ぃ、嫁になんて行くなよぉ。お兄ちゃんはのこと大好きだぞ…」

「そんなの知ってるよ。お兄。でもさすがにくどいよ。」





 ぐずぐずと泣く銀時には詰めたい言葉をかける。

 今日、珍しく新調された着物を着て、は晋助の両親との正式な顔合わせに出た。もちろん義父である坂田右衛門や兄の銀時も一緒だ。今はそれも終わり、親たちだけで今後の話し合いをするため、晋助、、銀時が茶と茶菓子をもって追い出されたところだった。





がいなくなるなんて、俺はどうすりゃ良いんだよ。」




 銀時はを抱きしめてぐりぐりと頭をの肩に押しつける。

 ずっとこんな感じで両家の顔合わせの間中泣きそうな顔で喚いていた銀時に、元から顔見知りのさすがの晋助の両親も引いていた。





「あぁ?いい加減にうぜぇんだよ。」




 晋助もあまりにしつこい銀時に冷たい言葉を吐き捨てる。





「なんでこんなのが良いんだよ。、今からでも遅くねぇ。やめとけ、こんな目つきの悪い奴。絶対将来DVとかに走るタイプだよ。こりゃ。」

「お兄だって死んだ魚の目してるくせに。」





 は兄の頭をぐっと押さえてから、びっとほっぺたを引っ張った。どの口で人の目を笑えるというのだ。





「たまにはくわって開くから良いんだよ。」

「死んだ魚とつり目のどっちがましだよ。ったく。」




 晋助は呆れたように言って、空を見上げた。

 夏が来たのか、もう蝉が鳴き出している。暑さに耐えきれず懐から出してきた扇子で自分を扇ぐと、少しだが暑さが和らぐ気がした。ホトトギスが田畑の間を飛び、高らかに鳴いて餌を集めているのを見ながら、子育てに忙しいのかと目を細めたが、晋助はふと思い出す。




 ――――――――――――五月雨に、物思ひをればほととぎす、夜深く鳴きて、いづちゆくらむ、




 自分をほととぎすに例えたその短歌を、自らの不安として口にしたを思い出す。

 ほととぎすは漢字で時鳥と書く。時を示す鳥、時を意味する鳥。どちらでも良いが、は変わりゆく事への恐怖を、どこに行くか行き先が分からない不安をその唄で口にした。





「ほととぎす 鳴く鳴く飛ぶぞ 忙はしってな。」





 晋助は忙しいほととぎすを見ながら、笑って言う。




「何それ?」

「知らねぇのか?松尾芭蕉の一句だ。」

「覚えてない。」

「勉強不足だな。」

「そうだね。」





 は少し不満そうに言って、自分の持っていた本を開く。

 夏が来れば祭りだなんだと忙しくなる。毎年松陽は海まで皆を連れて行くから、それにまたも参加するだろう。忙しさはの不安を宥めるかも知れない。





「本当におまえは勉強熱心だよな。」




 銀時は退屈そうに廊下に寝転がる。




「お兄はもう少し勉強した方が良いよ。もの凄い馬鹿じゃん。」

「馬鹿って結構算術は出来るぞ。」

「算術だけでしょ。」





 は呆れたように言って、廊下に転がっている兄の背中に乗っかる。銀時は実用学問が得意だが、それ以外はからきしだ。しかも松下村塾の授業はいつも寝てばかり。





「良いんだよ。俺たちは才能分け合って生まれてきたんだよ。」

「それ言うなら、お兄が腹の中に置いてきたんでしょ。勝手に。」

「違いねぇな。昔から忘れっぽい馬鹿だったんだな。銀時。」

「うるせぇよ。」





 晋助の言葉にとげを感じた銀時は言い返して、背中に乗っかってくるをのかせて、ぽんぽんと頭を叩く。






「暑いんだよ。もう夏だな。」

「そうだね。もう夏だね。」






 は目を細めて、空を見上げて笑う。




「みんなで川釣りに行かねばね。」

「海釣りでもよくね?お兄ちゃん海の魚が好きだ。」

「えー、本当にお兄と意見が合わないなぁ。わたし、川魚が好きだよ。」

「…おまえら揃って食い意地張りすぎじゃねえか?」





 晋助はの本を取り上げて、ため息をついた。





「しかも、おまえ、泳げないだろ。」

「なんで晋助がそのことを知ってるの?!」

「知ってるも何も、おまえいつも水に入らないだろうが。」




 松陽が子どもたちをつれて海に行ったり、川に行ったりするときも、は絶対に水に入らない。最初は女だと言うことを気にしているのかと思っていたが、そうでもないらしい。そもそも水辺に近づこうともしないのだ。

 は少し考えるそぶりを見せ、意を決したように晋助に言う。




「…昔、見たんだよね。」

「何を。」

「…青白い顔の女の人。」

「冗談だろ。」

「…お兄も見たよね。」

「あ、あれは見間違いだ。見間違いに決まってる。ってか世の中にあんなものがいるはずない。ってか霊なんて存在しねぇ。絶対ねぇ。」





 銀時はがたがたと震えながら言葉を繰り返す。





「…おまえら兄妹って本当に」





 晋助は真剣な顔のと、怯えきっている銀時を見ながら呆れるしかなかった。
愛すべき憧憬