「鬼兵隊?」
眼下で宇宙海賊春雨のお偉方に案内されている地球人を見ながら、神威が首を傾げる。
「侍だったか?開国の折に刀一本で天人に立ち向かった蛮族の生き残りだ。」
阿伏兎は興味もなさそうに簡単な説明をしてから、眼下の様子になど全く興味もなくひたすら端末を叩いている女を振り返った。
「おまえさんの方が知ってるんじゃねぇの?ちゃんよぉ」
腰には鬼兵隊の面々と同じく何本かの刀。動きやすい地球人が着る袴姿の彼女は地球出身、しかも女だてらに侍という奴だったはずだ。
「うるさい。今忙しいの。」
神威がこの間破壊してしまった宇宙船の事務処理に追われていて忙しいは、至極冷たく返す。それでなくとも用もないのに神威にこんなところまで連れてこられてしまったのだ。これで話しかけられて書類が進まなければ商売あがったりだ。
「姉御、手伝いましょうか?」
角の生えた天人・赤鬼が心配そうにを見る。
「今の処理が終わってから手伝って。」
赤鬼は第七師団の中ではまだ仕事の出来る方だが、それでもある程度の形式を整えてからでないと任せられるレベルでは無い。の仕事が増えるのだ。
「そんな冷たく扱ってくれるなよぉ」
「貴方が神威を止めないからこんな事になったんだよ。」
の声音は絶対零度の冷たさで、阿伏兎を労る気は全くない。しかも実質的な事務作業の遅延を被るのはだ。
「おまえの方が団長のおもりうまいんだから、おまえがいりゃぁ良かったんじゃねぇか。」
「この間わたしがいなかったのは阿伏兎のせいだよね。阿伏兎が失敗して第8師団と揉めたから。」
神威が宇宙船を破壊した時、は第七師団の母艦にいなかった。
というのも阿伏兎が別の任務の折に第八師団ともめ事を起こし、その話し合いに部下の赤鬼をつれては第八師団に出向いていたのだ。
「だから俺は団長も連れて行けって言ったじゃねぇか!」
「実務者協議に神威つれてってどうするの?脅すの?もともと阿伏兎のせいだったんだから、ちょっとあたるぐらい許されるんじゃないですかね。」
はさらさらと正論を述べて阿伏兎をねじ伏せ、端末に向かって大きなため息をこれ見よがしについて見せた。
「阿伏兎の自業自得って奴だよね。」
神威はにこにこと笑って阿伏兎を振り返るが、問題の半分の責任は神威にある。とはいえ、神威にしてみれば阿伏兎のせいでが第八師団に出向くことになったのだから、その時に神威が苛々のあまり暴れたのも、宇宙船を破壊したのも、が出ていく原因を作った阿伏兎のせいって事だろう。
阿伏兎は物言いたくてたまらなかったが言っても無駄なので、唇を尖らせるに留めた。
「あれは昔の侍の名残り、過去の産物だよ。」
は端末を叩きながら、目も向けることなく神威に言う。
「ふぅん。侍、ねぇ。と同じじゃないか。」
神威はが元々“刀一本で天人に立ち向かった蛮族”の一人だったことを知っている。もしかするとが鬼兵隊とも深い関わりがあったことすらも気づいているのかも知れない。まぁとしては、彼に聞かれれば素直に話すつもりだが、聞かれないなら話すまでのことでもない。
ただの過去に興味がないと言いながらも、神威は、と同じ侍という存在自体に興味を持っているようだ。
「奴らは強いの?」
「鬼兵隊?あぁ、強いよ。」
は端末を叩きながら神威を見ることもなくさらりと答えた。
「ふぅん。が言うなんて珍しいね。」
「策略で簡単に内部崩壊できるレベルじゃないから、本気じゃないなら手を出さないでね。」
春雨のような烏合の衆なら内部紛争を誘発させてつぶし合わせてのっとると言うこともたやすいが、鬼兵隊は狩猟の晋助を中心に確固とした繋がりを持っている。簡単には裏切らないし、内部紛争くらいは晋助があっさりと解決するだろう。
ましてや晋助を狙うならば、部下たちが絶対に黙っていない。
「本気なら良いの?」
神威はにこっと笑って小首を傾げて見せる。
