珍しく新調した薄桃色の綺麗な着物を着たは、ぺこりと頭を下げる。
「あけましておめでとうございます。」
「…?」
神威は意味が分からず首を傾げる。何故か幼い東も新調した着物を着て、不思議そうに母親の顔を見上げていた。
「いや、正月だもん。新年ですよ。だから食事も頑張ってみたのに。」
は言って、よよよよよとわざとらしく嘆いてみせる。
言われて見て神威も思い出した。そういえば二日ぐらい前からせっせと食べ物を作りためていた気がする。
「地球の文化ってやつなの?」
「うん。お正月は綺麗な着物を着て、料理を作り置きしてぐたぁっと過ごすんだよ。初詣に行けたらパーフェクトなんだけどね。」
流石にここは宇宙だ、そんなことを出来るはずもない。だからせめてもの正月気分にと思って着物を新調してみたり、料理を作ってみたりしたのだ。
去年は東が生まれたばかりだし、自身も体調が優れず、攘夷戦争終結のドタバタもあって逃げていたのでそれどころではなかった。
幸い今年は宇宙で追われる心配もないし、この間神威が第七師団の団長の座をもぎ取ったため、も何とか監査、会計役を含めた参謀代わりにこの第七師団で働けることになり、生活も安定した。おかげでおせちを作ろうなんて余裕も生まれたわけだ。
去年の正月など忘れて過ぎたみたいな物だったから、こんな穏やかに過ごせる日が来るなんて想像もしていなかった。
「ふぅん。」
「ちなみに神威の服も新調してみました。」
黒いチャイナ服を取り出しては笑う。
「まぁすぐに破っちゃうだろうけど、布から作ってみたんだ。」
「おまえ、案外万能だよね。出来ない事ってあるの?」
神威は呆れたように言う。
腕っ節も強く、頭も良いだ。家事が出来ないとか欠点があっても良いと思うのだが、基本的に料理もうまく、挙げ句裁縫までうまい。ここまで来ると万能なのではないかと疑ってしまう。
「うん。まぁ、陸上では万能だよ。」
は目をそらして誤魔化す。
嘘ではない。は陸上では万能だ。ただし、水中は不自由がありすぎる、と言うより金槌だった。だがそんなの思案を知らない神威は「そ。」と気のない返事をした。
「ひとまず、朝ご飯にしようよ。俺、お腹ぺこぺこだよ。」
「うん。用意は出来てるんだ。今日は雑煮なんだよ。」
「雑煮?」
「うん。地方によって違うんだよ。ちなみに白味噌なんだ。って言っても、義父さんが、京都出身だったからなんだけどね。」
は京都出身ではないが、義父は京都から派遣されて町奉行になった人物だったから、幼い頃からが食べていたのは京都風の白味噌の雑煮だった。
神威は知らないのか、白い味噌汁に不思議そうな顔をする。
「お餅?」
「うん。丸餅。」
これも地方によって違うらしい。まぁもちろんも詳しくは知らない。
数えでやっと2歳になった東は自分で椅子に上がれず、神威の膝をよじ登って椀の中身を見ようと必死になっていたので、神威は彼を膝の上に抱きかかえてやった。
「すーぶ。」
「雑煮らしいよ。餅はまだおまえには早いかな。」
「小さく切ったら大丈夫だって。」
は笑って東の前に小さな椀に入った雑煮を置く。そこに入っているお餅はすべて小さく切ってあった。
既に離乳食は終わっているので大体大人の食べるものは食べるようになっているが、それでも気をつけるにこしたことはないだろう。
「少し大きくない?」
「大丈夫だよ。そのくらいは。」
こういう時よりも神威の方が神経質だ。
不思議なことによりも躾などにも神威の方が口うるさい。最近では背筋を伸ばすだったり、箸の持ち方だったり、そう言った細かいことをあまり見ない注意しないと違い、神威は東に細かく言う。
神威は正直よく分からない。
の連れ子である東を存外可愛がっている。日頃は興味なさげで放置プレイだが、案外目を配っている。特別構うことはないが、例えば東が椅子から落ちそうになったり、いらないことをしているとすぐに気づく。
には実の両親はいなかったし、義父の右衛門は義理の娘のに過保護で甘かったため、比べる相手がいないのでよく分からないが、実父というのは口うるさくてこんな物なのかも知れないと最近思う。
「さて、ご飯を食べる前に、今年の目標とか、抱負は何か述べて貰いましょうか。」
が言うと、神威はあからさまに嫌そうな顔をする。
「えー、ご飯。」
「言ったら食べて良いから。」
「アズマだってないよね。」
「あずまはすぺーすまんになる!」
東に話を振ると、東はぎゅっと掴んだ箸を振って答えた。
「なにそのスペースマンって。」
「知らないの?最近はやりの子ども番組だよ。」
は書類仕事などに忙しくて一緒にテレビを見ることはないが、神威はよく一緒にテレビを見たり、ゲームをしたりしているから、知っているのだろう。
は全く知らない話に小首を傾げる。
「なに?地球を守るー的な?」
「スペースなんだから、宇宙を守る話だよ。」
「はぁ…、広大な話だねぇ。」
「ママは何も知らないね。」
「ね!」
神威が東に賛同を求めると、東は少し不機嫌そうに頬を膨らませた。
「神威の今年の抱負は?」
「んー、そうだねぇ。強い奴を殺せたらそれで良いかな。」
「東の抱負と打って変わって小さな夢だね。」
「そうでもないよ?最近強い奴を見つけるのだって結構難しいんだから。」
第七師団の団長などをやっていたとしても、彼の目的は強い奴と戦う、それだけだ。
強い奴の話を聞くと飛んで言ってしまう時もある困った団長を、阿伏兎とが取り繕って支えている状態だ。尻ぬぐいをする阿伏兎とはたまった物では無い。
とはいえ、団員たちはそんな神威に憧れているのだから、不思議な物だ。
「人の抱負にけちつけてるの方はどうなのさ。」
「けちなんかつけてないよ。」
はため息をついてから、口を開く。
「わたしは、神威と東が元気ならそれで良いよ。」
「自分の夢が一番ちっさいじゃんネ」
「ちまい。」
「人の抱負にけちつけてるのは神威でしょ。」
「別にけちつけてるんじゃないヨ。他力本願な抱負に笑ってるだけ。」
神威はさらさらと言う。それを言われて初めて、も自分の夢が自分がどうしたいかではないことに気づいて、少し考え込んだ。
「確かに。抱負じゃなくて、お願いだね…」
「まぁ、のお願いは俺と東が簡単にかなえられるから良いけどね。」
神威は膝の上にいる東と二人で目を合わせて笑う。
その顔が血のつながりなどないくせにあまりに無邪気でそっくりで、もつられて笑ってしまった。
今年の抱負