任務で訪れたのは雪に覆われた星だった。





「さっむぅ…」





 は袴の上に分厚い羽織を着て、首にもこもこの毛皮をまいて、高台の上で膝を抱える。雪が上から降って来ていて、は神威に貸して貰った酷く重たい傘をさして小さくなっていた。




「ままー、ゆきまるまー!!」





 東が楽しそうに下から声をかけてくる。が下を見やると、どう考えても尋常ではないサイズの雪玉が二つ重なった物の隣に、楽しそうな息子がいた。





「何それ。かまくら?」

「ゆきまるまー。」

「建物みたいなサイズなんだけど。」






 は呆れたように言って、重たい傘を持って東の方へと降りていく。団員たちは皆雪合戦にいそしんでいるのか、遠慮なくの所にも雪玉が飛んでくる。

 それを神威の傘でたたき落としながら、は東の所へ降り立った。

 寒くないように襟巻きや毛皮のコートでもこもこの格好をした東は、楽しそうに大きな雪だるまを眺めていた。神威が作ったのだろう。どうやらこの影に隠れていれば怪我をしないと言うことらしい。





「おいで。」





 は息子を抱き上げて、団員たちを見やる。

 子どものように団員たちは雪合戦を楽しんでいた。場所によっては大乱闘になっており、怪我人まで出ているようだったが、それは第七師団恒例のご愛敬だった。





「いっくよー!!」






 神威が楽しそうなかけ声の下にその辺りにある針葉樹と同じ大きさの雪玉を思いっきり団員に投げつける。





「死んだな。あれ。」





 吹っ飛んだ団員を見て、は思わず呟いた。




「まま、」

「ん?」

「おふね、は?」









 東がの服を引っ張って、じぃっと巨大な雪玉の行き着く先を示す。





「え?」







 の呟いた声が爆音にかき消される。

 が振り返ったときには、既にその巨大な雪玉はたちが乗ってきた第七師団の母艦にすごい速度で突っ込んで、土煙を上げているところだった。






雪玉の追突

 神威が作った雪合戦の巨大雪玉が第七師団の母艦に突っ込んだせいで、船は完全停止、おかげで修理が終わるまで、極寒の星に取り残される羽目になった。






「このご時世に石炭ストーブとかないぜー。このスットコドッコイ。」





 阿伏兎は神威に向かって悪態をつく。

 船の動力もほとんど止まっているため、あるのは石炭ストーブと食事のためのコンロだけだ。そのため第七師団の団員全員が食堂に集まって暖をとる羽目になっていた。







「うるさいなぁ。文句言うなら食堂から出て行けよ。」





 神威はの息子である東を膝に乗せたまま、ストーブのド真ん前に陣取っていた。

 大きな広間にある石炭ストーブは3つで。食堂だけは温かく保たれているが、この部屋を出ればマイナス50度の極寒だ。流石に夜兎といえど、体温は地球人とそれ程変わらない。凍死するメカニズムは全く一緒だった。

 要するに、出たら簡単に凍死できる。





「おいおいそりゃねぇだろ。こっちは寒い中我慢してるんだぜ」

「おまえはでかくて邪魔なんだよ。どけよ。寒いだろ。な。アズマ」

「うん。」






 阿伏兎に言い返す神威の膝の上にいる東は素直に神威の言葉に頷く。





「駄目だなぁ、こりゃ。」






 外から帰ってきたは寒そうにぱたぱたとストーブの前へと駆け寄ってくる。





さん、どうだったっすか?」




 団員の赤鬼が、に聞く。

 は寒い中外で修理屋と値段や状況を話し合っていたのだ。その結果によってこの寒い星をおさらば出来るかが決まる。石炭の備蓄もそれ程沢山ないので滞在期間は大きな問題だった。全員の視線がに集まる。

 は皆の期待を一身に受けながら、大きなため息をついた。





「うーん。早くて修理に二日、だって。」

「マジかよ、どうやって寝るんだ。こんなに寒かったら凍死すんぞ。」





 阿伏兎はの報告にがしがし頭を掻きながら言う。

 今は昼間で食堂に全員が集まっているから良いが、夜になれば部屋に皆が戻るのが普通だ。しかしそれぞれの部屋を暖める設備は、船の動力自体が動かないのでどうしようもない。






