「この間俺もさんに相談に乗って貰ったおかげで助かったよ。」

「俺もさぁ、あの人に言ったらなんでも間違いねぇよな。」



 第七師団の団員の中で、いつの間にかの噂は恐ろしいほどに広まっていた。



「なんなんだよ。それ。」




 第七師団の居住区にある食堂に珍しく足を踏み入れた神威は、不機嫌そうに呟く。

 神威の部屋にいるはいつの間にか第七師団で何を相談しても力になってくれる良い人として、有名になっていた。毎日神威の部屋の前には長蛇の列で、今日の夕飯から借金の返済方法までありとあらゆる事を相談しに来ていた。

 彼女はもともと外向きには八方美人で、それに嫌な顔せずににこにこと応じるのだ。



「あいつ良い女だしさぁ。子持ちなのが残念だよな。」

「確かになぁ、絶世の美人って訳じゃねぇけど、可愛いし、賢いし、良い女だよな。あぁいうのをあげマンって言うんじゃね?」

「下世話だろ。神威さんの女らしいじゃねぇか。」

「え、まじで?でもあの人子持ちだろ。若いのに。」

「でもやっぱ良い女だよな。」

「楽しそうな話だね。俺も混ぜてヨ。」



 神威は楽しそうにの話をしている団員たちに、にっこり笑って言う。ついでにテーブルについた手に力が入りすぎてひびが入ったが、苛立ちのせいか、全く気にならない。



「え、えっと、え、あの、あははは、すいませんっした!」



 団員は慌てた様子で取り繕うような笑みを浮かべ、逃げていく。

 この間、を襲おうとしていた男たちを皆殺しにしたのが知れ渡っているらしい。彼女はちっともわかっていないようだが、八方美人で穏やかそうに見える彼女に、惚れる奴はたくさんいるし、団員で結婚していたり、恋人がいるのは珍しく、少し手を出そうとする屑は結構いる。

 計画だけだったが虫の居所が悪くて、神威が皆殺しにしてしまったのだ。に間違って殺しちゃったと相談したら、先に向こうが手を出してきたということにしておけと言われた。皆殺しで証言する人間もいなかったため、あり得ないその主張はあっさりと通った。

 元々そういう小競り合いはあるのだ。強ければだいたいのことは許される場所。



「ははは、嬢ちゃんは人気者だねぇ。」



 阿伏兎は軽く笑いながら神威に言う。

 神威は第七師団で一緒になる前から、阿伏兎を知っていた。彼は強いし、そこそこ情に厚く、同族を大切にしている。腕っ節も強いので、でかくて鬱陶しいが神威も我慢していた。彼は比較的さっぱりした性格だが、それでもを見てみたいと言い出したほど、第七師団では有名になりつつあった。



「まったくだよ。鬱陶しい。」

「そう言いながらもを捨てる気は無いのね。」

「おまえ、なに言ってるの?」



 神威は不思議そうに首を傾げ、阿伏兎を見上げる。



「なんで俺がを捨てなくちゃいけないの?」

「いや、おまえさん鬱陶しいって言ったじゃねぇか。鬱陶しいなら、根本から断つのがおまえじゃねぇのかい、」

が鬱陶しいんじゃなくて周りが鬱陶しいんだよ。」



 のことを噂して、騒ぎ回る奴らが鬱陶しい。上辺だけのを見ながら、良いだのなんだの言う奴らを見ていると苛々するのだ。

 彼女の美しさはそんなところにはない。あの人を殺す時の、あの鋭い漆黒の瞳にあるのだ。



「挙げ句、は職を探すとか言い出すしさぁ。」

「職?」

「うん。俺から離れて稼げる職を探すって。」

「まぁあの嬢ちゃんなら問題無く出来そうだがな。」 



 は阿伏兎の目から見ても非常に賢く、あまり春雨のようなならず者の集まる場所にはいないタイプの人間だ。ここにいるのは頭は空っぽ、体だけしか強くない奴らの塊で、肉体言語が得意だ。というか肉体言語しか得意ではない。

