「…自分で処理すれば良いんじゃ無い?」
は執務室の椅子に座ったまま、目の前で項垂れている大男に冷たい目を向ける。
「そこを何とか頼む!」
阿伏兎はに両手をそろえて拝む。
任務で阿伏兎が大失敗をやらかしたのは先日のことだった。夜兎の怪力で失敗し、宇宙海賊春雨の要人を殺してしまったのだ。これは大事になるのは間違いない。だから第七師団の参謀兼会計役のにどうするべきか、指示を仰ぎに来たのだ。
は元老とのパイプを直接持つことで第七師団の安全を図っており、もしも今回の件の口添えを頼むならを通すのが筋だった。相手の元老もを非常に気に入っており、の言うことなら少しくらい協力してくれるだろう。
「面倒ごとを持ってこないでよ。」
は淡々とした様子で言って、書類をめくる。
「あはは、って本当に阿伏兎に冷たいよね。」
神威はけらけらと笑って、情けない顔をしている阿伏兎と済ました顔のを交互に見た。
――――――――――――――こりゃこりゃとんだ女狐だ。
初対面で阿伏兎がに言ってから、頗るは阿伏兎に冷たかった。
当然と言えば当然だ。ふざけて返していたが、女狐と言われたことをは存外根に持っている。は日頃人当たりも良く、団員たちからの相談も気軽に乗ってやる優しい人というイメージで通っている。にもかかわらず、は常に阿伏兎に冷ややかな態度を貫いていた。
「そういや元老の終月って若かったよね。」
「うん。一番若い、終月様だよ。」
が気に入って貰っている元老、終月はまだ30歳になるか、ならないかくらいの男で、その腕一本強さだけで元老の地位を手に入れた猛将だ。頭の良い油断のならない人物だが、何故かを気に入ったらしい。
おかげで第七師団と春雨との調整は、たやすかった。
「ふぅん。面白くないなぁ。」
「やめてよ神威。流石に今彼を殺したら、生きていけないよ。」
「わかってるよ。後々のお楽しみ、だね。」
神威は少し残念そうながらも納得して、の執務室のソファーにどさっと腰掛ける。
「団長、あんたからも頼んでくれよ。このままじゃ俺処刑されちまう。」
阿伏兎は手をわなわなさせて叫んだ。だが神威は手をひらひらさせて返した。
「嫌だよ。俺同室だよ。の機嫌を損ねたら長いんだよ。」
「俺の命の価値はの機嫌以下かよ!!」
「当たり前だろ。はいつか俺の子どもを産むんだから。」
「あーそうですかい、おまえに頼んだおじさんが馬鹿だった。」
「失言って尾を引くもんなんだよ。特に女に対してはね。よく言うだろ。女に身体的なことは言うなって。」
神威はにこにこと笑ってソファーに寝転がる。
「いや、俺の身体的なことについて失言したことねぇよ?」
「阿伏兎の好みって、性格も胸も手から余るのが良かったんじゃなかったっけ?」
「そりゃ悪かったわね。わたしの胸は手に余りませんよ。」
は一瞬悲しそうに自分の胸元を見てから、冷ややかな目を阿伏兎に向ける。
確かにはお世辞にも胸が大きいとはいえない。せいぜい言って、BサイズかCサイズだ。
「状況悪化してるじゃねぇかーーーーーー!おまえさんは黙っててくれ!頼むから。おじさんのお願い!!」
「あははは。どっちでも一緒じゃないの?それに俺は胸が手に余らなくても強ければそんなことどうでも良いよ。」
神威は寝そべったまま足をぱたぱたさせて楽しそうに笑う。完全にこの状況を楽しんでいる。
一応の胸がないことに関しても、フォローしているところがずるいところだと阿伏兎は思う。これでは完全に阿伏兎の方が悪者だ。
元々ここは団長の執務室だったが、神威が書類仕事をすることは基本的にない。だからここはの執務室になっていた。任務がない時、神威はソファーに転がってだらだらしていた。とはいえ、の書類を手伝ったことは金輪際ない。
「俺はが書類をしてくれて、気分良く飯を作ってくれればそれで十分だよ。」
要するに阿伏兎の説得を手伝う気は神威にはさらさらないと言うことだ。
特に今回の件は神威には全く関係ない阿伏兎の失態だ。阿伏兎がどうにかしろと言うことなのだろう。それでもいつものへの相談者たちのように問答無用で放り出さないだけ、神威も一応阿伏兎のことを考えているのかも知れない。
「ひとまず今回の件は阿伏兎のせいだから、それそのまま報告しておくよ。」
「だーかーらー!助けてって言ってンじゃねぇか!この通りだ!!」
「だーかーらー、面倒だって言ってるじゃない。じゃあ自分で原稿書いて自分で報告してよ。」
「そんなことしたら絶対俺処刑されるじゃねぇか!!」
「じゃあわたしが適当に報告しておくよ。わたし仕事があるから、出てって。」
「頼むってーーー!!」
阿伏兎は叫ぶが、はすくっと立ち上がり、なんの遠慮もなく阿伏兎を引きずって扉からたたき出す。
「で、どうするの?」
神威は楽しそうに足をぱたぱたさせながら、を見上げてくる。
「大丈夫だよ。ちゃんと助けてあげるって。」
はかりかりと長い髪を掻き上げて、息を吐いた。
別に処刑されかけている阿伏兎を見捨てるほどは冷たくはないし、くだらない自分の苛立ちで団員を奪うようなことは絶対にしない。
「でもそう思われていること自体むかつくから、しばらくあれでびびらせておいてよ。」
「そんなことだろうと思ったから言わないであげる。良いよ」
神威は楽しそうに笑って、を引き寄せる。は強い力で手を引かれて寝転がっている神威の上にのしかかる形になった。
「その代わり、口止め料は頂戴。」
「今?」
「うん。今。」
神威は満面の笑みで答える。
「本当に仕方のない人だ。」
は困ったように眉を寄せて、そっと答えるように神威の額に口づけた。
女に対する失言は尾を引く