「全員食堂で寝て貰うしかないでしょう。二日だったら、石炭がなんとかもつと思うしね。」





 は石炭の備蓄もきちんと見てきたが、何とか二日食堂だけを温めるならもちそうだった。

 寝袋もないので、皆部屋にある毛布やコートを持ち寄って雑魚寝しかない。それが嫌なら凍死するしか道はなかった。






「アズマ、寒くない?」







 神威は腕に抱いている東に問う。まだ子どもで体の小さい東にとって寒さはこたえるだろう。





「うーさむない。」





 ストーブの前に座っているせいか、それともコートを着込んでいるせいか、東は首を横に振って言った。





「でも気をつけないと東坊風邪引いちまいますぜ。」






 赤鬼は心配そうに小さな東を見る。

 女は寒さに強いと言われるが、子どもは弱い。もし石炭が切れれば一番最初に死んでしまうのは体が小さく皮下脂肪もない東だろう。





「そうだネ。今日は俺と寝ようか。アズマ」

「やー、むい、いたい。」

「気をつけるから。それにおまえも十分対抗してくるじゃないか。」







 神威はぽんぽんと東の背中を叩いて笑う。

 眠っている間に無意識に神威は東を強く抱きしめたりするらしい。昔力のコントロールがへたな頃は動物を寝ぼけ眼で抱き殺したことがあるので、生き物を抱いて寝ないようにしていたが、たまに無意識に東を引き寄せてしまうらしい。


 ただし東も負けておらず、夜中に思いっきり頭を叩かれたことがある。


 は苦しいと腕から逃げようとするが、子どもの東は遠慮なく神威の頭をめいっぱい叩いたり、髪の毛を引っ張って腕を緩めさせることが多かった。

 まったく将来が楽しみな子どもである。





「みんなひとまず悪いけど我慢してね。」





 が団員全員に声をかけると、ため息混じりながらそれぞれが毛布を取りに行ったり、ストーブにたかったりを始める。





「本当に我らが団長には困ったもんだね、まったく。」





 阿伏兎はため息をついて、ストーブの前に腰を下ろす。





「神威ももう少し船壊さないようにいろんなことしてよね。」






 は神威にため息をつき、軽く彼のお下げを引っ張る。

 もう神威の暴力行為は慣れてしまったが、船が動けなくなると困る。最低限の部分は守って欲しいところだ。





「うるさいなぁ。もうやっちゃったもんは仕方ないだろ。」

「うん。だから次の話だよ。」





 別にもうやってしまったことは仕方がないが、また同じようなことをして貰っては困る。





「一応気をつけるよ。」

 神威は気のない様子で肩を竦めて、東の頭をよしよしと撫でた。




ストーブの前で


 神威が巨大な雪玉で宇宙船を破壊してしまい、極寒の星に取り残されて1日目。

 全員が食堂で石炭ストーブを焚き就寝するという原始的な夜を越した次の日、外に出ようとした団員たちを待っていたのは、凍って開かないドアだった。






「ありゃま。」






 報告を受けたは、大きく息を吐く。

 水道も凍り付いて出ない。石炭を無駄に消費するわけにはいかないので食事以外はシャワーも諦めることになっており、どうしようもなかったが、ドアが開かなければ外に出ることが出来ない。修理屋が外に出られなければ死活問題なので、どうにかしなければならなさそうだった。





「お湯で溶かしようがないしな。夜兎の誰かに開けて貰って頂戴。」





 は第七師団に何人もいる夜兎族の何人かに指示を出しながらも、ストーブの前に陣取ったまま動かなかった。




「本当に寒いよね。」 






 神威は寝袋から出るのも嫌なのか、ストーブの前で芋虫のようになってぴちぴちとはねている。ちなみにの息子の東も一緒に眠っていたため、寝袋からは大小ふたつの顔が出ていた。





「なんかもう、別の生物だよ。ふたりとも。」

「寒いんだよ。寝袋の中が心地よくてね。」

「でたくない。」





 東も神威に賛同して主張する。






「仕方ないけどね。」





 も彼らの言うことにも納得出来るところがあって、毛皮つきのコートの前をかき合わせた。

 外の温度は氷点下マイナス50度。スキーをする気にもなれないほどの極寒だ。装備がなければ簡単に凍死できる。




「あと1日で修理終わるんっすよね。」





 確認するように団員の赤鬼がに問う。





「うん。大丈夫なはず。だから今日の夕方には何とか…」





 正直今日もこの極寒の星で夜を越すのは絶対に嫌だ。





「大変っす!夜兎の力でも扉が開かないっす!」





 外に修理に出かける団員に随行していた青鬼がに駆け寄ってきて報告する。






「完全に凍り付いてるなら、切るしかないか。予備の扉あったかな。」






 はため息をつく。

 夜兎の力でも開かないというなら、切り裂いて外に出るしかない。だが、他の部分を傷つけずに、扉だけを切るなんて繊細な技術は誰も持ち合わせていないだろう。

 かといって他の場所まで破壊されてこの星に長期滞在するのはまっぴらごめんだ。





「俺が開けようか?」





 寝袋神威が言うが、彼がそもそもこの宇宙船を破壊した張本人だと言うことを思いだして、は重い腰を上げた。

扉が凍結