父親に返り討ちにされたときに分かったのは、息が出来ない程の悔しさと、強者と戦う時のすべてを忘れそうなほどの快感だけだった。
「まぁったく、」
腰に差した刀に左手を当てたまま、はため息をつく。
神威の目の前には一人の巨大な体躯をした男が転がっている。既に屍らしく、ぴくりとも動かず、血だまりだけが広がっていた。悲しそうに長槍だけがの足下に転がっている。おそらく彼の武器だったのだろう。
ある星で任務があり、参加する予定のないは第七師団の母艦で団員からの連絡を待っていたのだが、阿伏兎から神威がいなくなったので来て欲しいと言われたのだ。
どうやら強い奴がいるとの噂を聞いて、いても立ってもいられなくなったらしい。
それなりの権力者だったその“強い奴”を殺してしまうであろう神威の後始末のために、は阿伏兎に呼び出されたのだ。
おかげで慌てて相手の罪をでっち上げ、仲間どもも始末する羽目になった。
阿伏兎は今そちらに団員とともに回っているので、神威を迎えに来ることは出来ず、が行くことになった。
「どうだった?」
「ん。まぁ良かったよ。」
神威はにこにこ笑いながら首を傾げて見せる。
だが怪我もしておらず、ぴんぴんしていると言うことは、それ程ではなかったのだろう。彼に差しで勝てる天人など宇宙広しといえど、そう簡単にいない。
「そう。」
無邪気な笑顔に会間見える狂気には刀に置いた手を離すことが出来なかった。
阿伏兎はたまに神威に底知れない恐怖を覚えるとに漏らしたことがあるが、は誰に対しても、恐怖を覚えたことはない。もちろん神威に対してもだ。
ただ、警戒はしている。
「あぁ、殺したいなぁ。」
神威の目がゆっくりと開かれる。それを見て、は刀を抜いた。目の前に繰り出した一閃を見て、神威が上に飛ぶ。
彼が上に飛んでいる間に、は後ろに下がって間合いを確保する。
刀はある程度の間合いがなければ振るう事が出来ない。ましてや神威は元々近接戦闘が得意だし、傘を持っているので間合いをとっておかないと傘に対応し切れない。
「やっぱり面白いね!」
神威は着地すると同時にに本気で突っ込んでくる。
では持ち前の怪力を生かした神威の傘の攻撃は重すぎて受け止めきれないだろう。ならば避けるしかない。ましてや近接戦闘になれば非力なに部はない。
間合いをとって、隙を狙う。それしかない。
頭の中で計算したは突っ込んでくる神威を真っ向から見据え、腰をかがめる。目の前を切りつけると、それを予想していた神威は上へと飛んでに襲いかかる。
だが、そんな動きなどはお見通しだった。
「力押しだけで、ただで勝てるなんて思わないで欲しいなぁ。」
は足下にあった、大槍を足で器用に蹴り上げ、自分の手に持つ。神威がその青色の瞳を丸くしたのが分かったが、はそれで神威を思いっきり突き上げた。
空中にいる神威は避けることが出来ない。
鈍い感触には不快感を覚えるが、大槍を引こうと腕に力を込め、それがまんじりとも動かないのを見て、すぐに槍から手を離して後ろに飛んだ。
次の瞬間、が今までいた場所を傘の一閃が通り抜ける。途端に土煙とともに地面が思い切りへこんだ。
「素手で止めたのか。」
は内心で舌打ちをしたくなった。
あの一瞬で槍が来ると分かって神威はそれを、素手で止めたのだ。傘を握っていない方の神威の手は刃に直接触れたせいで血まみれだった。
神威の顔が貼り付けたような笑顔ではなく、子どものように無邪気で楽しそうな、狂気的な笑みを浮かべている。
「あははは、」
神威は笑いながら、に楽しそうな足取りで寄ってくる。は刀を鞘に収めることなく、ため息をついた。
「やっぱりおまえが一番良いヨ。」
神威は満面の笑みでの体を刀ごと抱きしめる。ふわりと生臭い血のにおいがした。
「今その手で殺そうとしてた男が大層な殺し文句だよね。」
「お互い様だろ。本気で殺す気だったくせに。」
どうやら神威も気づいていたらしい。はその槍を完全に神威の心臓を狙って突き上げていた。あの瞬間、は本気で自分が助かる道を頭で計算し、それに全力を尽くしていた。
神威を殺さないなどということは、みじんも考えていなかった。
とはいえ、ある程度神威が避けたりすることは予想していたからこそ、なんの躊躇いもなく心臓を狙ったのだが。
「帰るよ。阿伏兎が首を長くして待ってる。」
は神威の背中をぽんぽんと叩く。
「うん。」
神威はの頬に自分のそれをすりつけてから、愛おしそうにの頬を撫でた。
流血ランデブー