テオドールは幼い頃から、伯父と伯母であるマクシミリアンとディケーの元で育った。
が神隠しに遭ったのは彼女が3歳になる頃で、テオドールとはいえ幼い頃のについて覚えている記憶は少ない。もちろんディケーに関しても同じだったが、当時、マグル達がたくさんいる小さな街で、よく覚えている。
テオドールの両親がいなくなったのが何故なのか、幼いテオドールにはよく分からなかったが、自分が父の兄であるマクシミリアン夫婦に引き取られたこと、そして実父母がろくでもない人間だと言うことはよく知っていた。
「むむむむむ、だめだぁ。」
は進まない自分の宿題を眺めてため息をつく。
「いや、別にこれはむずかしい問題じゃないよ。ただの単純な計算だよ。」
トムは彼女の隣で計算式を示しながら言うが、彼女自身は全く集中できないと言うよりはもうしたくないらしく、パタンと本を閉じた。
「もう無理だよ。」
「無理じゃないよ。明後日帰ったらもうすぐに学校が始まるんだよ?」
「知ってるよ。わかんないって素直に言うよ。」
「あのね…」
トムは呆れているのか、こめかみを押さえてため息をついた。
「は本当に勉強が嫌いなんですね。」
テオドールは二人のやりとりを見て、無表情のままに言う。
「そうだね。ちょっとは弟のテオドールを見習ったら良いのに。」
トムは嫌みっぽく細い目でを見る。
血のつながりがあると言うのに、テオドールはホグワーツ始まって以来の天才と言われる程勉強も良く出来、古代魔術にも詳しい。だと言うのに、はと言うと勉強はさっぱりでなんの特筆すべき能力も持ち合わせていなかった。
だが、トムは知らない。本当はとテオドールが姉弟ではなく、従姉妹同士だと言うことを。
「君は母親のお腹の中に色々忘れてきたんじゃないか?」
軽くの頭を人差し指でつついて、トムは遠慮もなく言う。
「そんなことないよ。」
は至極真面目な顔で言い返して、けれどやはり本を二度と開くことはなかった。
テオドールは自分の本を持って二人が座っているソファーの前に腰を下ろす。暖炉は小さな音を立てて弾けていて、それが耳に優しく響いていた。
「ここは良い場所だね。外の喧噪もあまり聞こえない。」
トムは自分の本を開きながら穏やかに言う。
ヴィクトリア城は基本的に外界から隔離されたい世界にあるため、外の世界と繋がるのは一日に二回だけ。領民もいるため別に外界から食料を調達する必要はなく、何ヶ月もこの城に閉じこもることも可能だ。
だからこそ、最も長く続いている一族と言われる程にオイゲニー家は栄えてきたのだ。
「十年前程前、一度や身の魔法使いに襲われましたけど、それ以外は何もありませんね。」
「そういえば十年前に大きな戦いがあったらしいね。」
トムは歴史や時事問題にも非常に詳しい。彼は当時孤児院にいて何も知るはずがないだろうが、それでもある程度のことは把握している。
「十年前?」
対して全くそう言ったことに興味のないは首を傾げる。
「、知らないの?」
トムは呆れたように言ってから口を開いた。
ちょうど10年ほど前、闇の魔法使いと闇祓いの大きな戦いがあったのだ。最初の始まりは当時一番有名だった予言者・ユースティティア・ヴァヴァリアを闇祓いが集団で襲ったことから始まった。一時は劣勢に立たされた闇払いは一度ヴィクトリア城に立てこもり、その後体勢を立て直して闇の魔法使いを駆逐した。
闇払いの多くを捕らえたが、同時に闇祓い側も多くの死者を出し、ユースティティア・ヴァヴァリアも死亡した。
「要するにユースティティア・ヴァヴァリアって言う人はお母さんの親戚なんだね。」
はトムが詳しく話しても、どうやら全くぴんと来なかったらしく、分かったのはそこだけらしい。
「それはともかく、君はやっぱり覚えてないの?」
マクシミリアンの息子なら、当時もヴィクトリア城に住んでいただろうが、なんと言ってもまだ1,2歳の子供だ、期待薄ながら尋ねたトムに、やはりテオドールは頷いた。
「そりゃ全く覚えていませんよ。」
どんなに天才と言われようが、子供だ。覚えているはずもない。
「ただ、後からいろいろな話は聞きましたよ。その時にオイゲニー家の次男だったアーダベルトも亡くなりましたからね。」
テオドールは静かにその瞳を閉じて、言った。
どうしても戦いの舞台になったために話は聞く。そして何よりもトムは知らないが、テオドールはアーダベルトの息子だ。自分の父が死んだ戦いに思う所は多いはずだ。
「お父さんだけじゃなくて…その弟も闇祓いだったの?」
は不思議そうに小首を傾げて尋ねる。だがテオドールは首を横に振った。トムを見ると、彼は言いにくそうながらも口を開いた。
「マクシミリアン教授の弟だったアーダベルト・オイゲニーは闇の魔法使いの一味だったと言われてる。」
「え?」
「…オイゲニー家における初めての汚点ですよ。」
テオドールはトムの言葉に付け足した。
オイゲニー家は純血ではあるが比較的自由な家風で有名でグリフィンドールの血筋だけあり、歴代皆グリフィンドール寮出身が多い。にもかかわらずの父、マクシミリアンの弟アーダベルトは一族の中で唯一スリザリン寮の上、闇の魔法使いにまで身を落とした。
「どうして、そんなことを…」
要するに彼は兄を裏切って、ヴィクトリア城を落とそうとする闇の魔法使いを手助けしたことになる。
が問うと、テオドールは悲しげに青みがかった紫色の瞳を細めた。
「さぁ、誰もあずかり知らないことです。そしてどんな理由があっても許されないことですから。」
いつもは冷静で無表情な彼の表情から、は心を読まなくても彼が、父親が一族を裏切り、そして闇の魔法使いとして死んだことに、一種の罪悪感を覚えていることを読み取った。幼い彼には何も罪はないが、それでも沢山の死者が出たことを彼はよく知っている。
彼は父親のしたことを酷く重く受け取っているのだろう。
「なれるかは、わかりませんが、いつか私は闇祓いになりたいと思っているんですよ。」
テオドールにしては珍しく、まっすぐな意志の色合いとともに彼は僅かに唇をつり上げて笑う。
「きっとテオドールならなれるよ。」
「そうだね。君、一応ホグワーツ始まって以来の天才だし。君がなれなかったら誰もなれないんじゃないか。」
テオドールはホグワーツ始まって以来の天才としてトムと並び称される存在だ。成績も1年、2年ともに学年で一番の成績をとっており、教師たちからの信頼も厚い。
「でもだったらトムもなれるんじゃないの?」
トムも同じくホグワーツ始まって以来の秀才として名を馳せている。テオドールと同じくトムもきっと闇祓いになる事が出来るだろう。
「どうだろうね。僕はあんまり興味がないけど。」
トムは首を振ってに肩を竦めて見せてから、本をもう一度開きなおす。まだ誰も、彼らの未来を予想したことはなかった。
you choose your future.