「いやー、おんんしは相変わらずおてんばじゃなぁ。」



 鬱陶しくも明るい笑顔で言う坂本を刺し殺したくなったのは、何もだけではないだろう。珍しく機嫌が悪いのか、息子の東も坂本を見て、眉を寄せていた。ぶすっとした丸い顔が可愛いと思うのは親ばかだろう。

 東を抱えてがいるベッドの隣に座っている神威も、いつもの笑顔だが、目が笑っていない。




「どんなちゃんばらでそんなことになるんじゃ、がははははは」

「いや、だからさ。天人と利川に襲われたって言ってるでしょ。真面目な話、死にかけたから。」

「あいつおまんのこと好きじゃったからな。ってりせ…?誰じゃったかな。」

「覚えてないんかい!?ってか覚えてない奴の恋路の話なんて、関係ないでしょうが!!」



 は思わず叫んで、無事だった方の腕で近くにあった本を思い切り投げつける。それが直撃して、坂本は壁に頭をぶつけた。



「すまん、頭(かしら)の頭は空じゃけぇ。」



 陸奥が代わりにに謝る。




「いや、こっちこそ無茶言ってごめんなさい。ってか、頭以外も坂本が馬鹿なのは昔からだから。」



 恐ろしい程に強いのに、頭の線が何本も抜けているのが坂本だ。というかつながっている線があるのかどうかさえも疑問だ。



「相変わらずじゃのー、金時の妹はどぎつ…」

「誰だよ金時って!!そんな兄いねぇよ!!貴方何も覚えてないんでしょ!!」



 は。点滴を支えているキャスターを掴んで思いっきり坂本を殴りつける。



「ぐべぇ!!!」



 坂本は蛙のような奇声を上げて、白い床にへたばった。は動きすぎたらしく、体の痛みに眉を寄せて、慎重に体をベッドに横たえる。



「これが、貿易商ねぇ。」



 坂本を見つめる神威の青色の瞳も、酷く冷たい。



「一応戦友でね。助けてくれるって言うから、助けてもらおうかなって。」



 は神威に説明する。思いっきり殴りつけてしまったが、一応今回の件に関して恩を感じているのは本当だ。

 攘夷戦争時代に会い、正直気が合ったのか合わなかったのかはよくわからないが、ひとまずお互いに仲は悪くなかったように思う。

 攘夷戦争を早々抜けた坂本は、現在宇宙を股にかけて貿易商をしている。元がぼんぼんで資金にも恵まれ、底抜けのアホだが、仲間にも恵まれていた。今では何とか商売も立ちゆくようになり、を最初に探し出したのも彼だった。

 戦友に頼る気がなかったため、は当初彼から連絡が来ても、返信しようという気にはならなかったが、神威が宇宙に行こうと言ってくれたので、宇宙で商売をしている坂本に連絡を取ったのだ。

 坂本はすぐに連絡を返してきてくれて、天人や利川を殺している間ちゃんと息子の東を保護してくれたし、大けがをしたの手当も無償でしてくれた。お金は持っていたので払うと言ったが、これから必要になるかも知れないからと、坂本は受け取らなかった。

 いや、坂本がというよりは、彼女の部下である陸奥が、だが。



「それにしてもおんし、その怪我なのに次の星で下りて良いのか?あの星は虫の大量発生で滅びかけ寸前だぞ。」



 陸奥は心配そうにに尋ねる。

 背中に四発銃弾が入っていたのは神威によって抜かれていたし、どれほ内臓まで達していなかったが、傷は深かった。腹には刃に貫かれた傷があったし、左手は複雑骨折。右腕にも銃弾が入っていたため、それも摘出した。足の骨こそ無事だったが、ひびも入っている。

 しばらくは絶対安静だが、は既に陸奥に次の星で下りると言ってある。ただその星は最近虫が大発生して困っている場所だった。



「うん。でも神威が仕事なんだよね。」




 はよく知らないのか、神威を見る。



「なんかエイリアン殺してって。」



 神威もよくわかっていないのか、適当な答えが返ってくる。彼の膝の上では東がごそごそ動いていて、むんずと彼のオレンジ色のお下げを掴み、口に入れようとしていて、それを神威が止めるのの方に忙しかった。どうやら食べ物かなにかと間違っているらしい。

 ふと食い意地の張っている神威を思い出し、は一瞬息子の将来に一抹の不安を感じたが、見なかったことにした。



「なにそれ、どんなエイリアンなの?」

「ゴキブリ?」

「わたし、この船に残っても良い?」

「嫌だなぁ、一緒にランデブーだって約束しただろ。」



 神威は一見屈託ないのに裏のありそうな笑顔を見せる。



「ただのゴキブリの処理を傭兵に頼むのかな、」

「知らない。そういやなんか資料送られてきてたけど、読んでないや。」

「そんなんだから、裏切られて大けがを負う羽目になるんじゃ…。」

「うるさいな。細かいことは嫌いなんだよ。」



 神威は自分の荷物から端末を取り出す。だが画面に字がたくさん並んだのを見ると、読む気がしないのか、それをそのままに渡した。は端末の画面に書かれている情報をざっと確認して、書いてある内容を把握する。



