神威が殺されかけたのは、他の傭兵に強さをねたまれたが故だった。
故郷から出てきて数年。慣れたつもりでいたが、いつの間にか色々恨みを買っていたらしく、毒付きの銃で撃たれた上にまともに後ろから大砲を打ち込まれたというパターンだった。きっと敵の中に夜兎がどういった種族か知っている天人がいたのだろう。
でなければここまで用意周到に、大砲まで持ってこないだろう。
何とか相手を殺し、逃げ出していたが、地球は戦争が終わったばかりで、天人に負けたこともあり、地球人は地球人のことで手一杯。他人を思いやる時間などない。毒も回り、腹にもどでかい穴が空いており、流石に神威も死を覚悟した。
そんな神威を助けたのは、子持ちのくせにえらく若そうな、ふわふわ銀髪天パの地球人だった。
「内臓吹っ飛んだのにすごい回復力だね。」
は子供を膝にのせたまま神威の傷を見て言う。膝にいる子供は神威の手を小さなその手で引っ張ったりして遊んでいた。
「うん。俺たちかなり丈夫なんだよね。」
「丈夫って言うレベルかな。これ。」
元々夜兎である神威は多少撃たれたところで平気だし、1日で傷がふさがる。流石に今回は内蔵まで吹っ飛んでいるのでそう簡単ではなかったし、手当てをしてもらえなければ死んでいただろうが、ここまで手当てをしてもらえれば問題ない。
傷から来る熱が出ることもなかった。
「そのぐらい丈夫だと色々便利でしょうね。」
は黒い瞳を瞬いて、小首を傾げて見せる。その拍子にもさっと一つに束ねられた白銀の天然パーマが揺れた。
神威を助けた彼女は、年の頃はだいたい十代後半といった感じで、あっちこっち跳ねた白銀の天然パーマを紫の髪紐で高くも低くもない位置で束ねている。地味ながら質の良さそうな薄紫の着物を着て、漆黒の袴をはいた彼女は、そこそこの別嬪だった。
普通ならば危険な流れ者の町で生きていかずとも、春を売るでも他の仕事を探すでも、何でも出来そうだ。なのに、はこの流れ者の町で、子供と一緒に暮らしている。しかもは神威に食わせられる大量の米を常備しているし、食料に関するならかなりの備蓄があるらしい。
一体どんな生活をしているのか、数日では全くわからなかった。
「こらこら、あまりひっぱちゃっただめだよ。」
は神威の腹の包帯の端をむんずと掴んでいる東の小さな手を引きはがそうとする。
「むー。」
東は力一杯掴んでいるのか、なかなか包帯の端を離さず、むっとした顔をしての手をペ地理と叩いた。そして許可でも求めるように、東は大きな漆黒の瞳で神威を見上げてきた。
「子供はやんちゃが一番だよネ。」
それでこそ男だ、と神威はにこにこ笑って小さな頭を撫でてやる。すると東はきゃっきゃと歓声を上げた。
東は身近に母親以外の人間が来たのが初めてのため、神威に興味津々で構ってアピールをする。人見知りはあまりしない性格らしい。神威は戦闘狂で面倒ごとは好きではないが、強くなる可能性のある子供を殺す気はない。
それに手を伸ばしてくる東に悪い気はしなかった。
「出てきやがれ、いるのはわかってんだ!!」
雨戸まで閉め切っている家の木の扉の方から、ノックとはどう考えても言えない、扉を殴る音が聞こえる。
「誰か来たみたいだネ。」
「うん」
神威が言うと、は膝の上に座っていた東を畳に下ろし、立ち上がった。
もう時間は夕方、夕食の時間だ。今は米を炊いているわけだが、夕食時に煙の出ている家は、食料があると言っているようなものだ。
ここはならず者の町から少し離れた所にあり、人目につかないのは利点だが、欠点でもある。元来耳の良い神威には、扉の向こうから金属の擦れ合う音が聞こえていた。どうやら相手は武器を持っているらしい。
「、」
一応、助けてもらった恩があるため、彼女を止めようと名前を呼ぶ。同時に身を起こし、立ち上がろうとしたが、体の痛みで出来なかった。足の骨はまだつながっていないようだ。
目で危険を訴えると、は穏やかに笑って見せ、近くの壁に立てかけてあった刀を手に取る。
「ちょっと行ってくるわ。」
「、そんな獲物でどうするんだい?」
思わず神威はの白い手を掴んだ。
ここに数日いるが、彼女はいつも手元に刀を置いているし、腰に下げている時もある。ただし、とったことはほとんどない。護身用ぐらいのものだろう。慣れない女が刀をとったところで、出来ることなど知れている。
浪人などもいた、流れ者の町が近くにあるのだ。強盗とは言え本業の侍だろう。
「大丈夫だよ。2,3人くらいみたいだし。神威は悪いけど東を頼むよ。」
は神威の手を優しく払って、刀を手に立ち上がる。
こんな子供を少し見ておくくらい、けが人の神威でも出来るが、どう考えても扉の前にいるであろう人間たちは、彼女が相手を出来るものではない。まだ小さい東は大人しく神威の布団に座って、母親の背中が遠ざかっていくのを黒い瞳で見ている。
は神威と東がいる部屋の襖を後ろ手に閉めた。
「…」
神威は手で這いずって襖の近くまで行き、僅かに様子が見える程度の隙間を開き、の様子を見つめる。
「はいはーい。」
