夫でしょ。わたし使うよ。」





 は皿を眺めていたが、別にそう言った細かいことには気にならない性格らしく、あっさりと言った。だが、相変わらずぼんやりとした様子のディケーが「だめ、」と一言返す。

 エイレーネはそんな姉の姿に驚きを隠せなかった。今まで一人で何か言っていても会話に対してコメントが返ってくることなどまったくなかったのだ。やはり自分の娘だと、壊れた頭でも分かっているのだろう。

 エイレーネはそんな姉の姿に切なくなった。

 壊れてもまだ、家族を守ることを考えているのだろうか。壊れてしまった家族を、必死で守るために戻って来ようとしているのだろうか。






「私、洗ってくるわ。」






 エイレーネはの手から皿を取り上げ、台所へと行く。はそんな叔母の後ろ姿を見送りながら、他の皿を並べた。





「えっと、お母さん、細かかったの?」





 の目から見ても、彼女が心ここにあらずというか、言い方が悪いが壊れているのは何となく分かる。それでも皿の汚れが気になるなんて、さぞかし元が細かい性格をしていたのだろう。

 近くにいたテオドールに尋ねると、彼も知らないのか首を傾げた。





「どうでしょう。優しくて強い人だったそうですが、彼女がおかしくなったのは、もう10年以上前なので。」






 10年以上前なら、より一つ年下のテオドールは2,3歳。流石に彼がどれほど賢かったとしても、記憶は僅かにしかないのだろう。





「なんで、お母さん、おかしくなったの?」





 は素直に尋ねる。テオドールは少し戸惑うような顔をした。






「私の両親が、ろくでなし、だったからでしょうね。」

「え?」





 思いがけない言葉に、は首を傾げて彼を見上げる。だが彼の紫色の瞳が嘘を言っているようには全く見えなかった。






、この鍋はどこに置けば良い?」






 トムは大きな鍋を持ってリビングへと入ってくる。






「あ、えっと。」

「僕は鍋を取りに行くって先に言ったんだから、テーブルにスペースを空けておくぐらいしてくれ。」






 悪態をつかれ、は慌ててテーブルの皿などを避けてスペースを作る。大きな鍋にはシチューが入っており、美味しそうな薫りと共に湯気がたっていた。






「洗ってきたわ。一応予備も持って来たけど。」






 エイレーネは汚れた皿を洗い直してきたらしく、空いている席に皿を並べる。






「おぉ、今日は豪勢だな。」





 マクシミリアンが広間へとやってきて、テーブルの上に所狭しと並べられている料理に目を細めた。







「トムが手伝ってくれたのよ。彼料理もよく出来るの」







 エイレーネは笑ってマクシミリアンに話す。





「料理も出来るのか。万能だな、おまえ。」




 マクシミリアンは素直に驚きを示した。

 教師であるため、彼はトムの成績が良いことも、クィディッチの選手になる程運動も得意だと言うことを、よく知っている。驚いた顔をする彼に、トムは肩を竦めた。





「得意って程じゃありませんけど。」





 孤児院にいればいろいろとやらされることは沢山ある。そのため、覚えざる得なかっただけだ。






「それにの方がうまいよね。」

「う、うーん。そうかなぁ。」






 日頃トムより上手に出来ることはほとんどないと言っても良いだが、箒で飛ぶことと、料理だけはトムよりうまかった。また器用な質らしく、裁縫など女性らしいことには万能だった。

 ただ性格が適当なので、味覚は確かだが、本を読んで料理をしたり、グラムを計ったりすることは全くしない。





「明日シュヴァルツヴァルトってケーキを作ってくれるらしいわ。」






 エイレーネは笑っての方へと視線を向ける。






「シュヴァルツヴァルト?」

「初めて食べるから、楽しみ。」

「いや、食べたことあんだろ。」






 喜ぶエイレーネにマクシミリアンが少し困った顔で訂正を入れる。






「え?」

「シュヴァルツヴァルトって英語のブラックフォーレストのことだぞ。」







 チョコレートのスポンジをサクランボの砂糖漬け、生クリームでデコレーションする、かなりポピュラーなケーキだ。イギリスでも例に漏れずよく食べる。








「え?同じケーキなの?」







 エイレーネは全く知らなかったのか、驚いた顔でを振り向く。そんなやりとりを見ながら、の叔母である彼女もあまり賢そうではないな、とトムは目を細めて呆れた。
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