「ふぅー、疲れたー」
は刀についた血を払い、大きく深呼吸をする。
辺りにはぽつぽつ立っている姿があるが、間違いなく第七師団の団員だろう。この町は宇宙海賊・春雨の元老たちの命令で壊滅した。
まぁ元々海賊に襲われるようなろくな事をしていない流れ者ばかりの街だ。女子どもはおらず、いるのはろくでもない海賊とマフィアの端くれのような天人ばかり。中には夜兎の生き残りなども混じっていたが、そういった手練れは神威によって刈り取られて終わりだ。
「姉御、ご無事っすか。」
心配顔の角の生えた天人、赤鬼と青鬼の兄弟がを見つけて心配そうに駆け寄ってくる。
「うん。大丈夫だよ。貴方たちこそ怪我は?」
「大丈夫っす。」
「ぴんぴんっすよ。」
二人は敬礼して答えた。前に彼らの彼女(現妻)が薬中になった時に相談に乗ってやったため、何故かこの二人は団長の神威よりも、を尊敬してついてきていた。
現在では必死に会計などについても学び、会計、監査係も兼ねているの副官になっている。
最初は大変だった。彼らはやる気はあったが字も読めない、計算などそもそも習ったことがない。それを覚えさせるのに、馬鹿みたいな時間がかかったが、彼らの努力もあって現在は一般事務くらいはこなせるようになっている。
「悪いけど怪我人の運び出しを頼める?」
「もちろんっす!」
少し疲れている様子だったが、赤鬼と青鬼は即答して連絡のために母艦へと走り去っていった。
「それほどじゃなかったなぁ。」
手応えはあったが、噂ほど強固な要塞という感じではなかった。乱戦になった後は烏合の衆と言った感じで、斬り殺すのも難しくはなかったし、数だけだった。
何人か強いのがいたそうだが、結局神威が殺したのでイマイチだ。
「万斉を馬鹿にしてられないなぁ。」
近くにあった高台の岩に座り、人斬り万斉と呼ばれた晋助の部下を思い出して、は思わず息を吐く。
今となってはも十分人斬りである。昔は人を殺すことに怯え、攘夷戦争で自分の与えた策略によって人が死んでいくことに狼狽えて、子どもを言い訳に逃げたような物だったというのに、今は生きるために人を殺している。
殺さなくて良い人間も、仕事とあれば手にかけるのだから、もろくなものではない。ただし一番手に負えないのは、それでも良いと思っている自分自身だろうが。
「あれ、こんなところにいたんだ。」
いつもの貼り付けたような笑みを浮かべて、神威はの隣にやってくる。
殺すときに笑顔は心がけているが、血がかかることは全く気にしない神威の服は真っ赤で、せっかく白い顔にも血が飛び散っていた。
「…子どもみたい。」
は自分の袖をごそごそ探り、中からハンカチをとりだしてごしごしとその血を拭く。
「ちょっと痛いよ、、」
「だって固まっててとれないんだもん。ウェットティッシュあったかなぁ。」
ほとんどの血は先ほどついたばかりのようだが、生憎乾き始めていて、端っこがとれない。乾いたハンカチで擦っても駄目そうだ。
と、の頬にべたりとした何かが触れた。
「おそろー」
「…神威」
神威の血がついたままの指がの頬に触れて、くるくると円を描いている。ついでに指についた血が、綺麗にその軌跡をの頬に丸くペインティングされていた。
「良いじゃない。どうせ、帰ったら風呂に入るんだし。」
神威は怒るになんてことはないとでも言うように言って、血でべったりの手をひらひらさせる。は自分の頬にハンカチを当ててみたが、もう乾いてしまったのかざらりとした感触がするだけで、とれている雰囲気はなかった。
生憎鏡なんて女らしい物を持ち合わせてはいない。
「引き上げんぞーー!」
阿伏兎の野太い声が響いて、怪我人を運びながら全員が徐々に母艦へと戻っていく。それを高台で眺めながら、は息を吐いた。
それ程難しい仕事では無かったとは言え、やはり死人も出た。
第七師団に入ってが会計を握るようになって最初にしたのは、医者の設置と健康診断の義務化。そして、死んだ場合の保険の支払いだった。
天人であっても、地球人であっても同じ。人は簡単に死ぬ。
「俺たちも戻る?」
神威はぼんやりとしているに問う。だが眼下に広がる死体の山を見つめながら、思案にふけるには聞こえない。
かつても今も、は変わらずこの屍の上に立ち、生き残っている。その価値と意味は、正直全く分からない。
だが屍も自分も死と生という狭間が存在する以外何も変わらない。
「いっ、」
突然後頭部に痛みが走り、振り向くとのポニーテールを、神威が思いっきり掴んでいた。
「俺の話を無視なんて良い度胸だネ」
「え、なんか言った?」
「へぇ言い訳する気も無いじゃない。殺しちゃうぞ。」
神威は怒った顔で問答無用でのポニーテールを引っ張って引きずる。
「離してよ!神威!!」
「俺を無視した罰だよ。」
「おいおいおまえさんら、何ふたりでむつみあってんだよ、早くもどんぞ!」
阿伏兎が母艦の方からと神威に暢気な声をかけてくる。
「どこがむつみ合ってるように見えるの!!どう見ても今はやりのドメスティックバイオレンスでしょうが!!」
は阿伏兎に叫んだが、阿伏兎は現実を見たくないのか、すぐにたちを見ないように、たちに背を向けていた。
背徳