晋助が何年も会っていない、攘夷戦争中に行方不明となった妻を数年ぶりに見かけたのは、宇宙海賊春雨の母艦でのことだった。

 屈強な天人ばかりの中で、色の抜けたような銀色の髪の癖毛のポニーテールがひらひらと揺れている。おちついた淡黄の着物に、濃緑の袴。淡朽葉のフードのついた羽織を着ているため、女で背が低いこともあって屈強な男たちの中ではあまりにも目立つ。

 晋助の隣に立っていた万斉も、眼を丸くして天人の中にいる不釣り合いな女を見下ろしている。



「あれは、なんだ?」



 晋助は隣にいた阿呆提督に問う。

 どうやら春雨の母艦に、どこかの師団が帰ってきたらしく、ぞろぞろとポートから続く通路を通っていく。人数は多く、荒くれ者といった風貌の団員たちもいる中で、女の姿はまさに異様だった。それでなくとも、女など春雨にはほとんどいないのに、ぽつりとひとり。



「ああ、あれは春雨きっての武闘派集団、夜兎の精鋭を有する、第七師団だ。」



 阿呆提督は忌々しそうに眼下で母艦に乗り入れている師団の人員を確認し、顔を顰めた。

 晋助も聞いたことがある。第七師団は春雨の中でも一際大きな勢力を持っておりなにかと提督の意図と合わない動きをしていた。元老の中でも有力な終月の後援を受けていることから、好き放題をしているとの話だ。

 攘夷戦争が終わってからも、長らく探していた。おそらく桂も、彼女の兄である銀時も、探していたことだろう。だが地球には足跡すら残っておらず、混乱の中どこかで死んでしまったのかと思っていた。だが宇宙にいたというのならば納得だ。

 ただ、何故こんな所にいるのか、どういった経緯を辿れば宇宙海賊などに行き着くのか、謎そのものだった。



「まさかでござるな。彼女がこんなところにいるとは。」



 万斉もかれこれ数年ぶりにいるの姿に目を見開く。



「あぁ、あの女か。」




 阿呆提督が万斉の呟きを聞き、銀髪の女に目をとめる。



「名前の方は忘れたが、あれは使える女らしくてな。元老の一人である終月様のお気に入りだ。第七師団の参謀兼会計役として雇われている身の上だ。」

「は?参謀兼会計?」



 晋助は賢かったのあまりに常識的な肩書きが不釣り合いすぎて、思わず問い返してしまった。

 昔から頭の切れる女だったし、ふらふらしているくせに、誰に言われても特定の誰かについたことはなかった。小太郎や晋助が人の上に立つ中、彼女は誰にでも策を与え、誰の元にもつかない。ふわふわ浮いていて、まさに一匹狼だった。

 そういう点では、人を引きつけるくせにあまり多くのものを手に入れなかった銀時によく似ている。

 一体いつそんな組織に組み込まれることになり、宇宙海賊なんて集団の中で会計役などやっているのか、流石の晋助にも到底理由を想像できなかった。



「実際にはわからん。白兎と呼ばれておる。それに第七師団団長の女だという話だ。」




 軽蔑したように、阿呆提督は女を見下ろして息を吐いた。晋助は改めて団員に埋もれているを見やる。

 彼女は天人たちに埋もれて話をしながら真ん中あたりを歩いていたが、随分と鮮やかなオレンジ色の髪の男が、彼女の手を引っ張り、前へと押し出す。彼の背は屈強な天人たちの中では、それほど高くはない。華奢な体躯からは強さなどうかがえないが、第七師団に所属する限りは強いのは間違いないだろう。

 彼はを連れたまま、男たちの先頭に立つと、手を離した。は黄銅色の髪の男と顔を合わせて肩をすくめると、彼の隣を歩き出す。



「先頭に立ったあの男が、春雨の雷槍と恐れられる第七師団団長、神威だ。」



 阿呆提督は心底疎ましそうに顔を顰めた。

 大層な肩書きを持っているようだが、晋助が見る限り秀麗な顔をした、背さえなければ女と見まごうような細身の男だ。傘を持っていることから、夜兎なのだろう。

 阿呆提督は神威を迎えるためか、下へと下りていく。それに晋助たちも続いた。逆に第七師団の面々は、神威を先頭に上へと階段を上がってくる。



「あ、あほ、」

「神威、違う。」

「あ、阿呆提督、出迎えありがとうございます。」



 の肘につつかれ、言い直した神威は、へらりとした貼り付けたような笑みで挨拶をした。

 近くでいればますます目が大きく、可愛らしいだけの男だ。晋助は彼の隣にいるを見て、煙を細く吐き出す。彼女は晋助と万斉の姿に気づいたが、彼女の漆黒の瞳は静かで、驚く様子すらも見せなかった。その瞳はすぐに隣にいる神威に向けられる。



「今回の任務、ご苦労だったな。」



 阿呆提督は形通りの言葉を返して神威をねぎらう。

 だが彼は別に神威を本気でねぎらっているわけではないだろう。話の雰囲気から行くと、どちらかというと疎ましく思っているはずだ。



「詳しい状況はの報告書で。」



 神威は阿呆提督など全く興味がないらしく、あっさりと言って彼を素通りし、母艦へと入る。母艦には師団団員のための家族の居住区があり、皆疲れているし早々に引き上げたいという所だろう。



「報告書はこちらです。詳しいことは阿伏兎に聞いてください。」



 は愛想の良い、柔らかな笑みを浮かべ、阿呆提督の手に分厚い報告書を渡す。



「え、俺?」



 黄銅色の髪の男が、嫌そうな顔でを見下ろしている。

 分厚い報告書を作成したのは恐らくだろう。あれだけ分厚ければ全て書いてあるだろうし、読むだけでも時間がかかる。それを阿呆提督が読んでいる間に、次の任務で春雨の母艦を離れる予定なのだろう。小手先の誤魔化しも、馬鹿揃いの宇宙海賊では十分に可能だ。

 ついでに全てを阿伏兎に押しつける気だろう。



ちゃん、ちょっと、そりゃねぇんじゃねぇの?」

、阿伏兎を置いて早く行くよ。俺、お腹がすいてるんだよね。」



 先に言っていた神威が振り返ってを呼ぶ。



「あ、うん。そういうことで、阿伏兎、あとはよろしく。」



 は手をひらひらさせて、神威に続く。



「やったーーー!酒宴っすよぉ。」

「マジでか!!」



 団員たちも明るい表情で神威とに続いて母艦へと入って行く。

 取り残された阿呆提督と阿伏兎は、自分の苦労を考えて、何とも言えない表情で手元に残された分厚い報告書をひたすら眺めていた。






颯爽と