彼女は普通に返事をし、土場から通ずる扉を開く。
神威のいる場所から見てもわかる。そこにいたのは浪人風のいかにも腕っ節は強いです、といった感じの男たちで、3人全員が刀を腰に携えていた。
「用事がないなら帰ってもらえませんか?」
は小首を傾げて穏やかに言うが、そんなことで変えるならば世の中警察はいらない。神威は呆れてため息をつき、近くにある夕食のお盆にある箸に手を伸ばす。
足も体もひどい状態だが、腕が動けば箸を高速で投げつけ、人を殺傷するくらいのこと、夜兎にとって難しくない。三人なら何とかこの体でも殺せるだろうと思い、端をとろうとすると、近くにいた東の小さな手がむんずとそれを掴んだ。
「それはおまえが使うには早いと思うよ。」
「う?」
わからないのか、神威はそれをぶんと振り回すが、それを振り回す必要があるのは神威の方だ。
「いいおんなじゃねぇか、食い物と一緒に来てもらおう。」
一人の男がそう言って、の腕を掴む。
食料にも飢えているが、丁度女にも飢えているらしい。仕方なく神威は東の手から箸を取り上げ、それを構えた。だが、とさっとなにかが砂の上に落ちる音がして、男の腕が地面に転がっていた。
いつの間にか、彼女は刀の鞘を払っていた。ぽたりと黒光りする刃から、地面へと赤い滴が落ちる。
「な、この女、」
腕をなくした男が地面に尻をつき、血を止めようと必死で腕を押さえてのたうち回る。
「てめぇ、よくも!!」
他の二人も刀を構え、に襲いかかる。彼女は切っ先を後ろに向けて腰をかがめ、足を踏み出す。
太刀筋には一瞬の躊躇いもない。明らかに玄人の剣術で、相手の太刀をよけるその動作すらも計算し尽くされていて、無駄がない。人を殺すことにためらいがなく、そして合理的で、どこまでも美しい動きが、黒光りして円を描く刃の切っ先とともに、神威の青い瞳に焼き付く。
男の悲鳴など、耳に届かない。
ひらりと彼女の着物の袖が翻り、ぱっと緋色が散る。男たちは倒れ伏し、どさりと音を立てて足下に転がった。刀をひゅっと振って、血を払うその仕草すらも無駄がなく、美しい。風に揺れる銀色の髪に、広がる緋色の地面。屍。そして彼女の着物の薄紫が映えて、目が離せない。
ばきっと、近くで音が鳴る。神威ははっとして自分の手元を見ると、襖の端を掴んでいた手に力を込めすぎていたらしい。間違えて襖を割ったようだった。
「あぁ、」
見たい、よく見えなかったけれど、彼女の美しいあの殺しの才能を目の前で見たい。そして蹂躙して、殺してしまいたい。心にわき上がる不穏な高揚感。手が震え、心を支配していく感覚に、神威は身震いした。
まっすぐと背筋を伸ばして屍を見据える小さな背中は、神威には何よりも魅力的に映った。
「悪いけど、」
最後に腕をなくして地面に這いつくばっていた男に躊躇いもなくとどめを刺してから、は息を吐く。
これで男三人が全く歯も立たず彼女に始末されたと言うことになる。浪人たちは決して弱くはなかったし、普通に剣術を治めた人間だろう。だが、には全く敵わない。の剣術は決して一朝一夕のものでもなく、完全に玄人、しかも極上の才能のある人間のものだ。
神威には動きと太刀筋だけですぐにわかった。
「見たいな。」
部屋にいる神威からは、後ろ姿しか見えなかったから、剣術の美しさは見えても、彼女の目は見えなかった。
あの美しく、何も知らないようなぼんやりとした漆黒の瞳が、どんな色合いで人を殺すのか、見てみたい。
彼女は死体を処理するためか、ずるずると死体を引きずって神威の視界から消える。家の前に死体があれば目立つため、片付けるつもりのようだ。流れ者の町の裏路地にはよく死体が落ちているらしいから、そこに持って行けば誰も目にとめないだろう。
「まったく、勘弁してよね。」
三人の死体を始末したのか、はしばらくしてからすました顔で戻ってきて、刀を壁に置いた。
「たたまー、」
東は先ほどまで神威の傍で大人しくしていたが、が戻ってきた途端、危なっかしくぽてぽてとの方へと歩み寄る。
「東、おいで。」
も先ほど人を殺したとは思えない慈愛に満ちた柔らかい表情で、息子を抱き上げた。
鋭さや、あの恐ろしい程強い剣術に見合う覇気は全くない。ただの若すぎる、それでも息子と共に生きていこうとする少女がそこにいる。
「何してるの?箸なんて持って。」
は子供を抱えたまま、不思議そうに神威を振り返った。神威は自分の手に握っていた箸を、ちゃぶ台に置く。
「いや、お腹すいたなって。」
「もうちょっと待ってね。ご飯まだだから。」
「うん。」
神威は興奮や何とも言えない高揚感を誤魔化すように笑い、箸を置いた。はそれを確認すると、にっこりと笑って竈の方へと歩いて行く。
傷はまだ治っていないし、体調も良くない。それに目の前にいるは神威が思うよりも、ずっと面白い人間なのかも知れない。
何よりもあの瞬間の、人を殺した時のの顔が見たい。
「面白いもんだね。」
「なにが?」
「なああんにも。」
まだここにいる意味は、十分にあった。
純然たるただの興味