久々に見た夢は、自分に笑いかける今は亡き師と義父の姿だった。

 いつも夢に出てくる彼らの姿は首だけだったり、血にまみれた体だけだった。夢でくらい楽しかった思い出を見たいのに、それすらも悲しい記憶に押しつぶされてしまっていた。その夢すらも、神威と出会ってから見る機会が減っている。

 だから、元気な師と義父の姿を見た時、胸が一杯になった。夢でも良いから、会えたら沢山話したいことや聞きたいことがあったはずなのに、何も話せなかった。





 ――――――――――――幸せですか?





 優しく、あの穏やかなゆったりした声音で彼は尋ねる。





 ―――――――――――― …。





 声が出ない。代わりに必死で何度も頷くと、彼も分かったのか、目元を細めて微笑んだ。義父も皺だらけの手をに伸ばして、くしゃくしゃと頭を撫でてくれた。その手が夢だというのに温かくて、また涙が浮かぶ。





 ――――――――――――ご、ごめん、なさい、





 うまく紡ぎ出せない言葉の中で、出てきたのは、そんなくだらなくて、陳腐な、意味のない言葉だった。それを言うと、師は首を横に振る。義父も酷く悲しそうな顔をする。

 そんな顔させたいわけじゃない。ただ、ただ、





「っ、」






 は跳ね起きて手を伸ばす。

 そこには既になんの余韻もなく、ただ真っ暗な船室の闇の中で、小さなベッドサイドのランプだけが光っている。

 隣には穏やかな寝息を立てている息子の東と、その向こうには神威もいる。

 ベッドサイドのランプをつけるようになったのは、夜中にトイレに起きた東が寝ぼけ眼と暗さのあまりドアに衝突した事があったからだ。

 は一度寝付くとなかなか起きない。

 その時、東の泣き声にも起きないほどに深く眠っていたの代わりに泣いている東をあやしていたのは神威だった。





「…」







 血のつながりなんてないくせに、二人揃って寝相の悪い神威と東には小さな笑みを零す。

 師と義父を処刑され、兄や晋助たちと離れ、絶望の中にいるに生きる勇気をくれたのは東で、こうして自分を考える心の余裕と幸せをくれたのは、神威だ。死んでいった仲間のことを考えると罪悪感に崩れそうになるけれど、間違いなく今のは幸せだ。

 は自分を落ち着け、取り繕うように息子と神威がはね飛ばしているタオルケットを二人の上に掛けてやる。

 自分の、幸せの証。




「本当に…男のくせにふたりとも可愛い顔しやがって。」





 晋助に似たせいか、目が大きくて整った顔立ちの東は子どものせいもあって可愛い。ついでにそれに負けないくらい可愛いのが、もういい年のはずの神威だ。特に眠っているとたまに見せる凶暴な表情もなく、本当に無邪気な子どもそのものだ。

 大きな瞳は閉じられているが、長い睫が頬に僅かな影を落としている。





「しかもさらさらヘアだし。」

「…黙って聞いてたら、何?ひがみなの?」






 眠っていると思って本音が口からダダ漏れだったは、声に目を瞬くと、目の前の神威がぱっちりと青い目を開いてを見ていた。






「…あれ、起きてたの?」

「うん。おまえが跳ね起きた所からネ」

「最初からじゃない。…言ってくれれば良かったのに。」





 が唇を尖らせると神威が手を伸ばしてきて、の頬をふにっと軽く引っ張った。





はうなされるとうるさいんだよ。初夢まで悪夢見てるんじゃないよ。」

「・・別に、悪い夢じゃなかったもん。」

「ふぅん。ならいつもと違ってさい先良いんじゃ無いの。」





 神威は少しだるそうに言って、座っているの腕を引く。






「もう寝なよ。俺は眠いんだ。ごそごそするなよ。」

「何それ。」

「俺は兎さんだから、結構繊細なんだよ。」

「…よく言うよ大砲打ち込まれても死ななかったくせに。図太いのに。」





 が初めて会った時、彼は大砲を受けたらしく内臓が吹っ飛ぶほどの大怪我をしていた。それにも関わらず生きているのだからすごい快復力だ。それを弱いイメージのある兎に例えられても正直当てはまらないという物だ。





「自分を棚に上げて言うよね。東もおまえも多少の事じゃまったく起きないくせに。」

「神威よりましだよ。」

「この間船がメルトダウン起こしても起きなかった奴らがよく言うよ。」






 神威はに言って、タオルケットをにかぶせる。

 一度眠ると全く起きないは子どもが泣こうが喚こうが、まったく意に介さず朝まで爆睡できる。ちなみに息子の東も同じで、基本的に起きるのは自分のトイレか、体調が悪いときだけだった。






「眠りなよ。」





 神威は素っ気なく言いながらも、絶対の方が自分より早く眠りにつくだろうと予想していた。
初夢