今でも辛い時にを支え続ける言葉がある。





 ――――――――――――――――その未来は私にとっての未来でもあるから






 子供が腹の中にいると困惑の中告げた時にの師である松陽が言った言葉だ。彼は牢の中にいながら本当に心から嬉しそうな表情で目を細めて、に言った。

 だから自分と彼の未来を、全力で守ることに決めたのだ。何があったとしても。






「ねんねん、ころりよ、おころりよ。」







 はぽんぽんと息子の布団を規則的に叩きながら、歌う。

 それはが幼い頃よく兄の銀時が歌ってくれた子守歌だった。父母のいなかった彼が、どうやってそんな物を覚えてきたのかは謎だったが、柔らかい昔ながらの旋律のこの歌を、子どもが生まれてから何となく思い出した。

 そういえば松陽も寺子屋でお泊まり会などをしたときは、一番幼い教え子だったに歌ってくれた物だった。

 記憶に根付く歌というのは、やはりすごい物らしい。






「変わった歌だよね。それ。」







 歌を東を挟んだベッドの反対側で寝そべって聴いていた神威は東が寝付いたのを確認してから、小さな声で言う。





「ん?あ、そうか。宇宙も広いもんね。どんな歌だったの?」





 星が変われば子守歌も当然変わるだろう。一体神威はどんな歌を聴いて育ったのか興味があって尋ねると、神威は少し眉を寄せた。






「どうだったかな。なんか眠れ―眠れーみたいな歌だった気がする。」

「…ダイレクトだね。」





 夜泣きの酷い子どもに対する呪詛みたいだ。





「そう?親の思いがつまってるじゃないか。」






 神威はあっさりと言って、東の毛布を少し上に上げた。







「それにしても夜泣きもなくて良い子だね。すぐ寝付いてくれるし、赤ん坊の頃からそんな感じだったの?」








 大体夜泣きは6ヶ月から1歳半くらいの赤子がすると言われる。神威がに会ったのは東がちょうど一歳になる頃で、その頃には既に夜泣きという程無意味に泣き出すことはなかった。





「うーん、そうだね。わたしが一人で何とか世話をしていける程度だったから。」






 神威を拾うまで、は完全に一人だった。

 出産も産婆など流れ者の町にそう簡単にいるはずもなく、苦痛にまみれて自分でへその緒まで切ったほどだ。世話も子育ても当然一人きりだったし、分からないことだらけだったが、比較的風邪を引かない丈夫な子どもだったおかげで助かった。

 お金はふんだんにあったが、指名手配犯だったとその息子が医者にかかるのは危険だ。は幸い医師免許も持っていた程医療に詳しかったので、出産経験も子どもを育てた経験もなかったが、何とか乗り切ることが出来た。





「本当にって本当に縋ってこないよね。」





 神威は少し呆れたように言う。

 非力な女だと思いきや、その知識と腕っ節で真っ向から勝ち抜こうとしてくる。神威が彼女を手放したくなくてこうしろと言うことはあるが、彼女は基本的に神威に物を頼んだりしない。助けてなどと縋ることもない。

 神威を大将だと認めているだろうが、それでも正直神威がその地から故に彼女を囲うことが出来るだけで、それは彼女の好意の元にある。

 そういう点では彼女はいつでも一匹狼のような感じだった。





「ちょっとは懐いてくる猫の方がたまには可愛いもんだよ。」







 神威はを宥めるように髪をそっと撫でる。






「単独の力では神威に勝てないかも知れないけど、わたしは強いから良いんだよ。」





 には沢山の約束と、目の前にいる東がいる。

 神威に頼らなくてもなんでも出来るのはきっと、師が与えてくれた沢山の約束と知識、そして自分が守らなければいけていけない東がいるからだ。神威に守られている今でも、それは変わっていない。






「でも少しだけ心が軽くなったから、神威のおかげで余裕は出来たよ。」

「頼ってないのに?」

「だって神威はちゃんと東の面倒見てくれるしね。」






 確かには神威に頼ることは少ないのかも知れない。それでも、彼の存在は少なくともの心に余裕を生んだ。

 一人じゃないんだ、一人で東を守らずとも神威がいてくれると思えば、確かに実際的に頼ったわけではないが、それでも心にもたらす余裕は全く違う。







「そりゃね。アズマはおまえの子どもだから、強くなりそうだし。」









 神威は眠っている東を見下ろし、目を細める。

 が仮に死んだとしても、神威は東を見捨てたりはしないだろう。これほどに賢く、強いの息子なのだから、地球人とはいえ強くなるはずだ。少なくとも心の強い、男になるだろう。






「まぁ、おまえも、俺の子どもを産むまで死んで貰っちゃ困るけどね。殺させる気もないし、」





 神威はその青色の澄んだ瞳でを映して、うっそりと目を細める。


 守るなんて気はさらさらないけれど、誰にもを殺させる気もない。彼女は自分のもので、自分の未来を孕む存在だ。






「だから、俺がいつかおまえを殺すまで、誰にも殺させたりしない。」




 神威はそっとの白い頬を撫でる。

 想像するだけでも、ぞくぞくする。

 神威との子どもは、夜兎の優性遺伝の形質からきっとハーフでも夜兎としての特性をある程度持って生まれてくるだろう。夜兎としての強い体を持つ子どもと、と同じ侍の強い精神を持つ東が、いつか自分を殺しに来る、それはどれほどに心躍る光景だろうか。

 は黙ってそれを聞いていたが、目を閉じて頬を撫でる神威の温かい手に自分の手を添えた。





縋る言葉