たった一人痛みと苦しみに耐えて、東を産み、自分の手でへその緒を切った時の情けなさと悲しみ、そして崩れ落ちそうなほどの孤独と泣きそうなほどの愛おしさを一度も忘れたことはなかった。







「お腹、痛い…」






 生理痛のせいで痛む腹を抱えて、はベッドに蹲る。

 いつもはそれ程痛くないのだが、ここのところ肉体労働に書類仕事が立て込んでいて無茶をしていたせいか生理不順で1ヶ月半ぶりに生理が来たと思ったら、酷い痛みを伴った。

 このぐらい昔の痛みに比べれば何ら問題もなく、動けはするのでなんとか東を子ども部屋に寝かしつけたが、そのままはソファーに突っ伏すことになった。






「どうしたの?」






 いつの間に帰ってきたのか、神威がその辺りに適当にマントを投げ出してに尋ねる。






「うー」

「何?お腹?そういや来てなかったっけ、せい」

「言わないで!」









 は力任せにソファーにあったクッションを投げつける。





「元気じゃないか。」




 神威はそれを軽く受け止めて、肩を竦めてみせる。

 まったくデリカシーの欠片もない男だ。と言うよりもそんなこと気にしたことは生まれてこの方ないだろう。




「ちょっと無理しすぎだよ。生理不順だろ。」





 子供がいるとは言え、お互い若いのでそういう恋人らしい行為は普通にする。だからの生理不順にも気づいていたのだろう。神威は存外そう言うことにも野性的な勘なのか鋭い。




「変なところで真面目なんだから、あんまり仕事ばかりするんじゃないよ。」





 神威は別に驚くこともなく労るようにの髪をそっと撫でつける。それが温かくて心地よくて、は思わず目を細めた。

 神威はそのままが蹲っているソファーの隣に座りテレビのチャンネルをつける。

 もう10時を過ぎているのでやっているのはくだらないドラマの再放送か、弱肉強食の動物番組ぐらいだった。

 彼はいくつかチャンネルをまわしてサバンナの特集にチャンネルを定めると、蹲っているを抱き上げての頭を自分の膝に置いた。どうやら膝枕をしてくれるらしい。それでも体を丸めて痛みに身を震わせていると、神威は少し強めにの腹を撫でた。






「ぁ、」







 は小さく声を上げる。

 痛みは治まってはいないが、強く腹を撫でられると痛みが少し薄れる。というか、お腹に温かい手が添えられるだけで、少しだけ痛みが和らぐような気がして、丸めていた体から少しだけ力が抜けた。




「少しは楽になる?」

「うん。ちょっと勇気出た。」





 優しくして貰えば、頑張る勇気が出る。が体を起こそうとすると、神威はを止めた。






「楽になってないじゃない。」





 彼は呆れたように言って、の髪をもう一の手で梳いていく。

 テレビの中ではヌーが子どもを生んでいる姿が映し出されている。グロテスクで、それでもヌーの子どもは数時間で歩き出す。人間は違う、生まれたばかりの子どもはただ泣くだけだ。






「平気、だよ。痛みには強い方だから、だって東も一人で産んだんだし。」

「出産の痛みって男なら死ぬくらいらしいね。」

「女って強いんだよ。」








 はふざけたように笑って見せたが、全くその通りだと思う。

 誰もおらず、たった一人で暮らし、たった一人で痛みに耐えて出産した。は体が強く、死産でなく健康そのものの息子だったことだけが救いだった。2日3日痛みのあまり食事が出来なくてもちゃんと母乳は出た。ただ血まみれの後産を自分で片付ける情けなさはなかった。

 それでも、自分に伸ばされる小さな手を見た時、この子には自分しかいないから、強くあらなければと自分を必死で叱咤した。





「アズマは?」

「もう、眠ってるよ、と、思うけど、」

「寝る前に覗くから、おまえはゆっくりしたら良いよ。たまにはね。」





 神威はの腹をまた撫でてから、自然に笑う。

 彼はを守ってくれると同時に、息子の東にもちゃんと目を配ってくれている。何もかもなくして、ただ一人で息子を守りながら生きていかねばならないと思っていたに、彼はあまりに簡単に手をさしのべてくれた。

 そして今も、ちゃんと二人を守ってくれる。





「神威は案外優しいよね。しかも面倒見が良いよね。」

「そう?そんなこと初めて言われたよ。」

「だっていつも東の面倒もちゃんと見てくれるしね。」

の面倒の見方がずさんなんだよ。」

「そうかな。」

「そうだよ。ちゃんとしつけなきゃ駄目だよ。」







 神威は少し口を尖らせてに言う。





「うん。そうだね。」





 にとって東は生きているだけで良い存在だったけれど、きっと神威にとってはいつか強くなる、大人に育てているのだろう。

 どちらでもとしては良いけど、の肩の荷を半分負ってくれたのは間違いなく彼だった。

重荷はんぶんこ