 その典型例が怪力でものを言わせる夜兎だ。

 それに対して彼女は暴力でものを片付けるよりも、まずは考え、どうするか道筋を立てる。必要な物は脅しのような形でなく、その言語や書類、手続きでこなす。彼女は宇宙の星々の語学にも堪能で、知識も豊富だ。

 あれだけ賢く、医師免許も持っており、最近では宇宙船の操縦から監査まで大量の資格を取ったと言うから、職が決まるのも時間の問題だろう。人当たりも良く、子供がいることは確かにマイナスだが、あれだけ出来る女ならば誰でもほしがる。



「それに団長の幽玄も欲しがってるらしいしな。」



 阿伏兎は顎に手を当てて小さくふむ、と頷く。

 現在の第七師団の団長・幽玄はかつて神威と同じく鳳仙の弟子だった、三十歳過ぎの夜兎の男だ。部下を全く同じ生物だとは思わないし、同族も同じく。要するに簡単に言えば人を人とは思わないろくでなしな訳だが、宇宙海賊にはまともな奴の方が少ない。

 に多くの団員が相談に行くのは、団長の幽玄に対する不満がたまっているという面もあった。



が外で職を探してるのは、そのせいかもしんねぇぞ?」



 阿伏兎が思うに、は子供を抱えていると言うから、それ故に大きな争いごとや、師団間の陰謀に巻き込まれるのを望んでいない。そういった事態に陥った時、一番危険にさらされるのは幼子に決まっているからだ。

 団長の幽玄はろくでなしで、おそらく本気でを自分の側につけるならば、の子どもを人質に取るだろう。まだ行動には出ていないが、の存在価値が徐々に上がっている今、彼女が第七師団から出るのが先か、幽玄が行動に移すのが先かといった感じだった。

 彼女が情報収集を始めたのも、そう言った動きに探りを入れるためだろう。



「何それ。俺にはよくわかんないよ。」



 神威は難しい話は基本的にわからないし、考える気もないので、首を傾げる。ただ単純な解決策は理解していた。



「要するに何?俺が団長の幽玄を殺せば、は外で仕事を探す必要はなくなるって事?」

「おいおいおいおいおい、そりゃぁおまえ、反逆ってやつじゃね?話し突飛で過ぎだって。」

「どうでも良いけどそういうことでしょ?」



 は師団長の幽玄がいるため、職を探しに行きたいと考えている。ならばその原因である幽玄を殺せば、職を探しに行く必要はないはずだ。結果的に、彼女は神威の傍にいることになる。逆に幽玄がいなくならなければ、彼女が第七師団を離れるしかない。そうすれば神威も彼女を失うことになる。

 が子供を大事にしており、子供を危険に晒すことを一番恐れていることを考えれば、彼女係に職を外で見つけてここから逃れたとしても、捕らえられない確証はない。ならば、さっさと幽玄を片付けるに越したことはない。



「…それぞに聞いた方が良いんじゃねぇか?」



 阿伏兎にはそれがどの程度成功する可能性のあるものなのか、さっぱりわからない。だが短絡的な行動は死を招くだろうし、他にも彼女は多くの情報を持っているはずだだったら策を駆使してうまくやるかも知れない。

 というかどう考えても神威一人でやるなら勝機がなさそうだ。



「神威さん!なんか餓鬼が神威さん呼んでるんすけど?」



 頭に変な突起がついた天人が神威の所へやってきて、困ったように言う。



「ん?」

「なんか黒い頭、地球人っぽい…」

「アズマ?連れてきてよ。」



 神威が軽く命令すると、あっさりその天人は頷いて、ぱたぱたと食堂の入り口の方へとかけていく。あっさり神威の言うことを聞く団員にも呆れたが、阿伏兎は聞き慣れない名前に首を傾げた。



