は神威の髪をときながら言う。
「…良いな、さらさらヘア。」
「ん?」
神威はを振り返って小首を傾げる。その拍子に橙色の髪がさらりと肩から滑り落ちた。
「そういえばひこひこ天パだね。」
の髪の毛は綺麗な銀色だが、あちこちがひこひこはねている。一応長く伸ばして一つに束ねて誤魔化しているが、髪をとくと量も多ければ収まりも悪い。
そのためはポニーテールにしているか、どちらにしても一つにまとめていることが多かった。
「うるさいなぁ。わたしだってさらさらヘアに生まれたかったよ。」
どうやら天然パーマである事はにとって至極不本意なことらしい。
神威はテレビの前に座っているの息子、東を見やる。彼はと違う黒髪で、少し波打っているような気もするが癖毛という程ではない。
は手早く神威の髪をといて、お下げにしていく。
「出来たよ。」
「ん。ありがと。」
神威は簡単な礼を言ってから、椅子から立ち上がった。
「駄目だよ。アズマ。テレビは一日一時間だよ。」
「やぁーーー!」
東はぎゅっとリモコンを抱きしめて神威に抵抗する。嫌々期なのか、3歳になった東は最近些細な抵抗を神威に見せるようになっていた。
とはいえ、そんなこと神威に関係ない。
「駄目。」
神威はあっさりと東からリモコンを取りあげ、テレビを消す。
「別に良いんじゃ無い?テレビ気に入ってるし。」
「、テレビにお守りをさせるなんて、最悪だよ。」
「まぁそれもそうか。」
は神威の意見にあっさりと同意して、東を横目に近くにあった書類の確認を始めた。
「本当にって適当だよね。」
神威は悪態をついて東を自分の膝に抱き上げて、構ってやる。
「そう?」
は別段神威と東に目を向けることもなく書類をてきぱきと片付けていく。
一応東に目を配ってはいるが、彼女は結構仕事人間で、子どもに対しての躾をあまりしない。よく動くようになった東に言うのは、他人に暴力を突然振るってはいけない、叩いては駄目だ、など本当に基本的なことだけだ。
箸の持ち方や生活習慣などには無頓着そのもので、何時間テレビを見ていようが、18禁すれすれの医学の本を開こうが注意しない。
両親を早くに亡くし、義父に散々甘やかされて育ったはあまりそういうことを細かく言われなくても大体のことは出来たらしい。ついでにどんなことをしていてもあまり文句を言われなかったそうで、のびのび勝手に育てば良いと思っているようで、あまり構わない。
対して神威は細かく東に構うようにしていた。どうしても気になるのだ。やはり幼い頃に父母に言われたことが心に残っているせいなのかも知れない。
「まったく。マミーは酷いよねー仕事ばっかり。」
神威は東に語りかける。膝の上に座っている東はによく似たくるりとした漆黒の瞳で神威を見上げてから、もう一度を見た。
「まま、しごと?」
「うーん。もうちょっとかなぁ。」
はぱらぱらと書類をめくって書き込んでいく。
「、あんまり部屋まで仕事を持ち込むのは良くないよ。」
「でも終わらないんだもん。みんな文字読めないし。」
会計や予算の編成をが担うようになってからわかったことだが、第七師団の団員のほとんどが、算術は愚か文字が読めなかったのだ。
おかげでは神威が第七師団の団長の地位を得ると同時にほとんどの会計書類を扱うことになった。
今賢そうでやる気のある何人かに文字を教えているが、それもまだ書類を任せられるレベルでは無く、が処理をするしかなかった。
「良くないって言ってるでしょ。」
神威は東を抱いたままの書類を取り上げる。
「ちょっと神威!」
「部屋に仕事を持ち込む何で駄目だって言ってるだろ。しつこいなぁ。」
「何その主婦みたいな台詞!」
「そっちこそ仕事人間みたいなこと言ってるでしょ?いい加減にしないと殺しちゃうぞ。」
「はぁ?仕方ないじゃない。まともなの来ないんだから!」
何度かだって増員を雇おうとしたが、宇宙海賊春雨に就職してくる奴など腕っ節ばかり強いものが多く、会計係としては使えたものではない。
が怯むことなく真っ向から神威を睨み付ければ、神威も同じように疎ましそうに目を細める。
「うぇっ…」
途端、神威の腕の中にいた東が、変な声を出す。
「ひっ、うえぇええ、」
突然泣き声を上げた東を、と神威は戸惑いの目で見る。
東はあまり泣かない子供だ。お腹がすいた時や体調が悪いときは泣くが、理由もなく突然泣かない随分強い子どもだった。
だからこそ、神威とは目を丸くして東を見る。
「あ、アズマ?」
神威は驚いてあやすように東の背中を撫でる。東は神威の首に縋り付いて、手を回した。
「…ごめん。」
は神威に言われていたときよりも真面目に叱られた子どものような顔をして、目じりを下げる。
「別に良いよ。俺も言い過ぎたかも。」
神威も思わず謝って、あやすために東の体を揺らしてやった。
眼前の喧嘩