「神威が本気なら、止めても仕方ないでしょ?」
がどういった所で、神威は好きなようにしかしない。そんなことは分かっている。鬼兵隊が強いと言うだけでなく、どうせ神威が本気で彼らを潰したいと願うならば、誰の言うことも聞かない。
が大切に思っているのは神威だ。だから、本気なら、も本気で晋助の首を狙うだけ。
「わたしは神威とどこまででもランデブーしますよ。」
行き着き先がどこだったとしても、最後まで一緒にいると約束した。神威が望むなら、はそれを全力で助けるだけだ。
「そりゃ楽しみだね、」
神威は楽しそうにころころと笑って、の腕を引っ張って自分が座っている手すりの近くに引き寄せる。
は端末を神威に壊されないように阿伏兎に渡し、テラスから眼下を見下ろす。沢山の師団が集まっている中で、まっすぐと背筋を伸ばして歩いているのは、ヘッドフォンをつけた男だ。
天人たちに怯む様子は全くない。
「…人斬り万斉か。」
昔攘夷戦争の折に晋助の元にいた男だ。三味線の随分とうまい男で、ともに奏でたこともある。相変わらず昔から、晋助に従う人間は変わっていないらしい。
「知ってるの?」
「うん。有名な侍だよ。」
「とどっちが強い?」
「負ける気は無いけど。今はわたしじゃないかな。」
実力に関して言うならば、互角と言ったところだろうと思う。だが最終的なところで万斉には既に守る物がない。は神威を、そして自分の子どもを守ることを願っている。
だから、実力の問題ではなく、勝つのはだ。覚悟のある人間と、ない人間の強さは違う。
そういう点では神威の言う“強き肉体と強き精神を兼ね備えた者”という強者の定義は非常に正しいとも思う。
正直、今ならば晋助にも負ける気はしない。
「すごい自信じゃないか。」
神威はを振り返って、ぱちぱちと拍手をする。気のないそれには眉を寄せてから、もう一度眼下を見下ろす。
「まぁ、あっちは頭も切れるから厄介だろうけど、数か質かかなぁ。」
他の面々がそろっていないところを見ると、全員晋助の元にいるのだろう。
万斉は昔から強く、晋助とも単純な主従とは言いがたい関係を持っていた。彼は一人で動いたり、会合に出向くことも多かったから、万斉がこの場に来たのは当然だし、彼がこうして会合に来ていると言うことは、晋助も元気なのだろう。
「みなさんしぶとくお元気なことで。」
なんだかんだ言いながら、全員しぶとく攘夷戦争終結の混乱を生き残ったと言うことだ。攘夷志士なんてものをまだ地球でやっているのに生きているなんて、図太く、しぶとく、本当に中々死なない連中だ。その生命力には感動ものだ。
とはいえ、も同じだ。図太くしぶとく生きている。
「質なら団長とで十分じゃねぇ?」
阿伏兎は笑って、同じようにテラスから乗り出して、引きつった笑いを見せる。
単純な力という点では神威、頭脳という点ではだ。それでこの第七師団は成り立っているのだから、質という点では問題はない。そして第七師団は当然団員という“数”がある。
「そりゃそうだ。」
云業も神妙な顔つきで頷く。他の団員も楽しそうにそれに同意した。
「阿伏兎、端末返して、」
は仕事がどうしても気になるのか、後ろにいる阿伏兎に言う。彼が先ほど神威に引っ張られたときに壊されないようにの端末を持っておいてくれているのだ。
「駄目だよ。返したら。人と話してる時に端末で仕事してるなんて失礼じゃないか。」
「もっともな意見は出来れば自分で書類処理をするようになってから言ってほしいな。」
「駄目だよ。」
聞き分けの良くないの代わりに、神威は阿伏兎に言う。
「阿伏兎は良い子だから、返したりしないよね」
「返さないと、書類全部押しつけるよ。」
両方から脅された阿伏兎は、表情を凍り付かせて一歩下がった。どっちに転んでも自分には全く良いところがなさそうだった。
過去の亡霊