「スペースゴキブリだって。」

「何それ?」

「いや、神威の仕事の話だよ。」

「知らないよ。それどんなゴキブリ?」

「知らないけど、たしか大きなゴキブリだったんじゃないかな。」




 とて実物を見たことはない。書物でちらっと読んだことがある程度の、宇宙生物だ。地球産ではないので、流石のも詳しいことまでは覚えていない。



「スペースゴキブリと言ったら、増殖して星を食い尽くすと有名な危険動物だぞ。」



 陸奥がと神威に説明する。

 スペースゴキブリとは女王と言われる一匹のごく普通の小さなゴキブリと、それから生まれてくる人間サイズの大きなゴキブリの集団に分かれている。



「大きい方のゴキブリをいくら殺しても意味はない。小さな女王をつぶさないとな。」

「陸奥さん、よくご存じですね。」

「そりゃ一応、宇宙で貿易をしてるとな。危険動物は基本的に持ち込み禁止だから、こっちはきちんとチェックしとる。」



 星によって、危険動物の持ち込みや検査は違うが、指定動物が持ち込み禁止なのは一緒だ。そのため宇宙貿易をしている陸奥たちはいつも検査をしているし、気をつけている。当然危険動物についての知識もあった。



「だって、神威。小さなゴキブリ探すのに、ごきぶりホイホイでも置こうか。」



 は端末の使い方を一瞬で覚えたのか、それでゴキブリほいほいを検索する。



「なんで?」

「だって大きいゴキブリはほいほいみたいな小さなのに入って来れないし、粘着物質もでかすぎたら意味ないでしょ。だから仕掛けたら、小さなのだけ引っかかるかなって。」

「へー賢いね。じゃあおれはでっかいゴキブリ殺して、は小さいゴキブリ殺す役ね。」

「わたし、けが人なんですけど。」

「ゴキブリだけ嫌いだからって、つまらない言い訳は駄目だよ。の仕事はごきぶりホイホイとやらをおくだけだよ。」



 別に神威だってけが人の彼女に戦えと言っているわけではない。ただ単にゴキブリほいほいを置くだけだ。それに東もいるので、無理をさせようとは思わない。ただしがゴキブリが嫌いかどうかは、知らない。



「おまん、怪我も治っていないというのに、この男と行くのか?」



 陸奥は目尻を下げて、無表情に心配の色を僅かに見せた。

 彼女は坂本の部下らしいが、非常に賢く、色々な物事を実際に取り仕切っているのは彼女のようだった。そのための傷の手当てや、が傷で気絶している間の東や神威の処遇についても、全て彼女が請け負ってくれたため、はここでゆっくりと休むことが出来た。

 だからこそ、心から感謝している。そして彼女は存外お人好しだと言うこともわかっていた。



「うん。」

「こやつは信用できるのか?」

「さぁ、多分?」




 適当に答えると、陸奥は酷く呆れたような顔をして腕を組んだ。
 確かに幼子を抱え、怪我までしているというのに、傭兵の男と一緒に行くなどと言われれば、普通止めるものだろう。しかも出会ってたった数週間の男だ。そういう点で今回のの決断はなかなかに無謀だった。



「大丈夫だよ。女とガキひとりくらい、どうとでも出来るよ。」



 が答える前に、神威がかわりに愛想笑いをして、陸奥に答える。



「それに俺は強いからね。」



 あっさりと自分の実力を言ってみせるその生意気な物言いが好ましくは映らなかったのだろう。陸奥はますます険しい表情で神威を睨んだ。



「とんな自信だな。」

「自信じゃない。事実だよ。俺、夜兎だし。」

「夜兎か、」



 陸奥は眼を丸くして、ますます顔をしかめた。

 夜兎と言えば宇宙中にその名のとどろく、宇宙最強の傭兵部族だ。地球人のも名前くらいは知っていたほどで、普通なら恐れるのが当然だ。



「嫌だなぁ、そんなに怯えないでよ。弱い奴は、殺したくなっちゃうからさ。」



 神威は膝の上にいる東を抱えなおして、いたずらっぽく笑う。だがその笑顔には殺意が透けて見えていて、陸奥は一瞬椅子から腰が浮きそうになった。



「安心しなよ。俺は弱いやつに興味はないんだ。」



 ね、と東に同意を求める。幼子はその大きな瞳で不思議そうに神威を見上げたが、きょとんと首を右側に傾けた。



「ほぉ、だからが気に入ったか、」



 坂本が床に座って、神威に尋ねる。

 サングラスの向こうに隠された瞳は、先ほどの馬鹿っぽい、ふざけたような色合いはなく、神威を見極めるようにしっかりと神威を見据えていた。笑っているが、目は笑っていない。



「そうだね、気に入ってるよ。」



 神威は笑いながら、の銀色の天然パーマに、指を絡める。まっすぐになるように軽く引っ張ってから手を離したが、またくるんとすぐ元の形に戻る。



「そうかそうか、そりゃよか。」



 坂本は馬鹿みたいにぶんぶんと縦に首を振って、良かったのぉ、、と笑った。



たった一言の愛情