「アズマ?」

の息子だよ。黒い頭のに似てないけど似てる。」

「なんじゃそりゃ。」

「神威さん!この子っすよ。」

「むいー」



 先ほどの団員が、黒髪の小さな男の子を連れて戻ってくる。黒いくるくるした丸い瞳に、まだ丸い体躯が可愛らしい年頃の子どもは、神威を見た途端に手を伸ばした。どうやら一緒に暮らしているだけあって慣れているらしい。

 正直阿伏兎としては、神威がこんな幼児とうまくいっているというのに驚きだが、嫌がる様子もなく神威は慣れた様子で東に手を伸ばし、眉を寄せて抱き上げた。

 東も慣れた様子で神威の首に小さな手をまわす。



「アズマ。どうしたの?」



 は確かに勉強もしているが、基本的に子どもから目を離さない。

 ましてや第七師団はならずものの集まりで、居住区に残っている奴らも同じく屑揃いで危険だ。宇宙に来てしばらくたったが、が東を外に出すのは神威も一緒にいる時だけ。それは奇襲に備えていたからだ。

 なのに、ここに幼子が一人でいる。



「むいー」



 東はむんずと持っていた紙切れを神威に渡す。



「…何語?」



 神威はそれを開いて思わず呟いてしまった。

 その文字はどう見ても神威の記憶にある文字ではない。宇宙には数え切れないくらいの星があり、同時にその数倍の、数え切れないほどの言語があるわけで、その中で神威がわかるのは数言語くらいのもので、まったく見覚えがなかった。

 だが、その手紙を東が持たされて神威の所までやってくると言うことは、良い事態ではないだろう。



「姉御攫われたみたいっすよ!!東14ゲートに来いって書いてありますよ!!」



 別の団員が興味津々で手紙をのぞき込んで、神威に言う。どうやら彼はその何語かわからない文字が読めたらしい。



「おいおい、おまえらよォ。姉御ってなんだよ」



 阿伏兎が呆れたようにその団員を振り返ったが、後ろにはいつの間にか人だかりが出来ていて、神威の動向を見守っていた。



「どういうことだよ、14ゲートって、なんだなんだ。」

さんが攫われたんだよ。」

「マジでか?」



 団員も顔色を変えて口々に話し、助けに行こうと武器を取る。

 阿伏兎からしてみたら神威の恋人(仮)とはいえ、第七師団になんの関係もない、一団員の恋人(仮)であるを助けようと言い出す団員の方が理解できない。なのに、団員の中には彼女が攫われたと聞いて助けに行くため、武器を取りに部屋に戻るものまでいた。

 阿伏兎はかりかりと呆れた様子で団員たちの動向を見守る。



「…仕方ないな。ちょっと阿伏兎、アズマ見ててよ。に何かあったら殺しちゃうぞ。」



 神威は子供を阿伏兎に無理矢理押しつけると、ゲートの番号だけを口の中で反芻してから傘を持って立ち上がり、食堂から出て行く。



「え、俺子どもなんて見たことね…って、何でに何かあったら俺が殺されるんだよ!!ちょっと待てやァああああああ!!」



 阿伏兎は神威の背中に抗議の声をぶつけるが、彼は振り向きもしない。しかも夜兎の俊足だ。すぐに見えなくなってしまった。

 置いて行かれてしまった東は漆黒の瞳で不思議そうに阿伏兎を見上げると、ぱちぱちと2,3度瞬いてから、阿伏兎の髪へと手を伸ばし、むんずと掴んだ。幸い人見知りもないようで、泣きわめくとか、そういったことはないらしい。

 ただ、思わず戸惑いのあまり、阿伏兎は東と見つめ合うことになってしまった。



「俺らも行くぞ−!!」



 他の団員が神威に続くべくばたばたと自分の武器を持って走っていく中で、東を抱えたままの阿伏兎は途方に暮れるしかなかった。




何より感情優先の人々